21 / 57
第ニ章 芸州編 山村の警護役
第21話 山村の警護役
しおりを挟む
「こ、こんなに?」
国宗忠兵衛は、目の前に差し出された大量の魚や野菜を見て驚きを隠せなかった。小ぶりなアユ、ヤマメ、ドジョウ、大根、葛西菘、茄子などが、山の恵みそのままにぎっしりと積まれている。
山村の庄屋・面前作兵衛と神田家の若き当主・神田喜左衛門は、先日富盛辰太郎との揉め事を解決した御礼に国宗家を訪れていた。そして俺たちも母屋に招かれている。
「真田様は、まだお若いのにお強いですなあ。あの辰太郎をあっさり叩きのめすとは、まこと大した御仁です」
「これは神田家からの感謝の品でございます。どうかお納めください。……忠兵衛殿、よろしくお願いいたしまする」
「有り難く頂戴致します。この食材は、真田様のために使わせていただきます」
「いやいや、忠兵衛殿、せっかくのことだ。国宗家の皆さんと召し上がろう。な、六郎?」
「ははっ」
俺はただ富盛の横暴を抑えたかっただけだった。それはこの地の平穏を守るためであり、個人的な武功を誇るつもりなどない。
「忠兵衛殿、この喜左衛門とも相談したのですが、今後、真田様にこの山村の警護をお願いできないでしょうか?」
「作兵衛殿、それは真田様にお伺いしなければ……」
「俺で良ければ構わないよ」
「おお、有り難い! 実はお恥ずかしい話ですが、これまで村の治安は富盛家に頼んでおりました」
「そうなのか?」
「はい。時おり流れ着く悪人や盗っ人を、辰太郎たちが追い払っていたのです」
「だが……」と忠兵衛が口を挟む。
「それが裏目に出たのです。我々も含めて……」
庄屋の作兵衛によれば、富盛家に村の警護を任せているうちに、次第にその立場が増長し、村の些細な問題にまで口を挟むようになったという。やがて、富盛家は領主のように振る舞い始め、川の縄張りを守らず、村人とのいざこざも頻発するようになった。しかし、武力で圧倒する富盛家に対して、村人たちは反抗することもできず、ただ耐え忍ぶしかなかったそうだ。
つまり、村の「警護役」が次第に「厄介者」へと変貌していったのだ。そして、それを許してしまった村の有力者たちにも責任があるということだった。
「事情は分かった。俺が新たな警護役として、この山村を守ることを富盛辰太郎にも伝えておこう」
「それは私らも富盛家に出向き、正式に話をする必要がありますな」
「では、近いうちに皆で参りましょう」
皆が納得した雰囲気の中、俺はあえて水を差した。心の中で、いずれ芸州藩が攻めてくる可能性を考えていたのだ。
「ただな……俺らもずっとここにいられるか分からないんだ。もし、そうなったら申し訳ない」
少し沈黙が流れた後、作兵衛が口を開いた。
「実は真田様のこと、我らも詳しくは知らないのです。代官殿に伺っても、はっきりした答えが返ってきませんでした。それに、藩からの扶持米の件も進んでおらず……のう、忠兵衛殿」
「うむ。儂は梶山殿より、藩命で『高貴な御方を匿え』と言われただけで……」
「真田さま、差し支えなければ、どのような事情でここにおられるのか教えていただけませんか? 神田としても、ぜひご支援申し上げたく存じます」
いつの間にか女衆や下人たちが物陰からこちらの様子を伺っているのが見えた。忠兵衛がそれに気づき、忠次郎に目で合図する。
「さあ、お前たち、向こうへ行った、行った!」
「あとで教えてくださいね、お坊っちゃん」
「約束はできないよ!」
ピシャンと忠次郎が襖を閉め、座敷の端に座る。だが、襖一枚を隔てた向こう側で、女衆たちは聞き耳を立てていた。奥方も興味があるのか止める気はないらしい。
俺は自分の素性をどこまで明かすべきか迷った。下手に話が広まれば、俺自身や国宗家にどんな災難を招くか分からなかったからだ。
「若、ここは儂が」
「六郎?」
六郎が一歩前に出て、場の空気を正した。
「オホン……皆さま、儂は真田家に仕える望月六郎と申します」
おいおい、六郎……大丈夫なのか?
