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第2章〜芸州編(其の壱)

第20話

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「六郎ーーっ、待たんかあ!」

 暫く走ると、少し先で六郎が立ち止まり周辺を見渡してる姿を捉えた。
「見失うたかあ!」
「はあ、はあ……六郎、無茶するな」
「いや、まだ気配を感じる。若、戦闘態勢ですぞ」
「六郎よ、確かなのか?」
「あの男に間違いない。儂が追いかけると凄い速さで逃げ出しおった。あの速さは尋常ではない!」

──その時である。

 シュュュュュュン! 
「何だ!?」
「若、危ないっ!!」
 ガッ、ガッ、ガッ!!

飛苦無とびくない」という忍者が使う手裏剣が、後方の大木に深く突き刺ささった。俺は間一髪、六郎に覆いかぶされて地面へと伏せていた。

「やはり伊賀の者か! この望月六郎がお相手つかまつる! 姿を見せられよ!」
 すると静まり返った草原に何処からともなく声が聞こえてきた。
「……我らに構うな。真田の忍びよ」
「なに?」
「我らは真田大助が、此処から逃げぬよう監視してるだけなのだ」
「今、飛苦無で殺そうとしただろう!!」
「あれは警告だ。だがこれ以上詮索すると、容赦はせん。我らはいつでも10人以上で囲い込める!」

 俺は微かな人の匂いを感じ取り、目を凝らして草原を眺めていた。やがて大木の太い枝に立っている伊賀の者の姿を捉える。
「六郎、あの木の上だ。だが攻撃はするな」
「若!?」
「なあ、アンタは富盛の下人に扮してるだろ?」
「……」
「どうするんだ? 『草の者』が正体ばれてちゃ困るだろう。まあアンタが俺らを狙わないと言うのなら、俺もアンタを詮索しないし攻撃もしない」
「……ふん、よかろう。富盛から消える。但し、何処かに潜伏して監視は続ける」
「分かった。……それと芸州はいつ襲ってくるのか知らないか?」
「ははは……知ってても言えんだろう。では……」

──スッと伊賀の者の気配が消えた。

「若、良かったんですかな、これで?」
「六郎、伊賀の者は10人以上だ。1人2人倒しても埒があかないだろう。それに本当の敵は芸州だ」
「ま、何はともあれ彼奴が富盛から去るのは好都合ですな。あまりにも近すぎました故、心配でした」
「それにしても、六郎の人を見る目は確かだよ。ありがとな」
「ははっ、若の護衛としては有難きお言葉!」
「あ、忠次郎が追いかけてくる。帰るか……」

***

 国宗家の土間に、お久が思いつめた様子でしゃがんでいた。その目には桶の水に浸かる「マタタビ」を見つめている。

「お久、待たせたな」
「だ、大助さま!? よくご無事で!!」

 お久は驚きとともに涙を浮かべていた。「あの富盛辰太郎とやり合うからには無傷で済まない」と思っていたのだろう。そして俺の小袖が破けてることに気がついた。

「大助さま、大変! お怪我はありませんか?」
「ああ、何ともないよ」
「……」
「どうした?」
「……ヒック……ヒック……心配しました」
「お、お久? 泣いてるのか?」
「わーーーーーっ!!」
 お久が俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
「大丈夫だよ、お久。さあ、マタタビを調理しようか……ん?」
 お久は暫くすると「コクッ」と小さくうなずいた。

 丁度その時、忠次郎が戻ってきた。
「もう、大助さ……」
 六郎が忠次郎の手を引っ張り、土間へ入るのを押し留めた。
「な、何ですか、六郎さま?」
「今、入ったら野暮ですぞ。しばしお待ちを」
「……野暮?」
「あ、そうじゃ。忠次郎殿、畑のことでちょっと教えてもらえんか」
「は、はあ……」

 忠次郎が足止めされてることも知らず、俺は思いついた調理方法をお久に教えていた。
「お久、マタタビの実は辛すぎるから味噌付けにして寝かしとくが良い。芽は山菜として雑炊へ入れよう。あと、葉は洗って乾燥したら揉んでお茶のようにして飲むと美味しいらしいぞ」
「大助さま、よくご存知ですね。では早速そのように致します。うふふ」

 ようやく忠次郎が六郎から解放されて土間へ入って来た。
「大助さまあ、酷いですよ。監視役の私を置いて帰るなんて」
「ああ、忠次郎、すまんかったな。どうだマタタビ雑炊、お久が作ってくれるそうだ。後で食べよう」
「そうですね……」
 少しむくれた忠次郎は素っ気ない返事をして、土間から座敷へ上がろうとした。すると土間の奥に女衆らが潜んでることに気がついた。
「あれ、何してるんだ?」
「もう、野暮なお坊ちゃん!!」
「ねえー、良いところだったのに」
 忠次郎は何のことだかさっぱり分からない。
「えー、何だよ! さっきから野暮、野暮って!」

 その晩、お久の作った雑炊をみんなで味い食した。中でも野暮な忠次郎が1番食べていた。


















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