【完結】『犯罪者Aの自白と犯罪者Bの告白』

comacomainu

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永井は間宮に伝えるべきか、どうやって伝えれば良いのか、一晩中答えの出ない問いを自問自答し続けた。
しかし、結論は出ないまま、重い朝を迎えた。

盗聴スマホから零れた、淫らな獣の喘ぎ声。頭の中でその声が延々と居座り続けている。
永井にとっての女性とは、柔らかく、ひざまずいて崇めるべき美しい生き物である。
だが、あの録音に刻まれていたのは、女性という皮を被った、ただの強欲な肉の塊にしか思えなかった。
知ってしまったこと——知るべきではなかった禁忌の領域に自分が足を踏み入れてしまったという事実が、鉛のように胸を押し潰す。

永井は自分に何度も言い聞かせた。
何もなかったことにすればいい。
自分さえ黙っていれば、表面上の平穏は保たれる。
だが、その沈黙は本当に正しいのか。
知らない間に間宮を更なる危険に晒すことにならないか。
保身と正義感が天秤にかけられ、思考の針は激しく振れる。
出口のない迷路をさまようような、不毛な堂々巡りが続いていた。

定時で仕事を終えた後、間宮が入院する病院へと向かった。
差し入れには、駅前で良い匂いを漂わせていた焼き芋を持っていくことにした。間宮が病院食では全然足りないと育ち盛りの子供みたいに漏らしていたのを思い出したからだ。
週末には間宮は退院する。
だが、本人の与り知らぬところで、事態は最悪な方向へと転がっている。
間宮にとっては、退院後の生活こそが今まで以上に過酷な戦いになるはずなのに、当事者の間宮はまだその予感すら抱いていない。

ナースステーションで面会許可を取り、病棟の廊下を歩いて病室へ向かう。夕食が終わった直後らしく、廊下にいくつもの配膳カートが置かれていた。
病室の扉の前まで来たところで、永井は足を止めた。
ちょうど帰るところらしい見舞い客の女性と間宮が、キスをしているのが目に入った。
このまま入室するのは気まずくて、出入口の前でひるんでしまう。
出て来た女性と目が合った瞬間、永井は罪悪感に似た感情に襲われ、咄嗟に視線を床へと逸らしてしまった。

「あ、焼き芋じゃないですか。子どもの頃以来です」

やはり夕食の量では満足できなかったらしい間宮は、こちらの動揺など微塵も気に留める様子がなかった。手渡す間ももどかしいといった風に紙袋を受け取ると、子供のような笑みを浮かべて熱々の皮を剥き始める。
永井は胸の中で、深く重いため息をついた。

(自分が盗聴されてるのも知らないで。なのになんで関係ない俺が、こんなに頭悩ませなきゃいけないの?)

「これ、鍵と洗濯物。返しとくから」

思わずつっけんどんな態度になってしまったが、間宮は気づきもしない。
そりゃそうだ、こいつがこんなに性欲と食欲に忠実でいられるのも、自分のプライバシーが蹂躙されているという事実を知らないからだ。

「どうもありがとうございました。おかげで心配なく家に帰れます。永井さんがいなかったら、本当に困ってました。退院したら、絶対美味い飯を奢らせてください」

屈託のない感謝の言葉が、逆に神経を逆撫でする。室内に入った時からずっと漂う香水の残り香が、永井の底意地を少しだけ悪くさせた。

「……間宮さんの部屋を片付けてたら、ベッドの下にスマホらしいものが落ちているのを見つけましたよ」

「スマホですか?」

「心当たり、あります? 黒いスマホなんですけどね。最近、盗聴とかも増えているみたいだし、気をつけた方が良いですよ。特に間宮さんは女性にモテていらっしゃいますし」

「そんなことないですよ」

「……お腹の怪我、化膿しないといいですね。お大事にしてください」

意味ありげな皮肉をたっぷり付け足してやる。

(これ以上、女の恨みを買わないよう、せいぜい気をつけろ)

間宮は真意を捉えかねたように、苦笑いしながら肩をすくめて見せた。

*****

間宮の退院当日。
永井が自宅で束の間の休息を楽しんでいると、不意に静寂を破るインターホンが鳴り響いた。
続けて、玄関のドアが叩きつけられるように激しくノックされる。
不穏な予感に胸を騒がせながら扉を開けると、そこには幽霊でも見たかのように顔を蒼白にした間宮が立ち尽くしていた。


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