彼女は小石

よなぷー

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お月見01

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 その年の梅雨は長引いて、7月上旬に入ってようやく明けた。それまでのしつこい降雨によるじめじめした閉塞感から一転、からっとした熱気が開放的な風に乗って街を吹き渡る。照りつく太陽は老若男女の区別なく人々をゆで上げ、薄着と発汗を傲然ごうぜんいるのだった。

 そんなある日。私立常成高校読書部はかねてからの計画――『お月見』について話し合っていた。大蔵秀三おおくら・しゅうぞう部長はスマホを数回タップした後、明るい顔で一同を見渡す。

「天気予報では今日の夜空は晴れ渡るそうだ。月もよく見られるという。ならば話は早い。今晩、小石くんを主役としたお月見会を敢行しよう!」

「賛成!」

 いなやはなかった。

 僕――田辺篤彦たなべ・あつひこが昨秋遭難した際、帰還の手助けをしてくれた小石さん。彼女が月光で人間の姿に変身することは、すでに部員全員が承知している。しかしそれを目の当たりにすることができたのは、まだ僕一人だけだった。みんな、小石さんの本当の容姿を見たがっていたのだ。

 大蔵部長は今夜8時から10時までの2時間、近所の公園で小石さんの晴れ姿を拝もうと提案した。各自お菓子、ジュース、レジャーシート、蚊取り線香、ゴミ袋の買い出しを分担して、7時半をめどに集合しようと取り決めた。

 赤いツインテールで人形のような可愛い見た目の多奈川美穂たながわ・みほさんが、浮き浮きと椅子の上で身を揺すった。

「楽しみー! やっと小石ちゃんの人間状態を見られるねー!」

 ショートカットで平凡過ぎる女子、河合留美かわい・るみさんが、くすくす笑いながら期待感に声を弾ませる。

「せっかくだから可愛い服でも着せてあげたいけど、屋外なのとサイズを知らないのとで無理なのよね」

 大蔵部長はうんうんとうなずいた。七三分けで黒縁眼鏡をかけ、相変わらずの美男子である。

「そうだね、小石くんは着物を着ているそうだし、まあ今日はそれを見るだけでよしとしようじゃないか」

 峰山香織みねやま・かおり副部長――黒いポニーテールでスタイル抜群ながら、無愛想な単語返事で知られる2年生がつぶやいた。

「同意」

 僕の親友、渡来保わたらい・たもつが肩に手をかけてきた。ラフな黒髪に短い眉毛、三白眼にそばかすといった様々な特徴を持っている。

「篤彦、肝心のお前と小石ちゃんが来ないとお月見開く意味がないんだからな。寝過ごしたりするなよ」

「大丈夫だよ。それよりきみが小石さんに色目を使ったりしないか心配だよ」

 保は豪快に笑い、のけぞって危うく椅子ごと後ろに引っくり返りそうになった。

「おっと、あぶねー。あのな篤彦、俺を何でも見境なく食いつく獣みたいに言うなよな」

 チャイムが鳴った。時刻は午後4時になったばかりだ。酷暑はまだまだ猛威を振るいそうである。保が景気よく立ち上がった。

「よっしゃ、そろそろ行くとしようか!」

 小石さんがにこやかに笑った。

「うふふ、みなさん、私も張り切って人間になりますね」

 河合さんが屈託なく返す。

「ええ、期待してるわよ」

「それでは部長宣言! 解散!」

 いつもより早く部活を切り上げ、6人はそれぞれ目的のものを買うべく下校した。僕はゴミ袋を買いにスーパーへ繰り出す。

 無事購入すると、僕はいったん帰宅した。



「夜中に外へ出る?」

 夜7時。私服姿の僕は両親にお月見のことを話し、晩御飯はいらないと告げた。案の定父さん――春雄はるおと、母さん――佳代子かよこは目をむいた。

「おいおい篤彦。時刻が遅すぎないか?」

「そうよ。今から外に出て行って、帰ってくるのは10時過ぎって……。篤彦、寝る人だっている時間よ」

 僕は作り笑いでごまかそうとする――成功確率は低かったけど。

「大丈夫だよ、僕一人じゃなくて、読書部の5人も一緒だから」

 本当は小石さんも含まれるけど、2人には彼女のことは言っていない。父さんは帰宅したばかりで、ハンガーに背広をかけ、ネクタイを緩め始めた。

「でも学校の許可を取ったわけでも、親の許可を取ったわけでもないんだろう?」

「それは……そうだけど。でも、大事な集まりなんだ。どうか今日だけは見逃してよ、父さん、母さん」

 母さんは断固とした態度を崩さなかった。腕組みして僕をにらみつける。

「いけません。子供は家にいなさい。そうでなくたって、夜に篤彦がいないと、去年の秋を思い出しちゃって……。不安でいてもたってもいられなくなるわ」

「遭難のこと? 大丈夫、僕はもう行方不明になんかなったりしないよ。必ず戻ってくる。心配しないで」

「でも……」

 父さんがソファにくつろいで、大好きな阪神タイガースの試合にテレビのチャンネルを合わせる。ひいきのチームが勝っていたからかどうかは分からないが、僕に楽しげに言った。

「やれやれ。篤彦、絶対に10時半までには帰って来るんだぞ」

 母さんが突然の裏切りに唖然とする。

「あなた!」

「まあいいじゃないか、佳代子。篤彦の部活の会合だ。子供同士、親睦しんぼくを深めるのもいいかなと、俺もちょっと思い直した。たまにはいいんじゃないか? 毎日ならともかく、ときにはってことなんだから……」

 僕は思わぬアシストに相好を崩した。

「ありがとう、父さん! 恩に着るよ」

 父さんはこちらに首をめぐらせて、冗談っぽく注意する。

「警察には見つかるなよ。こっそりやれ。こっそりとな」

 これで母さんも折れた。渋々僕の外出を容認する。

「仕方ないわね……。篤彦、お父さんが言うとおり、必ず時間厳守よ。いいわね」

「うん、母さん!」

 そして僕は、無事に家を後にした。



 小石さんをポケットに入れたまま公園に到着する。時刻は7時40分。道に迷いかけて若干集合時間には遅れたが、お月見予定時刻には間に合った。他の5人はすでに勢揃いして、遠くから僕に手を振って居場所を知らせてくれる。僕はそこへ向かって駆け出した。

「ごめんなさいみんな、遅れて」

 大蔵部長が微笑して首を振った。

「何、構わないよ田辺くん」

 レジャーシートが広げられ、一同が靴を脱いで座っている。その服装と体勢はいちいち違った。風はなく、多奈川さんが買ったであろう蚊取り線香の匂いが漂っている。僕はその輪に加わった。期待の視線で集中砲火を浴びる僕に、大蔵部長が手を一つ叩いてうながした。

「では予定より少し早いが、いい月が出ている。早速始めようか。田辺くん、小石くんを月の下へ出したまえ」

「わーい、いよいよだー!」

「楽しみね……!」

「興奮」

「いやあ、わくわくするなあ!」

 僕はポケットから小石さんを取り出し、月光の下にさらした。ひょっとして、この前のは何らかの奇跡が起きて、たまたま人間の姿になっただけかもしれない。二度とあれは起こらないかもしれない――そんな不安の渦が僕の胸中に巻き起こる。だがそれは半瞬の生命もなかった。

 初めてのときのような発光が僕の手の平に現れる。みんなが驚愕して息を呑んだ。

「……っ!」

 煙のように立ち上ったきらめきが、霧状に濃縮されたかと思うと、人型となってまたたき、色づいた。次の瞬間、あの日の夜に見た人間の小石さんが、目の前に再現されていた。ふわりと中央に降り立つ。

 緑色で、末端が波打つ腰までの長髪。紺色の着物から伸びる手足は白く、つぶらな黒い瞳が二、三度まばたきした。やっぱり美しい、可愛い。僕はあのときのように見惚みほれた。

「うひょー、これが小石ちゃんの人間の姿か……!」

「可愛いわ!」

「わあー! 凄いー!」

「驚愕!」

「おお……信じられん……!」

 5人は僕同様、小石さんを見上げてその類まれな容姿に釘付けになった。感嘆のため息が次々と漏れる。僕は別に血が繋がっているわけでもないのに、何となしに誇らしくなった。

「小石さん、挨拶あいさつ挨拶」

 小石さんはひとつ首肯すると、一同を見回して微笑み、その魅惑的な唇を動かした。
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