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10-2.
しおりを挟む「何してるんだっ!!」
絶叫と同時に、永井が室内に強烈な懐中電灯の光を放った。
闇を切り裂くような白い円の中に、間宮のベッドの上で硬直する大家の奥さんの姿が浮かび上がる。
スカートは捲り上げられていた。
左手には、今朝自分が脱ぎ捨てたシャツを掴んで顔に押し当て、右手は、ためらいもなく下着の中へ差し入れられている。
足元には、破り捨てられた式場のパンフレットと、使いかけのローションのボトルが転がっていた。
「……あ、……あ、あ……」
奥さんは光に目を細め、口を半開きにして間宮を見つめていた。
その表情には、消えきらない欲望の余韻と、理解が追いつかない驚愕が入り混じっている。
部屋にはあの柔軟剤の甘ったるい匂いと、生々しい人の体臭が混ざり合い、空気そのものが腐っているように感じられた。
喉の奥がひくりと痙攣する。
「……な、なによ、あんたたち! 二人で私を嵌めたのね!」
数秒の沈黙の後、ベッドの上で乱れた服を整えながら、奥さんは甲高い声で叫んだ。
その口から飛び出したのは、謝罪でも弁明でもない。つい数分前まで、イヤホン越しに聞こえていた嬌声とは別人のような、見苦しい悲鳴だった。
「お金目当てなんでしょ、大家の私を脅して、家賃をタダにさせるつもりなんだわ!」
支離滅裂な主張だった。
あまりの汚らしさに言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
(ーー俺の部屋で、俺のシャツを握りしめていた奴が、何を言っているんだ……)
呆然とする自分の傍らで、永井は奥さんの狂乱を冷えきった目で見つめながら、何事もないようにスマホを操作し始めた。
「……あ、大家さんですか。夜分すみません、永井です。今すぐ間宮さんの部屋に来てください。ええ、大変なことになっていますので、はい……」
永井は、誰にも口を挟ませることなく、淡々と大家の主人を呼び出した。
通話を終えた瞬間、奥さんの顔がみるみるうちに怒りで真っ赤に染まる。
「ふっ、ふざけないでよ! 何様のつもり!?」
奥さんはベッドから飛び下りると、なりふり構わず永井に掴みかかった。
振り上げた爪が永井の顔を狙う。
咄嗟に庇おうと間宮は腕を伸ばそうとしたが、「動かないで」と言う鋭い永井の声に動きを止めた。
永井は眉ひとつ動かさず、最小限の動きで奥さんの手首を掴んでひねり上げる。
「……っ、痛い! 離して、離しなさいよ!」
「じっとしていてください。これ以上暴れるなら、不法侵入に加えて暴行の現行犯で警察を呼びますよ。ご主人にそのみっともない姿を見せたくないなら、大人しくしていることです」
永井の声は、まるで凍りついた刃物のように冷たかった。
腕をねじ上げられ、ベッドに押し付けられた奥さんは、それでもなお「泥棒!」「詐欺師!」と汚い言葉を吐き散らしながら、足をもがかせてシーツを蹴り飛ばした。
間宮は、その光景をただ愕然と見ていることしかできなかった。
ほどなくして、階段を激しく駆け上がる足音が響いた。
永井は奥さんを見下ろし、ねじ上げていた腕を放した。
奥さんは乱れた格好のまま上半身を起こし、肩で荒い息をつきながらベッドに座り込む。
「お腹、大丈夫です?」
目の前の惨状に気を取られ過ぎて、永井に問われた意味が咄嗟にわからなかった。
「傷、痛くないなら良いです」
永井が脇腹を指差しながら呟くのと同時に、寝巻きにダウンを羽織っただけの大家の主人が血相を変えて飛び込んできた。
荒れた部屋、あられもない格好で泣き喚く妻、そして無表情な永井の姿。
惨状を一目見て、同時にすべてを察したのか、大家の主人は言葉を失い、その場にへたり込んだ。
「違うのよ、お父さん! この子たちが、私を無理やり……!」
「……いい加減にしろ」
主人の声は震えていた。
「こんな、若い子たちが、お前みたいなおばさんを相手にするわけがないだろう。……いい加減にしろ、諦めろ」
ご主人は、薄々気づいていたのだという。
妻が普段からやけに間宮を気にしていたこと。
間宮が不在の際、調子が悪い火災報知器の点検で室内に入ったとき、そこに妻の匂いが残っていたこと。
合鍵を持ち出している気配が、何度もあったこと。
そして数日前、間宮が捨てたゴミ袋を、妻が持ち去るのを目撃してしまったこと。
それら全てを「まさか」という思いで蓋をしていた彼の絶望が、狭い部屋に充満した。
「でも、証拠がないわ! そうよ、家に入っただけじゃない。退院したばかりだから、掃除をしてあげようと思っただけ!」
往生際が悪く、奥さんはなおもまだ食い下がった。
「ふざけんな! 合鍵まで使って、人の部屋に勝手に入っておいて。それで善意のつもりか!」
怒りで声が裏返るのを、間宮は止められなかった。
そのとき、間宮を制するように、永井が静かに一歩前に出た。
「掃除、ですか。だったら、これに見覚えはありませんか」
そう言って、永井がカバンから取り出したのは、ジップロックに入ったピンク色のバイブだった。
それを目にした瞬間、喉の奥から熱いものがせり上がってきた。
それは、数日前に「捨ててくれ」と永井に頼んだものだった。
もう二度と目にすることはないと、そう信じていたはずのものだった。
「永井さん、それ……」
「万が一の時のために、証拠として残しておきました。これに付着している体液を警察に持ち込んで調べてもらえば、不法侵入だけでなく、わいせつ行為の立証も可能です」
一拍置いて、永井は淡々と続ける。
「奥さん。それでも『掃除』だと言い張りますか?」
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