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第1章〜逃走編〜

第1話

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「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊」

 秀頼公から貰い受けた太刀を握りしめ、教わった念仏を唱える。俺、真田大助さなだだいすけ(15歳)は今まさに「大阪夏の陣」から敗走している最中だった。燃え上がる曲輪や砦を背に、赤備えの鎧を纏った姿は徳川勢にとって格好の餌だろう。このままでは逃げきれない。迫り来る敵と対峙しなければ活路を開くことが困難だ。ここで討ち取られる可能性もあるが、やるしかない!

「こわっぱがあ!!」
「なにを!!」

 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ……!

 足軽兵を撫で斬りしまくった。自分でもその身のこなしに驚いている。

──お、俺ってこんなに強かったっけ……?

 腕には自信がある。俺は真田信繁幸村の息子だ。九度山では厳しい修行を積んできたんだ。だが今の強さはそれだけではない。この軽くて斬れ味抜群の刀が一段と強さを増している気がした。流石は秀頼公の刀だ!

「……などと考えてる暇はないな。今は敵を倒して逃げきるのみ!」

 俺は叫んだ。
「どけどけどけえー!」
 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ……!

「はぁはぁはぁはぁ……どんだけ居るんだよ」
 斬っても斬っても足軽が湧いてくる。俺は次第に体力が落ち、意識朦朧いしきもうろうとなりながら戦い続けた。気がつくと敵に四方を囲まれている。
「いくら何でも……これまでか……」
 死を覚悟したその瞬間であった。「ドカーン!」と地割れするくらいの大きな音が鳴り響き、砂と煙が舞い上がる。何も見えない。
「若ーーっ!!」
 俺は忍者に助けられたのだ。爆薬の達人である望月六郎もちづきろくろう(43歳)に抱きかかえられた。
「逃げますぞ!」

 六郎とひたすら走り続けた。
「はぁはぁ……」
 俺たちは山林へ逃げ込む。どうやら敵を巻いたようだ。湧水で喉を潤し、一呼吸ついてから斜面で横になった。
「若、秀頼公の最後を見届けたのですか?」
「ああ。見たよ……だが俺は直ぐ逃げた」
「逃げるのは殿の命です」
「…………」
 俺は黙った。あの場から逃げ去った「後ろめたいもの」を感じていたのだ。だがお陰で生きている。逃げたことは後悔していない。

「はら減ったな、六郎」
 俺は話を反らした。
 ふと、辺りを見渡すと食材の匂いがする。俺は昔から鼻が効く。九度山の貧乏暮らしで日々食材を探している時に鍛えられ、その特技は大いに役立った。
「タラの芽の匂いがするぞ」
 草木を掛け分けると、木々の間に季節外れで生えている新芽を発見した。

「あっ、あった!」

※タラの芽(ウコギ科タラノキ属の落葉低木)
新芽「たらのめ(楤芽)」を食用する。ほのかな苦みともっちりした食感が味わいで「山菜の王様」と呼ばれている。

 芽の根元となる部分から折るようにして数本収穫した。下処理は「はかま」といわれる赤茶色の皮を剥き、湧水にさらしてアクを抜けば生で食べられる。俺は六郎と食らいつきながら体力回復を待つことにした。

「うんめえ!」
「若、相変わらずの嗅覚ですな」
「貧乏暮らしで培った俺の取り柄だよ、六郎」

 俺たちは殺伐とする戦場から離れ、しばしの休息を取った。

──こうなったら絶対に生き延びてやる!





 
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