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エドワードの努力

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 エドワードはマリーを愛していた。いや、今この瞬間も愛している。

 マリーと出会って以来、彼女以外の女性になびく事なんて一度もなかった。
 政略結婚とはいえ、マリーと出会えた奇跡に感謝し、幸せを感じていた。
 いずれ結婚して、子供が生まれ……マリーそっくりな女の子だったらいいな。いや、マリーそっくりな男の子でもいい。彼女の男にも勝る気高く美しい所を引き継いでくれれば、この国も安泰だろう。いややっぱり女の子だよなぁ……いや……
 
 優柔不断なエドワードがそんな事を考えていた矢先、マリーから重大な事実を告げられた。

「エドワード殿下。ずっと言えなかった事があります。いえ、本当は最初にお伝えしてはいたのですが……実は、私の名前はマリーではありません」
「そうか。いや、そんな気はしていた。もしかして、マリーアントワネットなのでは――」
「いえ違います。私の本当の名前は、マリーパミュパミュジュディムピョミピャミアントワネットなのです。あなたに初めて会った時に伝えたあの名前。あれは冗談なんかではなく、正真正銘の私の名前なのです」

 まさか冗談だろう、と笑い飛ばそうとしたエドワードだったが、彼女のあまりにも真剣な表情を見て、これは冗談などではないと察した。

「君は本当に……マリーパミュパミュジ……すまない。もう一回言ってくれるか?」
「マリーパミュパミュジュディムピョミピャミアントワネットでございます」
「マリーパミュパミュジュディむぴゅみよpy……マリ―パミュパミュジュディむぴょみゃ。まりぃぱみゅぱむぅ」
「殿下、無理しなくても大丈夫です。最初はみんな、そういう反応をしますので」

 その皆と一緒にされるのが嫌だった。他の誰とも違う、彼女だけの特別な存在でいたかったエドワードは、ショックを隠せずにいた。
 彼女の名前を呼べないのが悔しかった。
 何かの間違いではないかと、エドワードは彼女の両親に会いに行った。

「ええ、私の娘の名前はマリーピャミュピャミュジュディムビュミュピャムアントワネッチュです」
「違いますわ。あなた本当に成長しませんわね。ほんとクズ。マリーパミュパミュジュディムピョミピャミアントワネットですわ」

 そんな二人のやりとりを見ながらエドワードは将来の自分とマリーの姿を重ねていた。
 マリーの名前を言えない自分もクズ呼ばわりされるのだろうか、と。
 真っ青になるエドワード王子にマリーの母親は嬉しそうに話しかけた。
 
「その事を聞きに来たという事は、ついにマリーは殿下に本当の名前を打ち明けたのですね? 娘はこの名前を、いつか愛しの殿方に呼んでほしいと夢見ておりました。それが何を意味するか、殿下ならきっと分かりますわよね?」

 つまり、マリーは愛称では無く名前を呼ばれたい。それは名前を呼ばれてプロポーズされたい、という事。
 婚約者である二人の結婚は約束されている訳だが、結婚するタイミングは男性からのプロポーズで決まる。
 エドワードもそろそろ結婚の事は考えていた。だがマリーはどうなのだろう? と決められずにいた。
 だがこれで迷いは無くなった。
 彼女の名前を呼び、プロポーズする! とエドワードは決心した。

 そこからは特訓の毎日。何度も彼女の名前を繰り返し書いては読み上げた。
 それでもなかなか言えず、ありとあらゆる言いづらい言葉を集めてそれを読み上げた。
 その結果、滑舌が物凄く良くなった。
 
 そんな努力の甲斐もあり、ついに――。

「マリーパミュパミュジュディムピョミピャミアントワネット! よし言えたぞ!」

 ついにマリーの名前を言う事に成功したエドワードは、さっそくプロポーズを実行するため、マリーを王城へと招待した。

 散歩を口実に、王城で一番綺麗な庭園に彼女を連れて行き、エドワードは美しく咲き誇るバラのアーチェの前で立ち止まった。
 彼女の前で、跪き、見上げた先のマリーは今から何が起きるのかを察した様に顔を赤らめた。
 その表情がなんとも美しくて、エドワードははやる気持ちを抑えながらゆっくりと口を開いた。

「マリーパミュパミュジュディミュ……マリーパミュ……パミュ……マリーピャミュピャミュジュディミュ……マリーピャ」
「殿下、もう……結構です」

 見かねたマリーが表情に影を落として口を挟んだ。

「ま、待て! もう一度だけ! マリーパミュピャ」
「もういいですから!」

 そう叫んだマリーの瞳は涙で一杯だった。エドワードに背を向けて庭園を飛び出す様に走り去っていく。
 
「待てマリー! マリー! マリーパミュパミュジュディムピョミピャミアントワネット!」

 ようやく口に出来たその名前は、彼女の耳には届かなかった。

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