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第1章〜逃走編〜

第6話

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 瀬戸内海、因島付近の無人島へ辿り着く。これまで追っ手の気配を感じてないことから、俺たちは少し気が緩んでいた。

「六郎、貝がある!」

 干潮になると海面から姿を現す、磯の潮だまりや岩の窪みに、たくさんの種類の貝が生息している。
マツバガイ、イシダタミガイ、イボニシ、ヒザラガイなどで、これらの貝は全て食することができる。
「お、これが美味そうじゃ」
 六郎がマツバガイを岩から剥がし取る。

※マツバガイ(カサガイ目ヨメガカサ科)
巻貝の一種。殻長5cmほどの個体で温暖な岩礁海岸で見られる。食感はアワビに似てコリコリしている。

 俺は才蔵が用意した釣道具で魚を釣ろうと試みた。糸と針、そしてエサだけで魚を釣る「手釣り」と呼ばれる手法ではあるが、上手く糸を垂らせばイサキやカサゴなど、そこそこ釣れる。

※イサキ(スズキ目イサキ科)
海水魚の一種。成魚は45センチに達する。岩礁域に生息する魚で、身は白身で柔らかい。

※カサゴ(カサゴ目メバル科)
海水魚の一種。成魚は30センチほど。岩礁や海中林などに生息する。江戸時代、端午の節句に飾られるなど美味しくて縁起の良い魚。

「若、よくそう簡単に釣れますな」
「コツを掴んだからね」

 さて今度は調理をしよう。マツバガイは塩茹ですると身が小さく縮んで殻から自然に外れる。直ぐにお湯から取り出し、そのまま口にする。
 イサキは素焼き、カサゴは刺し身、それと僅かな米に小さな貝を散りばめた貝飯で豪華な食事となった。

「美味いのう……カサゴのさばきは面倒じゃたろ」
「ああ、でも新鮮で美味いな」
「若、暫くはこの島で過ごしますかな」
「そうだな。船の生活にも飽きたし、ここなら食材も豊富だ。魚を干物にして食糧を貯めときたい」
「わしは小山に湧水を汲んでこよう。寝床も見つけないとな」

 食事を終えた六郎は小山に登っていく。俺は岩の上で寝転んだまま、空を見上げていた。
「明日は素潜りしてみようか……その方がもっと獲れる気がするな」
 俺はいつのまにか寝てしまった。

***

 生暖かい風を感じて目が覚めた。ふと気がつくと、喉元に刀を突きつけられている。

「ハッ……だ、誰だ!?」
「お前、隙だらけだな。油断したのか? 真田の忍びにしては修行が足らないぞ。フフフ……」

 俺は身動きも出来ない。顔を覗くのがやっとだ。

「そうだよ、これまで追っ手の気配を感じなかった。だから油断してた」
「ふん、まだまだだな、小僧」
「あんた、俺を殺すのか?」
「殺しはしないさ。お前『秀頼公の刀』を持ってるだろう?」
「……ああ、殿下より頂いた」
「豊臣家に伝わる『念仏』も知ってるな?」
「念仏? ああ、アレか。それがどうした?」

 男はニヤリとした。
「私は服部正就。又の名を服部半蔵だ」
「服部半蔵だと!? 生きてたのか!」
「フフフ。宝刀の噂を聞いてな、戦場から抜け山里曲輪に潜んでいたのさ」
「この刀が目的で俺を追って来たわけだ?」
「そうだ。それは高く売れる。……さ、大人しく刀を渡して貰おうか」
「……嫌だと言ったら?」
「小僧相手に手荒なマネはしたくないな」
「俺と勝負するってのはどうだ?」
「死ぬ気か、小僧?」
「俺にも意地がある」
「フン、面白い小僧だ。立て、遊んでやる」


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