彼女は小石

よなぷー

文字の大きさ
53 / 65

番外編・迷子02

しおりを挟む
 なんて母親だ。僕は久しぶりに頭に血が上った。こんな幼い子供をほったらかして、反省の色もなく「あと30分ほどよろしくね」とは何ごとだ。こんな文章、雄也には決して見せられない。

 僕は怒気を抑えるのに苦労しながら、小石さんに頼んだ。

「小石さん、友紀さんの居場所をつかめるかい? この写真の人が、どこかの喫茶店に男といるはずなんだ」

「分かりました。少し待っててください」

 小石さんの『見る』力によって、ほどなく友紀さんの居場所が判明した。やはり男としゃべっているらしい。僕は雄也の手を引いて、やや離れた位置にあるその店へ向かった。



 暮れなずむ大通りで街灯が散発的に光り輝く中、僕らは喫茶店『はーもにか』に入った。友紀さんはダンディな40代の男と楽しそうに歓談に興じている。彼女のケタケタという突き抜けた笑い声が、そこそこ広い店内に響いていた。

 雄也が母親の姿に歓喜の涙を流す。力いっぱい叫んだ。

「お母さん!」

 彼は僕のかたわらをすり抜けて、友紀さんの元へと走り寄る。母親はいきなり現れた自分の息子に抱きつかれ、意外そうな横顔を見せた。視線が僕の方へ差し向けられる。

「ええと……通りすがりの中学生くん、だっけ? よくここが分かったわね。まだまだいいところだったのに。無粋ぶすいね、きみ」

 その軽薄な態度が僕のかんさわった。詰め寄って怒鳴り散らす。

「そんなことはどうでもいいんですよ! たまには旦那だんなさん以外の男性と会話するのもいいでしょう! でも何で雄也くんを置き去りにするんですか! 何か事故にあったりしたらどうするつもりだったんですか!」

 友紀さんはわざとらしく耳の穴をほじり、大人の余裕があるところを僕に見せ付けた。それがまた僕の憤慨ふんがいを加速させる。僕がさらにわめこうとしたところで、雄也の肉親はつまらなさそうにさえぎった。

「旦那さん以外の男性、じゃないわよ。この人――海斗かいとさんは、私と別れた元旦那さん」

 僕は振り上げた拳の持って行き場を見失う。

「え……」

 友紀さんは興ざめしたように指の先を息で吹いた。マニキュアの赤色が艶やかだ。

「離婚こそしたけど、お互い一度は生涯を誓い合った相手だし、雄也がいなければまた恋人時代のように楽しく話せるの。それが嬉しくて。今日はたまたま散歩中に海斗さんと再会して、こうして喫茶店で歓談して。雄也を置き去りにしたのは悪かったけど、すぐ済ませるつもりだったし、海斗さんと雄也を会わせるわけにもいかなかったし。中学生くんが保護してくれたなら、もうちょっといいかな、と思って入り浸っちゃったの。許して」

 雄也が海斗さんを指差して尋ねる。そのまなこの純粋な輝きが痛々しかった。

「この人、お母さんの知り合い?」

「そうよ、知り合いで大事な人なの。でも、雄也とは関係ないわ」

 海斗さんは知らんぷりでコーヒーをすする。僕はため息をついた。

 何なんだこの二人は。雄也の生みの親なのに、そろって無責任過ぎる。これじゃ雄也があんまりにも可哀想だ。僕は胸の奥がふつふつとえたぎるのを押しとどめられない。小声で小石さんに話しかけた。

「小石さん、僕以外の人間の頭にも話しかけることって出来るんだよね?」

「え? はい、できます」

「じゃあさ、あの二人の脳内に大声でわーってわめいてよ。思いっきり、徹底的にね」

「分かりました。私も頭にきていたので、思い切りいかせていただきます」

 一拍の間。

「わーーーーっ!」

 途端に友紀さんと海斗さんが頭を抱えて飛び上がった。その勢いでテーブル上のカップが倒れ、残っていたコーヒーが彼女らの服にかかる。

「きゃああっ! 何、何っ? 何よこの叫び声!」

「お、俺にも聞こえるぞ! どうなってんだ!」

 周りの客が唖然とした表情で二人を見やった。雄也の両親は額にあぶら汗を浮かべ、しばし呆然としたあげく、突き刺さる視線に頬を上気させた。

「で、出るわよ、海斗さん、雄也!」

 赤っ恥をかいた元夫婦は、子供の手を引いて会計を済ませると、逃げるように店を出ていった。僕は少し溜飲りゅういんが下がる思いだった。



 今頃本日の営業が終盤に差し掛かっているであろうスーパー目指し、僕は歩いていた。時間の経過とともに、夜がのこぎりめいた強風を服の上から叩きつけてくる。その道すがら、僕は小石さんとしゃべっていた。

「本当にむかつく親だったよ。子供を置き去りにして平気だなんて、人間の風上にも置けない奴らだよ。ああ、雄也が傷ついてなければいいけど」

 僕の不安に同調しつつ、小石さんはふと質問してきた。

「篤彦さん、人間は人間を置き去りにしないのが普通なんですよね?」

「そうだよ」

 彼女の声に安堵が混じる。

「それを聞いて安心しました。篤彦さんのご両親は立派ですね。山中ではぐれた篤彦さんを、1週間ものあいだ懸命に捜し回ってくださいました。実際には協力者の方々が、ですが……。篤彦さんはいいご両親をお持ちですね」

「そうかい?」

「そして、篤彦さんも。見ず知らずの雄也さんを、置き去りにしなかった。優しいんですね」

 こっ恥ずかしい言葉に、僕は頬を指でかいた。

「ははは……。照れるね」

「うふふ、面白いです、照れる顔。もう一度言いましょう、篤彦さんは、優しい」

「だから照れるって」

「あはは」

 小石さんの笑った声を聞くのは初めてだ。僕は少し、すさんでいた心がなごんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

恋愛の醍醐味

凛子
恋愛
最近の恋人の言動に嫌気がさしていた萌々香は、誕生日を忘れられたことで、ついに別れを決断。 あることがきっかけで、完璧な理想の恋人に出会うことが出来た萌々香は、幸せな日々が永遠に続くと思っていたのだが……

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。 ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。 そして泥酔していたのを介抱する。 その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。 ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。 そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。 小説家になろうにも掲載しています

処理中です...