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峰山香織A01
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読書部全員が部室に集まり、それぞれ読書に励んでいる。コーヒーと紅茶がそれぞれのコップで湯気を立ち上らせて、まだ日の高い午後を香気で満たそうとしていた。
「消去」
「だああっ、何するんだ、峰山くんっ! 勝手にいじらないでくれっ!」
「完了」
「ああ……せっかくの生徒会とのパイプが……」
3年・大蔵秀三部長が2年・峰山香織副部長にスマホをいじられ、電話番号を消去されたようだ。あの様子なら、どこかの女子の番号なのだろう。
渡来保が恩田陸の『夜のピクニック』を閉じ、後頭部に両手を添えながらそんな様子を眺めている。
「なあ篤彦、大蔵部長と峰山副部長って付き合ってるのか? 大蔵部長のスマホいじって、女子の電話番号消すって、部長の彼女だからとしか考えられねえけど」
僕――田辺篤彦は東野圭吾の『変身』を読みながら、特に気にも留めずに答えた。
「さあ。あの二人の関係性だけはまだよく分からないよ」
小石さんがそっと話しかけてきた。僕にだけのようだ。
「でも部長さんと副部長さんは、お似合いのカップルだと思います。そうですよね、篤彦さん」
「小石さん、また適当なこと言って。何でそう思うのさ」
「私は女子なんでしょう? 女の勘ですよ、勘」
「石の勘、ねぇ……」
私――峰山香織は小さい頃から小説家を目指していた。小学3年生のときに創作活動を始めた私は、中学2年生時代にはすでに400字詰め原稿用紙400枚を埋めるほど、執筆活動に励んでいた。もちろん公募では落選していたが、書くことが楽しくてしょうがなく、全くへこたれなかった。
そして中学3年の夏休み。有償の小説論評サービス『五十嵐道場』の存在をインターネットで知った私は、試しに論評を依頼してみた。高校を舞台に起こる連続殺人事件を描いた『三日月雄馬の推理』という作品で、3万円という安くない代金を支払って、わくわくしながら返事を待った。きっと自分がステップアップするために必要な、的確で精密な論評が届けられるはずだ。
だが――
『でき損ない』
ネット上の五十嵐先生は、私の原稿を一刀両断した。辛辣な意見をパソコンの画面で眺めたとき、私はそのプライドをずたずたに傷つけられた。
『自分の文章に酔っている。比ゆ表現も多用するとしつこく感じる。語彙も知ったかぶっているようで気に障る。物語も稚拙で、考証がなっていない』、云々。
高い金を払って論評してもらって、与えられたのは希望ではなく絶望だった。私は「失意」と一言つぶやくと、パソコンの電源を落として、じゅうたんの上で両膝を抱えた。そのままコテンと横になる。
「香織、ご飯できたわよー! ちゃちゃっと食べなさーい!」
姉の舞の声が1階から聞こえてくる。父の達郎、母のあずみ共々、小説家を目指す私を応援し、誇りに思い、自慢の種としていた。彼女らにこんな無様な結果を知られるのが怖かった私は、「黙秘」と言語を吐き出して、起き上がって部屋を出た。五十嵐先生の論評のことは、適当にごまかしておこう。うん、それがいい。
しかし、以降の私は何を書いても、五十嵐先生の容赦ない罵倒が脳裏にちらついて、書くことを楽しめなくなってしまった。やがて私は受験勉強にシフトして、執筆活動を休止する。
私の頭脳は名門常成高校に合格するぐらいには高かった。ネットで自分の合格を知ったときは、これでやっと試験勉強から解放される、また執筆活動に時間が当てられる、と嬉しかった。だが喜び勇んで原稿用紙を前にしても、私の筆は重たくて、なかなか動かせなかった。
結局中学校の卒業式を終え、春休みに入り、常成高校入学式の日になっても、ペンは止まったままだった。まるであの論評が呪いのように、私の指をがんじがらめにしていたのだ。
「どうしたの香織、小説書くのやめちゃったの? あんなに好きだったのに」
楽天家で20歳の姉は、私をそう問いただした。気まずい。
「休止」
目を逸らしてそれだけ言った。姉は「そっか」とつぶやくと、以降は二度と同じ質問をしなかった。両親からも新作の催促が来なくなったのは、姉が根回ししてくれたからだろうとぼんやり気付いた。ごめん、みんな。
そんなわけで、常成高校の文芸部の部活動紹介を見ても、何も感じなかった。いずれまた書くときは来よう。小説家になる夢をあきらめたことはない。だけど、今ではない気がする。
