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第2章〜芸州編(其の壱)

第21話

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「こ、こんなに?」
 国宗忠兵衛は目の前に差し出された多くの魚、野菜を見て驚きを隠せなかった。そこには、小ぶりなアユ、ヤマメ、ドジョウ、大根、葛西菘小松菜、茄子などがぎっしりと積まれている。

 山村の庄屋である面前作兵衛と神田家の若き当主、神田喜左衛門は、先日あった富盛辰太郎との揉め事を解決した御礼に国宗家を訪れていた。そして俺らも母屋に呼ばれた。
「真田さまは、まだお若いのにお強いですな。あの辰太郎を、あっさり叩きのめすとは大した御仁だ」
「これは神田家から感謝の気持ちでございます。お納めください。……忠兵衛殿、宜しく頼みまする」
「あ、有り難く頂戴致します。この食材は真田さまのために使わして頂きます」
「いや、忠兵衛殿、せっかくだから国宗家の皆さんで食べましょう。な、六郎」
「ははっ」
 俺はただ富盛の横暴を抑えつけたかったに過ぎない。それはあくまでも国宗家の治安を守る意味でもあった。

「忠兵衛殿、この喜左衛門とも相談したが今後は真田さまに、この山村を守って頂けないだろうか?」
「作兵衛殿、それは真田さまにお聞きしないと」
「俺は構わないよ」
「おお、有り難い! 実は真田さま、お恥ずかしい話、これまで村の治安は富盛家にお願いしてたのです」
「え、そうなのか?」
「はい。時おり他所から流れつく悪人、盗っ人の類いを辰太郎らが追い払っていました」
「だが……」と忠兵衛が口を挟む。
「それがいけなかった。此処に居る我々も」 

 庄屋の作兵衛いわく、富盛家に山村を守ってもらう内に頭が上がらなくなり、村の些細な揉めごとにも関与してくるなど、徐々に山村において領主的な振る舞いをする様になったと言う。川の縄張りを守らなくなったのは、ここ数年の出来ごとであり、争いになることもあったが、武力に勝る富盛には敵わず、領民は我慢していたらしい。

 つまり簡単に言うと、村の『警護役』が増長して『厄介者』へと変わっていったのだ。それを止められなかった山村の有力者である面前、国宗、神田家にも責任があった。

「事情は理解した。俺が新たな山村の警護役になったことは富盛辰太郎に伝えておこう」
「それは、私らも富盛家へ出向いてお話する必要があります。な、ご一同」
「では、近いうちに皆さんと参りましょうか」
「ですな」

 だが、皆が納得した雰囲気の中で俺はあえて水を差す。いつか芸州藩が兵を差し向けることを想像したのだ。
「ただね、俺らいつまでもここに居たいけど、この先どうなるか分からないんだ。もし、そうなったら申し訳ない」

 すると、少し沈黙の後に作兵衛が口を開いた。
「実は真田さまのこと、我らよく知らないのです。代官に聞いてもはっきりした返答がございませんでした。藩から扶持米を頂く件も進んでませんし……。のう忠兵衛殿」
「儂は梶山代官殿より藩命で高貴な御方を匿ってくれと言われだけで……」
「真田さま、差し支えなければ事情をお聞かせ頂けませんか? 神田としてもご支援致したく存じます」

 いつの間にか女衆、下人らが物陰から座敷の様子を伺う姿が見られた。忠兵衛がそれに気づき忠次郎に目で合図する。
「さあ、向こうへ行った、行った」
「あ、あとで教えてくださいね。お坊っちゃん」
「約束はできないよ」
 ピシャンと襖を閉めて座敷の端に忠次郎が座る。だが襖1枚を隔て、忠次郎の影に隠れる女衆は聞き耳を立てていた。奥方も興味あるのか、皆を咎めない。

 俺は自分の素性をどこまで言って良いものか分からなかった。話が広まれば俺、あるいは国宗家にどんな被害をもたらすのか想像できなかったのである。

「若、ここは儂が」
「六郎?」
「オホン。えー、皆さま、儂は真田家に仕える望月六郎と申します」

 おいおい……だ、大丈夫なのか?
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