甘夏と青年

宮下

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17 マキとの約束

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「律はさ、退院したら仕事は復帰するの?」

 ヨネとの会話から時間が経過し十八時を過ぎた頃、いつものベンチにマキの姿を認めると、律はその隣に腰を下ろした。

「どうだろう、仕事はしたいけど、前の職場には戻りづらいな」

 律は復職について、敢えて考えることを避けていた。
 以前の仕事にはやりがいがあり、復職したくないといったら嘘になるだろう。だが今回の急な退職が会社や取引先に迷惑を掛けてしまったことに間違いはなく、自分が復帰を望むこと自体が厚かましいことに思えてくる。

「ふーん、気にしすぎじゃない? 律が戻りたいなら戻ればいいじゃん」

 ぼそぼそと言葉を濁す律に、マキは理解できないといったように首を傾げる。

「勿論何かしらの仕事はするよ。一からまた頑張りたいと思ってる」

 しかし、もし以前の会社に復職したとして、また急な発作が起こってしまったのなら。今度こそ呆れられ邪険に扱われてしまうのではないか。
 真っ白な状態から関係を築く新しい会社で疎まれるならまだ耐えられるが、気の知れた大切な仲間たちに嫌われてしまったら、今度こそ立ち直れなくなるだろう。

 律は病気というハンデを、それ程までに意識していた。

「まあ、何でもいいよ」

 マキが不意に口を開く。

「仕事しなくてもいいし、さぼってもいい。これからの人生、どうなったっていいんだよ」

 マキは固く目を瞑りながら後頭部の後ろでぐっと肩を解すと、そのまま脱力し空を仰ぐ。

「ふっ、何それ」

 マキの適当な言葉に、律はつい吹き出してしまう。

「私、何もしなくてもいいの?」

 わざとらしく眉をひそめ問いただす律。

「うん。なんか分かんないけど今日も一日笑って終わったなーって思えたら、それでいいんじゃない?」

 マキはあっけらかんとした表情で笑って見せる。

「確かに、それは最高も」

 何だかあれこれと深く考えていたことが馬鹿らしく思えてきた。マキの言う通りだ。

「でしょ?」

 マキはにやりと笑い、律の顔を覗き見る。

「そのぐらいでいいんだよ」

 そして再び空を仰ぎ、穏やかな表情を浮かべてみせた。
 退院後のことは退院後に考えればいい。準備するに越したことはないが、まあ後手に回ってもいいかとも思える。人生はまだまだ長い。
 マキと出逢うまでは生きる理由を見失っていた律だったが、今では長生きする前提の思考となっていることを、自分でも気づいてはいなかった。

 今はただ、今しか得られない感情や経験を大切にしたい――。


「マキ、明日の夜、病院に来れる?」

「夜? 行けるよ」

 律の唐突な質問にマキは少しだけ考えるような素振りを見せたが、どうやら大丈夫なようだ。

「それなら明日の二十時、ここで待ち合わせ、約束ね」

 マキは詳細を話さない律を不思議に思っただろうが、「了解」とだけ返事をし、律がそれ以上詮索されることはなかった。

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