そんなときだった。部員5名で廃部寸前の、読書部とやらに出会ったのは。
「こちら読書部! どうですか、そこの人! 説明だけでも聞いてってよ!」
校門と昇降口を繋ぐ校庭の通学ルートに、各部活動が机と椅子を並べて新人勧誘に当たっていた。その中でもえらく声の甲高い、制服姿の背の高い女子がいた。茶色いポニーテールで、ストレートの私には彼女の髪型がダサく思われる。それにしても、読書部? 読んで字のごとく、読書をするだけの部活動なのか? ちょっと興味をそそられた。
その好奇心を見えない受信機でキャッチしたか、ポニーテールは視線を私に投じた。にんまりと笑う。
「あっ、そこの美人さん! 1年生でしょ? ねえ、人助けだと思ってさ、読書部に仮入部してくれない? 嫌になったらやめてくれてもいいからさ!」
机の上には入部届けの束と仮入部名簿、筆記用具に勧誘チラシの山が置かれていた。私はそれをつぶさに観察しながら問いかけた。
「名前」
視線を持ち上げる。その先でポニーテールは目をぱちくりさせると、急に口元を緩めた。
「私の名前を聞きたいのね? 私は3年F組の早野結。これでも読書部の部長してるんだよね。あなたは?」
「峰山香織」
「単語……。ま、まあ、いいけどね。それよりどう? 読書部」
「拒否」
「何で?」
「見学中」
早野部長の顔に理解の色が広がった。拳で平手を叩く。
「ああ、他の部活も見て回りたいってこと? いや、だからさ、仮入部してくれてもいいじゃない! ねえねえ、たとえば将来の夢とかある?」
私はぐっと詰まった。『でき損ない』。あのドライアイスのような一言が脳裏に蘇る。だが頭を振ってそれを振り落とし、意志を込めて決然と言い放った。
「小説家」
早野部長は満面の笑みで私の手を取る。ぐっと顔を寄せられ、私はじゃっかん引いた。近い、近い。こちらの目を真っ直ぐ見つめた彼女は、ボリュームを絞った声でささやいた。
「香織ちゃん、小説家になりたいんだ! ならもう決まったようなものじゃない! 先輩方の作品を読んで勉強、勉強! 読書部で決まり! だね!」
勢いに押されてしまう。どう返事したものか迷っていると、早野部長の顔は急激に遠ざかった。見かねたのだろう、眼鏡をかけた制服の少年が、彼女の襟首をつかんで引きはがしたのだ。
「消去」
「だああっ、何するんだ、峰山くんっ! 勝手にいじらないでくれっ!」
「完了」
「ああ……せっかくの生徒会とのパイプが……」
3年・大蔵秀三部長が2年・峰山香織副部長にスマホをいじられ、電話番号を消去されたようだ。あの様子なら、どこかの女子の番号なのだろう。
渡来保が恩田陸の『夜のピクニック』を閉じ、後頭部に両手を添えながらそんな様子を眺めている。
「なあ篤彦、大蔵部長と峰山副部長って付き合ってるのか? 大蔵部長のスマホいじって、女子の電話番号消すって、部長の彼女だからとしか考えられねえけど」
僕――田辺篤彦は東野圭吾の『変身』を読みながら、特に気にも留めずに答えた。
「さあ。あの二人の関係性だけはまだよく分からないよ」
小石さんがそっと話しかけてきた。僕にだけのようだ。
「でも部長さんと副部長さんは、お似合いのカップルだと思います。そうですよね、篤彦さん」
「小石さん、また適当なこと言って。何でそう思うのさ」
「私は女子なんでしょう? 女の勘ですよ、勘」
「石の勘、ねぇ……」
私――峰山香織は小さい頃から小説家を目指していた。小学3年生のときに創作活動を始めた私は、中学2年生時代にはすでに400字詰め原稿用紙400枚を埋めるほど、執筆活動に励んでいた。もちろん公募では落選していたが、書くことが楽しくてしょうがなく、全くへこたれなかった。
そして中学3年の夏休み。有償の小説論評サービス『五十嵐道場』の存在をインターネットで知った私は、試しに論評を依頼してみた。高校を舞台に起こる連続殺人事件を描いた『三日月雄馬の推理』という作品で、3万円という安くない代金を支払って、わくわくしながら返事を待った。きっと自分がステップアップするために必要な、的確で精密な論評が届けられるはずだ。
だが――
『でき損ない』
ネット上の五十嵐先生は、私の原稿を一刀両断した。辛辣な意見をパソコンの画面で眺めたとき、私はそのプライドをずたずたに傷つけられた。
『自分の文章に酔っている。比ゆ表現も多用するとしつこく感じる。語彙も知ったかぶっているようで気に障る。物語も稚拙で、考証がなっていない』、云々。
高い金を払って論評してもらって、与えられたのは希望ではなく絶望だった。私は「失意」と一言つぶやくと、パソコンの電源を落として、じゅうたんの上で両膝を抱えた。そのままコテンと横になる。
「香織、ご飯できたわよー! ちゃちゃっと食べなさーい!」
姉の舞の声が1階から聞こえてくる。父の達郎、母のあずみ共々、小説家を目指す私を応援し、誇りに思い、自慢の種としていた。彼女らにこんな無様な結果を知られるのが怖かった私は、「黙秘」と言語を吐き出して、起き上がって部屋を出た。五十嵐先生の論評のことは、適当にごまかしておこう。うん、それがいい。
しかし、以降の私は何を書いても、五十嵐先生の容赦ない罵倒が脳裏にちらついて、書くことを楽しめなくなってしまった。やがて私は受験勉強にシフトして、執筆活動を休止する。
私の頭脳は名門常成高校に合格するぐらいには高かった。ネットで自分の合格を知ったときは、これでやっと試験勉強から解放される、また執筆活動に時間が当てられる、と嬉しかった。だが喜び勇んで原稿用紙を前にしても、私の筆は重たくて、なかなか動かせなかった。
結局中学校の卒業式を終え、春休みに入り、常成高校入学式の日になっても、ペンは止まったままだった。まるであの論評が呪いのように、私の指をがんじがらめにしていたのだ。
「どうしたの香織、小説書くのやめちゃったの? あんなに好きだったのに」
楽天家で20歳の姉は、私をそう問いただした。気まずい。
「休止」
目を逸らしてそれだけ言った。姉は「そっか」とつぶやくと、以降は二度と同じ質問をしなかった。両親からも新作の催促が来なくなったのは、姉が根回ししてくれたからだろうとぼんやり気付いた。ごめん、みんな。
そんなわけで、常成高校の文芸部の部活動紹介を見ても、何も感じなかった。いずれまた書くときは来よう。小説家になる夢をあきらめたことはない。だけど、今ではない気がする。
そんなときだった。部員5名で廃部寸前の、読書部とやらに出会ったのは。
「こちら読書部! どうですか、そこの人! 説明だけでも聞いてってよ!」
校門と昇降口を繋ぐ校庭の通学ルートに、各部活動が机と椅子を並べて新人勧誘に当たっていた。その中でもえらく声の甲高い、制服姿の背の高い女子がいた。茶色いポニーテールで、ストレートの私には彼女の髪型がダサく思われる。それにしても、読書部? 読んで字のごとく、読書をするだけの部活動なのか? ちょっと興味をそそられた。
その好奇心を見えない受信機でキャッチしたか、ポニーテールは視線を私に投じた。にんまりと笑う。
「あっ、そこの美人さん! 1年生でしょ? ねえ、人助けだと思ってさ、読書部に仮入部してくれない? 嫌になったらやめてくれてもいいからさ!」
机の上には入部届けの束と仮入部名簿、筆記用具に勧誘チラシの山が置かれていた。私はそれをつぶさに観察しながら問いかけた。
「名前」
視線を持ち上げる。その先でポニーテールは目をぱちくりさせると、急に口元を緩めた。
「私の名前を聞きたいのね? 私は3年F組の早野結。これでも読書部の部長してるんだよね。あなたは?」
「峰山香織」
「単語……。ま、まあ、いいけどね。それよりどう? 読書部」
「拒否」
「何で?」
「見学中」
早野部長の顔に理解の色が広がった。拳で平手を叩く。
「ああ、他の部活も見て回りたいってこと? いや、だからさ、仮入部してくれてもいいじゃない! ねえねえ、たとえば将来の夢とかある?」
私はぐっと詰まった。『でき損ない』。あのドライアイスのような一言が脳裏に蘇る。だが頭を振ってそれを振り落とし、意志を込めて決然と言い放った。
「小説家」
早野部長は満面の笑みで私の手を取る。ぐっと顔を寄せられ、私はじゃっかん引いた。近い、近い。こちらの目を真っ直ぐ見つめた彼女は、ボリュームを絞った声でささやいた。
「香織ちゃん、小説家になりたいんだ! ならもう決まったようなものじゃない! 先輩方の作品を読んで勉強、勉強! 読書部で決まり! だね!」
勢いに押されてしまう。どう返事したものか迷っていると、早野部長の顔は急激に遠ざかった。見かねたのだろう、眼鏡をかけた制服の少年が、彼女の襟首をつかんで引きはがしたのだ。
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