10 / 57
第ニ章 芸州編 山村の警護役
第10話 村を一望する
しおりを挟む
翌朝のこと。
国宗家の奥方と娘のお久が、朝食の給仕に訪れた。
「おはようございます。今日から娘のお久が真田さまのお世話をいたしますので、よろしくお願いいたします」
お久は13歳。まだ子どもだが、愛らしい顔立ちをしている。母親に促され、少し恥ずかしそうに軽く会釈をした。彼女が差し出したのは、アワやヒエ、カブの葉を使った雑炊と漬物だった。
「お久、ありがとうな」
そう声をかけると、お久は「あい」と答え、顔を赤らめた。
「あ、奥方、できるだけ食材は自分たちで調達しようと思ってるんだ。どの山や川なら自由に採っていいのか、教えてくれないか?」
「え? そのようなことをなさらなくても……」
「いやいや、屋敷を貸してもらっているんだ。それくらいはしないと」
「そ、そうですか……では、主人を呼んでまいります」
奥方たちが下がると、俺たちは雑炊をすすり始めた。
「六郎、伊賀の者はどうだ?」
「気配は感じますが、どうやら距離を置いているようですな」
「それはどういうことだ?」
「連絡しやすいように配置を整えているのではと」
「そうか。では、すぐに攻撃されることはなさそうだな」
「ですが、油断は禁物ですぞ」
「ああ、わかっている」
しばらくして、忠左衛門と忠次郎が離れを訪れた。
「真田さま、食材は女衆や郎党が準備しますので、どうぞゆっくりお過ごしください」
「忠左衛門殿、お気遣いはありがたいが、俺たちもこの界隈を知りたいのだ。それに、山菜採りは好きでね。退屈しのぎにもなる」
「そうですか……。実は真田さまを匿うにあたり、木嶋さまから外出時には必ず誰かが同行するよう厳命されております。また、村内から外に出ることは避けるようにとも」
「匿われている身ゆえ、当然か……では、この村の範囲を案内してもらえないか? 村内であれば約束を守る」
「かしこまりました。私は材木の卸がありますので、倅に案内させましょう」
「かたじけない。忠次郎、頼むぞ」
「は、はい」
こうして俺と六郎は、忠次郎に案内されて村内を散策することになった。最初の目的地は村の神社だという。
「忠次郎、お前、いくつだ?」
「はい、14歳でございます」
「俺の一つ下だな。兄弟はいるのか?」
「兄の忠太郎がおりますが、今は厳島千畳閣の改修に行っております」
忠太郎は国宗家の郎党とともに、藩の命で長く家を離れているのだという。
「つまり、国宗家の主力は不在というわけか」
「……はい」
ほどなく、宮迫神社に到着した。山頂に建つ社殿からは、村全体が一望できる。
「真田さま、村の範囲についてご説明します」
「堅苦しいな。大助でいい」
「あ、はい。では、大助さま。東に見える溜池から南、西、北の山々までが『山村』でございます。溜池の向こう側は『押村』となります」
「広いな。山菜採りは国宗家の山なら問題ないのか?」
「国宗の杉山は多いですが、あまり山菜は採れません。他の山は入らないほうがよいです。そして、川については西側に小さな沢がありますが、乱取りが続き魚影はほとんどありません」
国宗家の山々を眺めながら、ふと思いついた。
「あの山には猪がいるか?」
「え? 猪ですか。たまに見かけると聞きますが、捕獲した話はあまり聞きませんね」
「わかった。忠次郎、今日から俺の監視役を命じる。食材探しに付き合え」
「わ、私が監視役ですか!?」
「そうだ。案内と、境界付近の判断が必要だからな。それとな、離れから見える川には入っちゃだめなのか? 目と鼻の先なのに」
「あれは『二郷川』です。そこは……揉め事が多くて」
「詳しく聞かせろ」
忠次郎の話によれば、『山村』には国宗家と庄屋の「面前家」、商人兼農民の「神田家」の三家が協力して村を運営している。しかし、30年前、秀吉の四国攻めで敗れた河野家の旧家臣「富盛家」が山村に逃げ込み、土着してからというもの、秩序が乱れるようになったのだという。
「富盛家の者と二郷川で鉢合わせすると、喧嘩になるんです。元々武士だった彼らには敵いません。役人に訴えても、年貢をきちんと納めている以上、見て見ぬふりをされます……」
その時、騒がしい声が聞こえた。神社に愚連隊のような一団が現れたのだ。少し離れたところで六郎が首を横に振るのを見て、伊賀の者ではなく地元の人間だとわかった。
「あっ!」
忠次郎が驚いた様子で背を向ける。
「おいおい、そこにおるんは国宗さんとこの忠次郎じゃねえか! それで隠れてるつもりかよ?」
一団の一人が嘲笑を浴びせる。忠次郎は顔をしかめ、小刻みに震えていた。
国宗家の奥方と娘のお久が、朝食の給仕に訪れた。
「おはようございます。今日から娘のお久が真田さまのお世話をいたしますので、よろしくお願いいたします」
お久は13歳。まだ子どもだが、愛らしい顔立ちをしている。母親に促され、少し恥ずかしそうに軽く会釈をした。彼女が差し出したのは、アワやヒエ、カブの葉を使った雑炊と漬物だった。
「お久、ありがとうな」
そう声をかけると、お久は「あい」と答え、顔を赤らめた。
「あ、奥方、できるだけ食材は自分たちで調達しようと思ってるんだ。どの山や川なら自由に採っていいのか、教えてくれないか?」
「え? そのようなことをなさらなくても……」
「いやいや、屋敷を貸してもらっているんだ。それくらいはしないと」
「そ、そうですか……では、主人を呼んでまいります」
奥方たちが下がると、俺たちは雑炊をすすり始めた。
「六郎、伊賀の者はどうだ?」
「気配は感じますが、どうやら距離を置いているようですな」
「それはどういうことだ?」
「連絡しやすいように配置を整えているのではと」
「そうか。では、すぐに攻撃されることはなさそうだな」
「ですが、油断は禁物ですぞ」
「ああ、わかっている」
しばらくして、忠左衛門と忠次郎が離れを訪れた。
「真田さま、食材は女衆や郎党が準備しますので、どうぞゆっくりお過ごしください」
「忠左衛門殿、お気遣いはありがたいが、俺たちもこの界隈を知りたいのだ。それに、山菜採りは好きでね。退屈しのぎにもなる」
「そうですか……。実は真田さまを匿うにあたり、木嶋さまから外出時には必ず誰かが同行するよう厳命されております。また、村内から外に出ることは避けるようにとも」
「匿われている身ゆえ、当然か……では、この村の範囲を案内してもらえないか? 村内であれば約束を守る」
「かしこまりました。私は材木の卸がありますので、倅に案内させましょう」
「かたじけない。忠次郎、頼むぞ」
「は、はい」
こうして俺と六郎は、忠次郎に案内されて村内を散策することになった。最初の目的地は村の神社だという。
「忠次郎、お前、いくつだ?」
「はい、14歳でございます」
「俺の一つ下だな。兄弟はいるのか?」
「兄の忠太郎がおりますが、今は厳島千畳閣の改修に行っております」
忠太郎は国宗家の郎党とともに、藩の命で長く家を離れているのだという。
「つまり、国宗家の主力は不在というわけか」
「……はい」
ほどなく、宮迫神社に到着した。山頂に建つ社殿からは、村全体が一望できる。
「真田さま、村の範囲についてご説明します」
「堅苦しいな。大助でいい」
「あ、はい。では、大助さま。東に見える溜池から南、西、北の山々までが『山村』でございます。溜池の向こう側は『押村』となります」
「広いな。山菜採りは国宗家の山なら問題ないのか?」
「国宗の杉山は多いですが、あまり山菜は採れません。他の山は入らないほうがよいです。そして、川については西側に小さな沢がありますが、乱取りが続き魚影はほとんどありません」
国宗家の山々を眺めながら、ふと思いついた。
「あの山には猪がいるか?」
「え? 猪ですか。たまに見かけると聞きますが、捕獲した話はあまり聞きませんね」
「わかった。忠次郎、今日から俺の監視役を命じる。食材探しに付き合え」
「わ、私が監視役ですか!?」
「そうだ。案内と、境界付近の判断が必要だからな。それとな、離れから見える川には入っちゃだめなのか? 目と鼻の先なのに」
「あれは『二郷川』です。そこは……揉め事が多くて」
「詳しく聞かせろ」
忠次郎の話によれば、『山村』には国宗家と庄屋の「面前家」、商人兼農民の「神田家」の三家が協力して村を運営している。しかし、30年前、秀吉の四国攻めで敗れた河野家の旧家臣「富盛家」が山村に逃げ込み、土着してからというもの、秩序が乱れるようになったのだという。
「富盛家の者と二郷川で鉢合わせすると、喧嘩になるんです。元々武士だった彼らには敵いません。役人に訴えても、年貢をきちんと納めている以上、見て見ぬふりをされます……」
その時、騒がしい声が聞こえた。神社に愚連隊のような一団が現れたのだ。少し離れたところで六郎が首を横に振るのを見て、伊賀の者ではなく地元の人間だとわかった。
「あっ!」
忠次郎が驚いた様子で背を向ける。
「おいおい、そこにおるんは国宗さんとこの忠次郎じゃねえか! それで隠れてるつもりかよ?」
一団の一人が嘲笑を浴びせる。忠次郎は顔をしかめ、小刻みに震えていた。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる