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22 突然の来訪者
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「――樋口さん、体調はいかがですか?」
カーテンが開く音と同時に、中村の声が脳まで届く。
意識が現実に戻され、律はゆっくりと目を開いた。
「すみません、起こしてしまいましたね」
「いえ、大丈夫です」
――夢だったのか。
枕元には赤ペンが挟まっている本が無造作に置かれている。先程まで勉強をしていた筈だが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
それにしても、とてもリアルな夢だった。
背中に伝う汗や風に吹かれた頬の感触が今も微かに残っている。
律が夢の余韻に浸っている間に中村は手際よく点滴の針を律の腕から抜き、体温と脈拍を測る。律もここ数日は様態が安定しており、食事も残さず食べるようになっていた。
「熱もないみたいですね、良かった。樋口さんは明日の午前中に先生の診察が入ったので、お伝えしておきますね」
「分かりました」
三日ぶりの院長の診察だが、恐らく時間もかからず直ぐに終わるだろう。
中村は律の一通りの検診を終え、次の患者の元へ向かうべく病室から去っていった。
「えっと……、どこまで読んだかな」
律は再度本を手に取りページを捲る。
会計実務の基礎知識が載っている学習本なのだが、これまで事務や経理などといった仕事の経験が全く無いため、かなり難しく感じてしまう。
新しい知識を頭の中に落とし込む作業に手こずり、数ページ読むだけでどっと疲れが出てくる。
だがこれらの知識は今後どの仕事に就いたとしても無駄にはならないと、その都度自分を鼓舞し気合を入れ直す。
よし。もうひと頑張りしよう。
律が改めて意気込んだと同時に、病室のドアが開く音が聞こえてきた。
そしてそのまま時間が空くことなく、律のベッドを囲うカーテンが揺れ動き開かれる。
「――樋口、元気か」
カーテンの隙間からこちらを覗いた人物は、入院後初めて再会する、律が予想もしていなかった人物であった。
「部長! ご無沙汰しております!」
律は望月の急な訪問に驚きを隠せず、手にしていた本を慌てて閉じ、背筋を伸ばして挨拶をする。
「なんだ、元気そうじゃないか。これ、みんなからの見舞い品だ」
ハハッと笑う望月は、サイドテーブルの上に果物の詰められた編み籠を置き、そのままベッド脇のパイプ椅子へと腰掛けた。
「ありがとうございます。ご心配をお掛けし申し訳ございません」
律は座ったまま軽く頭を下げお礼を伝える。
望月と面と向かって言葉を交わすことは久し振りなので、これまでどういう接し方をしていたのか忘れてしまい変に緊張してしまう。
「部長、急に辞めてしまってすみません。沢山ご迷惑をお掛けしました」
「なに、気にするな。お前が抜けた穴は大きいが、人がひとり抜けて崩れるような柔な会社ではない。それよりみんなお前の人生の方が大切なんだ」
謝ってばかりの律に、おおらかな対応を取る望月。
望月は仕事にこそ厳しいが、部下の相談には真摯に乗る優しい一面を持つ上司であった。律も、何度仕事の面でお世話になったか分からない。
「ありがとうございます……」
今も、仕事中とは異なる、和やかな雰囲気を見せている。
すると望月の目線が、テーブルの上にある求人雑誌へと移った。
「なんだ、求人誌を見ているのか。お前が今持っている本も事務系の本だし、次に勤めたいところが決まっているのか?」
「いえ、ただ、もし事務職などに就ける場合は、少しでも知識を付けておいた方が仕事に入りやすいかと思いまして」
「そうか」
望月との会話の後に、一時の沈黙が流れる。
律が何か話さなければと思考し、口を開こうとした瞬間、望月の方から先に話を切り出した。
「樋口、今動けるか? 体を動かした方が良いだろう。どうだ、散歩にでも行かないか?」
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