【完結】『犯罪者Aの自白と犯罪者Bの告白』

comacomainu

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6-2.

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「家が、おかしいんです!」

開口一番、震える声で彼はそう言った。
永井は、言葉の意味を量りかねたまま、問い返した。

「おかしい?」

「誰かが勝手にうちに入って、風呂に入った形跡があるんです。床が濡れていて、ベッドも……」

「ええっと、念のため言っておくけど、俺じゃないですよ?」

「わかってます! とにかく、頼みます。一緒に来てくれませんか」

「お兄さんは? 一緒だったんじゃ?」

その問いに、彼は唇を噛み、短く首を振る。

「一から説明する気力もないし、何が起きているのか自分でも整理がつかないから、帰ってもらいました。今は、永井さんにしか頼めないんです」

永井は一瞬、言葉を失った。
兄が来ると言っていたからこそ、あれこれと片付けを手伝ったのだ。
善意で掃除までした自分が、急に浮いた存在になった気がする。

(普通、他人の俺より肉親を頼るのが筋だと思うんだけど)

それでも、間宮の尋常ではない怯えように気圧され、永井はそれ以上問い返すのをやめた。
黙って靴を履き、不安を隠しきれない彼の背中を、半歩遅れて追う。


はたして、間宮の言う通りだった。
浴室の壁や床には水滴が残り、湿った空気が重く停滞している。
一週間の入院期間。その間に何者かがこの家に侵入した形跡は、誰の目にも明らかだった。
さらに、余裕を失っている様子の間宮に急かされるようにして、寝室へ向かった。

「俺の電子タバコと、ここに置いていた指輪がないんです。代わりに、これが……」

「……えっと、これは、どういう?」

「ローションです。こっちの方には、バイブが置かれていたんです」

間宮が指したベッドのヘッドボードには、中身が半分ほど減っているチューブ入りのローションと、専用ケースから取り出された、使い古した質感のバイブがあった。
これ以上は見るのも限界と、間宮は顔を背けた。
その状況を前に、永井も思わず言葉を失った。

「あの……一応確認なんですけど、間宮さんと彼女さんのものじゃなく?」

「うちにこんなもの置いてないですよ!」

怒鳴るような反論に、永井は内心で舌打ちする。

(嘘つくなよ。お前、録音の中で彼女に玩具を押し当てて遊んでたじゃないか)

危うく口をつきそうになって、慌てて言葉を飲み込む。

(やばいやばい、盗聴しているのがバレるところだった)

となると、これはどう考えても大家の奥さんの仕業だ。
ここまで露骨な証拠を残すのは、単なる不法侵入ではない。
自分の存在を誇示し、恐怖と興奮を間宮と共有したい――そんな歪んだ自己顕示欲の現れだ。
永井にとっても、そのローションとバイブは、直視しがたいほどおぞましく、思い起こすだけで皮膚の内側が粟立つ、生理的な嫌悪感を催させる代物だった。

間宮にゴミ袋を持ってくるよう促したが、ついに耐えきれなくなった彼はトイレに駆け込み、背中を丸めて激しく嘔吐している。
無理もない。永井は犯人の見当がついているし、当事者ではないからまだ平静を保っていられる。
だが間宮にとっては、見知らぬ誰かが自分の聖域に侵入し、風呂を使い、あまつさえ自分のベッドで自慰行為に耽っていたのだ。
その精神的な汚染は、肉体的な暴行以上のダメージだろう。

仕方がない。これは仕事だと思い込もう。
雑用係――いや、ザ・庶務の力の見せどころだ。

永井はタオルで鼻と口を厳重に塞ぎ、一度自宅に戻って取ってきたゴム手袋と殺菌スプレーを手に、部屋中の窓を全開にした。
ぎゅっと固く目をつぶって、自分は機械だ機械だと暗示をかける。
恐る恐るローションとバイブを掴み、目もくれずに一気にゴミ袋へ放り込んだ。
シーツも枕カバーも剥ぎ取り、窓枠からドアノブ、スイッチプレートに至るまで、徹底的に拭き上げる。
家中のありとあらゆるものにアルコールを浴びせ、消毒して回った。
その間、間宮は洗面所で、永井が渡した新品のタオルと石鹸を使い、皮膚が赤くなるまで何度も何度も手を洗い続けていた。

犯人が触れた可能性のあるものはすべて破棄したいという間宮の要望で、ゴミ袋は山のような数になった。
「一刻も早くこの家から消してほしい」という彼の悲痛な訴えに応じ、ゴミ収集日まで永井のベランダで預かることになった。
そうして、ようやく部屋が物理的な「清潔」を取り戻した頃には、夜もすっかり深まっていた。

何度目かの嘔吐を終えた間宮が、よろよろとリビングに戻ってきて、糸が切れた人形のようにその場にしゃがみ込んだ。
犯人は、今日が退院日だと知っていたはずだ。だとすれば、たった今、この瞬間も、ベッドの下に潜ませた盗聴スマホで、二人の会話を「鑑賞」しているかもしれない。
この状況で、盗聴されている事実をどう切り出せば、これ以上彼の心を折らずに済むのか。
逡巡する時間はない。永井は切り出した。

「そういえば、二、三日前の話なんですけどね」

永井は、努めて平穏な調子で話し始めた。

「管理会社の人が言ってたんですが、このアパート、昔ちょっと問題があったらしいんです。どうも、鍵を勝手に使われたことがあるとかで」

「そんなことが、あったんですか?」

「ええ。だから最近は、防犯面を気にして引っ越す人も多いみたいですね。結婚を機に出て行く人もいるとか」

一拍置いてから、何気ない調子で続ける。

「間宮さんも、近いうちにこのアパートから引越される予定でしたよね。新居はもう決まってるんですか?」

きょとんとして顔を上げた間宮の口を、永井は素早く手で塞いだ。
同時に、視線だけでベッドの下を示す。
そして自分のスマホを素早く操作して、〈盗聴されてるかもしれない。声を出さないで〉と入力した。
画面を見た間宮の目が大きく見開かれる。
すぐにブルっと震えて、〈ベッドの下ですか? 本当に?〉と返ってきた。

100%間違いない確信はあったが、詳しく説明すれば自分の盗聴行為までバレてしまう。ツッコまれては困るし、断言は避けるべきだ。
永井は頷き、続けて打ち込む。

〈可能性は高い。とりあえず、話を合わせてください〉

まだ状況をつかみきれないながらも、間宮は頷いた。

「……新居は、まだ、決まっていません」

言葉を選ぶように、詰まりながら答える。

「でしたら、あそこはどうですか? 隣駅前の、なんて言ったかな」
〈これは、明らかに間宮さんに気がある女の仕業です。それもかなり執着が凄い〉

「……グランメゾン、ですか。いいですね、あそこうちの取引先のひとつなんですよ」
〈どうしたら良いですか?〉

「あ、そうなんですか? 俺の職場も近くなんですよ。最近あの辺りの開発すごいですよね。セキュリティも相当しっかりしていそうだ」
〈間宮さんの結婚の話を餌に、逃げられる前に犯人を炙り出しましょう〉

間宮は青ざめた顔のまま、声を出さずに深く頷いた。

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