国宗忠兵衛は、目の前に差し出された大量の魚や野菜を見て驚きを隠せなかった。小ぶりなアユ、ヤマメ、ドジョウ、大根、葛西菘、茄子などが、山の恵みそのままにぎっしりと積まれている。
山村の庄屋・面前作兵衛と神田家の若き当主・神田喜左衛門は、先日富盛辰太郎との揉め事を解決した御礼に国宗家を訪れていた。そして俺たちも母屋に招かれている。
「真田様は、まだお若いのにお強いですなあ。あの辰太郎をあっさり叩きのめすとは、まこと大した御仁です」
「これは神田家からの感謝の品でございます。どうかお納めください。……忠兵衛殿、よろしくお願いいたしまする」
「有り難く頂戴致します。この食材は、真田様のために使わせていただきます」
「いやいや、忠兵衛殿、せっかくのことだ。国宗家の皆さんと召し上がろう。な、六郎?」
「ははっ」
俺はただ富盛の横暴を抑えたかっただけだった。それはこの地の平穏を守るためであり、個人的な武功を誇るつもりなどない。
「忠兵衛殿、この喜左衛門とも相談したのですが、今後、真田様にこの山村の警護をお願いできないでしょうか?」
「作兵衛殿、それは真田様にお伺いしなければ……」
「俺で良ければ構わないよ」
「おお、有り難い! 実はお恥ずかしい話ですが、これまで村の治安は富盛家に頼んでおりました」
「そうなのか?」
「はい。時おり流れ着く悪人や盗っ人を、辰太郎たちが追い払っていたのです」
「だが……」と忠兵衛が口を挟む。
「それが裏目に出たのです。我々も含めて……」
庄屋の作兵衛によれば、富盛家に村の警護を任せているうちに、次第にその立場が増長し、村の些細な問題にまで口を挟むようになったという。やがて、富盛家は領主のように振る舞い始め、川の縄張りを守らず、村人とのいざこざも頻発するようになった。しかし、武力で圧倒する富盛家に対して、村人たちは反抗することもできず、ただ耐え忍ぶしかなかったそうだ。
つまり、村の「警護役」が次第に「厄介者」へと変貌していったのだ。そして、それを許してしまった村の有力者たちにも責任があるということだった。
「事情は分かった。俺が新たな警護役として、この山村を守ることを富盛辰太郎にも伝えておこう」
「それは私らも富盛家に出向き、正式に話をする必要がありますな」
「では、近いうちに皆で参りましょう」
皆が納得した雰囲気の中、俺はあえて水を差した。心の中で、いずれ芸州藩が攻めてくる可能性を考えていたのだ。
「ただな……俺らもずっとここにいられるか分からないんだ。もし、そうなったら申し訳ない」
少し沈黙が流れた後、作兵衛が口を開いた。
「実は真田様のこと、我らも詳しくは知らないのです。代官殿に伺っても、はっきりした答えが返ってきませんでした。それに、藩からの扶持米の件も進んでおらず……のう、忠兵衛殿」
「うむ。儂は梶山殿より、藩命で『高貴な御方を匿え』と言われただけで……」
「真田さま、差し支えなければ、どのような事情でここにおられるのか教えていただけませんか? 神田としても、ぜひご支援申し上げたく存じます」
いつの間にか女衆や下人たちが物陰からこちらの様子を伺っているのが見えた。忠兵衛がそれに気づき、忠次郎に目で合図する。
「さあ、お前たち、向こうへ行った、行った!」
「あとで教えてくださいね、お坊っちゃん」
「約束はできないよ!」
ピシャンと忠次郎が襖を閉め、座敷の端に座る。だが、襖一枚を隔てた向こう側で、女衆たちは聞き耳を立てていた。奥方も興味があるのか止める気はないらしい。
俺は自分の素性をどこまで明かすべきか迷った。下手に話が広まれば、俺自身や国宗家にどんな災難を招くか分からなかったからだ。
「若、ここは儂が」
「六郎?」
六郎が一歩前に出て、場の空気を正した。
「オホン……皆さま、儂は真田家に仕える望月六郎と申します」
おいおい、六郎……大丈夫なのか?
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる