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黒い髪の少年(sideヴァイス)
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僕の髪色は、生まれつき真っ黒だった。
父親と会ったことは無い。母は僕の髪色のせいで周囲の人間から疎まれ蔑まれた。
それでも必死に僕を育ててくれた母は、僕が八歳の時に病に倒れ帰らぬ人となった。
黒髪の僕を引き取ってくれる親族なんていなかった。
災いを招くとまで言われて村から追い出された僕は、一人であてのない道を彷徨い続けた。
飢えに苦しみ、食べ物を盗み、追われ、殴られる、そんな日々の繰り返し。
助けてくれる人なんていなかった。皆、僕に同情するような視線を送りながら手で隠すその口元は笑っていた。
空腹で動けず、地面に寝そべる僕の目の前に、一匹の小さい魔族が現れた。
その魔族は僕に真っ赤なリンゴを見せつけてきたので、それを奪い取り無我夢中で食べた。
リンゴを貪る僕に、その魔族は含みのある笑いを浮かべながら語りかけてきた。
「オマエ、闇の力をモッてる。その力、今の魔王よりツヨい。アナタが新しい魔王にナレ。我々はツヨい王に従う」
それ以来、その魔族は僕に付き纏い、僕の中に眠っていた闇の力の使い方を教えた。
十二歳の時。
闇の力をある程度コントロール出来るようになった僕は、盗みも上手くなり、食べ物に困る事はなくなった。
黒髪の事で絡んでくる輩も、簡単にねじ伏せ追い払う事が出来るようになった。
あの小さい魔族は変わらず僕の側にいて、ことある事に魔王になるよう囁いてきた。
だけど僕は勇者に憧れていた。
僕の母は、小さい頃に魔族に襲われた所を勇者に助けられた事があるらしく、僕に勇者の武勇伝をたくさん話してくれた。
誰でも等しく助けてくれる勇者。
この孤独という深い闇に捕らわれた僕を、いつか勇者が現れて救ってくれるかもしれない。
それが僕の持っていた唯一の希望だった。
だけど、いつまでたっても勇者は僕を助けてくれなかった。
魔王が復活したのにも関わらず、新しい勇者はまだ現れていなかった。
気付くと、僕は歴代の勇者の石像がズラッと並んでいる広場に立っていた。
そこにあるのはただの石の塊。それなのに、陽の光を浴びた勇者の石像は神々しい輝きを放っている様に見えた。
「勇者サマ……イ・ケ・メ・ン♡はぁぁぁ……最高ね」
初代勇者の石像の前で、一人の女の子が頬を赤らめながら手を合わせていた。
よく分からない言葉を呟き溜息を洩らすと、今度は二代目勇者の石像の前に移動した。
再び手を合わせ、これ以上にないほど食い入るように勇者の石像を見つめている。
「ああ!こっちも本当にイケメンね!この目のバランスと鼻の位置…なんて黄金比率なの!!?こんなイケメンをこの世に送り出した神様に感謝しなくっちゃ!神様ありがとうございます!!」
……イケメンってなんだ?
女の子は石像一つ一つによく分からない言葉を投げかけながら、順番に拝んでいった。
その不思議な光景をしばらく見ていると、女の子と目が合った。
びっくりした様に僕を二度、三度見したその子は、僕の近くまで駆け寄ってくると、さっきと同じ様に手を合わせた。
「こんな所にもイケメンが!!あら?珍しい髪色ね?いやでもイイ……いいわよ!!黒髪イケメン最高ね!!まだちょっと幼いけど十年後は化けるわよ!!」
何を言っているんだろう。十年後って、君まだ十年も生きていないと思うんだけど。
もしかしてこの子今、僕に話かけてる?
だけど、人とまともに話をした事がない僕は、とっさに言葉が何も出てこなかった。
「……」
「……は!!!?ごめんなさい!!!あなたがあまりにもイケメンだったから、つい癖で拝んじゃったわ!!!」
僕が……イケメン?ってなんだ?
「い……イケメンって、なに?」
「え?ふっふふふふ…イケメンっていうのはね、『とても言葉では言い表せないほど計算され尽くした美しい顔面』略してイケメン!!イケメンを前に語彙力が死んでしまうのはそのためよ!いい?イケメンはただカッコいいだけじゃなくて、ちゃんとイケメン比率っていうのがあってね?これは私と叔母さんが勝手に言ってるだけなんだけど、この比率が少しでもずれてしまうとイケメンではなくなってしまうわけで――」
興奮気味に熱弁してくれているが、何を言っているのかはよく分からなかった。
人は嫌いだ。あの僕を虫けらでも見るかの様に見下し嘲笑うあの目が。
だけどこの子は違った。
黒髪の僕に対して、何の偏見も持たずに話し掛けて来たのはこの子が初めてだった。
僕の中を埋め尽くす闇に、少しだけ明かりが灯った様に感じた。
「黒髪イケメン君はこの街に住んでるの?」
「え……あ……うん」
嘘だ。僕に住む場所なんて無かった。誰とも関りを持たず、色んな場所を転々としてきたから。
「そう!じゃあ明日も会える?私、おじさんの家に来てるんだけど、遊んでくれる子がいないのよね。だからこうして勇者様の石像を拝みに来てるの。せっかくだからもっとお話しましょうよ!イケメンについて、もっと詳しく教えてあげるわ!」
正直、イケメンの事について知りたいとは思わなかった。
だけど、この女の子の事はもっと知りたかった。もっと話をしてみたいと思った。
「うん。明日もまた来る」
そう言った僕の胸は心地良い温もりに包まれた様な、なんだかくすぐったい様な、よく分からないけど初めての感覚だった。
父親と会ったことは無い。母は僕の髪色のせいで周囲の人間から疎まれ蔑まれた。
それでも必死に僕を育ててくれた母は、僕が八歳の時に病に倒れ帰らぬ人となった。
黒髪の僕を引き取ってくれる親族なんていなかった。
災いを招くとまで言われて村から追い出された僕は、一人であてのない道を彷徨い続けた。
飢えに苦しみ、食べ物を盗み、追われ、殴られる、そんな日々の繰り返し。
助けてくれる人なんていなかった。皆、僕に同情するような視線を送りながら手で隠すその口元は笑っていた。
空腹で動けず、地面に寝そべる僕の目の前に、一匹の小さい魔族が現れた。
その魔族は僕に真っ赤なリンゴを見せつけてきたので、それを奪い取り無我夢中で食べた。
リンゴを貪る僕に、その魔族は含みのある笑いを浮かべながら語りかけてきた。
「オマエ、闇の力をモッてる。その力、今の魔王よりツヨい。アナタが新しい魔王にナレ。我々はツヨい王に従う」
それ以来、その魔族は僕に付き纏い、僕の中に眠っていた闇の力の使い方を教えた。
十二歳の時。
闇の力をある程度コントロール出来るようになった僕は、盗みも上手くなり、食べ物に困る事はなくなった。
黒髪の事で絡んでくる輩も、簡単にねじ伏せ追い払う事が出来るようになった。
あの小さい魔族は変わらず僕の側にいて、ことある事に魔王になるよう囁いてきた。
だけど僕は勇者に憧れていた。
僕の母は、小さい頃に魔族に襲われた所を勇者に助けられた事があるらしく、僕に勇者の武勇伝をたくさん話してくれた。
誰でも等しく助けてくれる勇者。
この孤独という深い闇に捕らわれた僕を、いつか勇者が現れて救ってくれるかもしれない。
それが僕の持っていた唯一の希望だった。
だけど、いつまでたっても勇者は僕を助けてくれなかった。
魔王が復活したのにも関わらず、新しい勇者はまだ現れていなかった。
気付くと、僕は歴代の勇者の石像がズラッと並んでいる広場に立っていた。
そこにあるのはただの石の塊。それなのに、陽の光を浴びた勇者の石像は神々しい輝きを放っている様に見えた。
「勇者サマ……イ・ケ・メ・ン♡はぁぁぁ……最高ね」
初代勇者の石像の前で、一人の女の子が頬を赤らめながら手を合わせていた。
よく分からない言葉を呟き溜息を洩らすと、今度は二代目勇者の石像の前に移動した。
再び手を合わせ、これ以上にないほど食い入るように勇者の石像を見つめている。
「ああ!こっちも本当にイケメンね!この目のバランスと鼻の位置…なんて黄金比率なの!!?こんなイケメンをこの世に送り出した神様に感謝しなくっちゃ!神様ありがとうございます!!」
……イケメンってなんだ?
女の子は石像一つ一つによく分からない言葉を投げかけながら、順番に拝んでいった。
その不思議な光景をしばらく見ていると、女の子と目が合った。
びっくりした様に僕を二度、三度見したその子は、僕の近くまで駆け寄ってくると、さっきと同じ様に手を合わせた。
「こんな所にもイケメンが!!あら?珍しい髪色ね?いやでもイイ……いいわよ!!黒髪イケメン最高ね!!まだちょっと幼いけど十年後は化けるわよ!!」
何を言っているんだろう。十年後って、君まだ十年も生きていないと思うんだけど。
もしかしてこの子今、僕に話かけてる?
だけど、人とまともに話をした事がない僕は、とっさに言葉が何も出てこなかった。
「……」
「……は!!!?ごめんなさい!!!あなたがあまりにもイケメンだったから、つい癖で拝んじゃったわ!!!」
僕が……イケメン?ってなんだ?
「い……イケメンって、なに?」
「え?ふっふふふふ…イケメンっていうのはね、『とても言葉では言い表せないほど計算され尽くした美しい顔面』略してイケメン!!イケメンを前に語彙力が死んでしまうのはそのためよ!いい?イケメンはただカッコいいだけじゃなくて、ちゃんとイケメン比率っていうのがあってね?これは私と叔母さんが勝手に言ってるだけなんだけど、この比率が少しでもずれてしまうとイケメンではなくなってしまうわけで――」
興奮気味に熱弁してくれているが、何を言っているのかはよく分からなかった。
人は嫌いだ。あの僕を虫けらでも見るかの様に見下し嘲笑うあの目が。
だけどこの子は違った。
黒髪の僕に対して、何の偏見も持たずに話し掛けて来たのはこの子が初めてだった。
僕の中を埋め尽くす闇に、少しだけ明かりが灯った様に感じた。
「黒髪イケメン君はこの街に住んでるの?」
「え……あ……うん」
嘘だ。僕に住む場所なんて無かった。誰とも関りを持たず、色んな場所を転々としてきたから。
「そう!じゃあ明日も会える?私、おじさんの家に来てるんだけど、遊んでくれる子がいないのよね。だからこうして勇者様の石像を拝みに来てるの。せっかくだからもっとお話しましょうよ!イケメンについて、もっと詳しく教えてあげるわ!」
正直、イケメンの事について知りたいとは思わなかった。
だけど、この女の子の事はもっと知りたかった。もっと話をしてみたいと思った。
「うん。明日もまた来る」
そう言った僕の胸は心地良い温もりに包まれた様な、なんだかくすぐったい様な、よく分からないけど初めての感覚だった。
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