22 / 57
第ニ章 芸州編 山村の警護役
第22話 真田大助の生い立ち
しおりを挟む
「おお、六郎殿。貴殿が話してくださるのですか」
「この場限りの話としてお聞きいただければ」
「承知しました。お約束いたします」
「では……。まず、若の叔父上は信濃上田藩主、真田伊豆守信之さまでございます」
「な、な、なんとっ!?」
その場にいた全員が驚きの声を上げた。忠次郎も驚きのあまり「ガタッ」と襖に倒れ込む。
「六郎、何も叔父のことまで話す必要はないだろう」
「いえ、これは重要なことです」
「だ、大名のご血筋とは……」
六郎は静かに続けた。
「真田家は関ヶ原の戦いにおいて、お家存続のため、親子兄弟が敵味方に分かれて戦った家系でして……」
関ヶ原の戦いにおいて、俺の祖父昌幸と父幸村は西軍、父の兄信之は東軍に属し戦った。祖父らは徳川秀忠を足止めするなど奮戦したものの、西軍の敗北により流罪となり、高野山九度山で暮らすことを余儀なくされた。その地で俺が生まれた経緯を六郎が語ると、一同はただ頷くしかなかった。
「我々にとっては雲の上のお話ですな」
「それからどうなったのですか?」
「九度山での生活は困窮を極め、信之さまからの援助を受けながら何とか命を繋ぎました。しかし14年後、再び表舞台に立つことになるのです」
「いくさ……ですか」
「さよう。豊臣と徳川の決戦、大坂の陣です」
六郎の語る内容は壮絶だった。大坂の陣では、真田軍の奮闘が目覚ましく、徳川家康・秀忠親子も「あわや討死」と言われるほど追い詰めた。しかし、徳川方の圧倒的な兵力に押され、次第に敗走を余儀なくされた。最後の手段として、『豊臣秀頼公の御出陣』を促すため、父・幸村の命を受けた俺は、陣を離れ単身で大阪城へ向かったのだった。
「右大臣さまは若の説得に心を動かされ、出陣を決意されかけましたが、母君の反対により、それも叶いませんでした……。責任を感じた若は、最後まで右大臣さまの側にお仕えしたのです」
「それは……我々には計り知れないご苦労をなさいましたな。その若さで……」
「さよう。そして若は、右大臣さまの最期を見届けられた後、敵軍を突破しながら命からがら逃走されたのです」
さて、ここからが肝心な話である。六郎が何を話すのか、俺は気が気でなかった。
「結局、徳川の残党狩りを逃れ切れず、逃走を諦め謹慎処分を受けました。そして幕府の意向により、この地に身を寄せることになったのです。この地が選ばれたのは、豊臣家に恩義を感じていた福島正則公が、若を不憫に思い申し出たためと聞いております。ただし、監視はするものの、援助をするつもりはないと思われます。叔父である信之さまも、同じ立場かと存じます」
「では、藩からの扶持米はないと? それはなぜですか?」
「これまで我らは幾度も徳川家に抗い続けてきたからです。流石に公然と支援することはできないのでしょう。幕府への配慮が働いているのかと」
「なるほど、そういう事情があったのですか……」
「ただし、あくまでも表向きの話でございます」
「表向き……とは?」
「真田家が徳川から信頼を得ているのは、常に『我ら反逆者』を徹底的に叩き潰しているからです。これは真田家の戦略であり、決して本当に仲違いしているわけではありません。いずれ、誰かが手を差し伸べてくれる時が訪れると信じております。それまでは、どうか若をお支え頂きたく存じます」
「……六郎殿、つまり真田さまは信濃に戻られるということでしょうか?」
「信濃、もしくは若の姉弟が保護されている仙台かもしれません」
大坂夏の陣で敗北を悟った父・幸村は、かねてより親交のあった伊達家重臣、片倉重長に俺の姉・阿梅や弟・真田守信を託した。なんと、敵将に保護を依頼したのだ。
しかし六郎、信濃や仙台など、さすがに考えが楽観的すぎないか……?
俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「すべては幕府の意向次第。最悪のケースでは切腹を命じられることもある。だが俺は、この芸州で生涯謹慎したいと思っている。そのためにも、この山村で役立つ存在でありたいのだ」
しばらくの沈黙の後、忠兵衛が意を決したように口を開いた。
「よおく分かりました。藩の扶持米など当てにせず、真田様をこの山村の警護役としてお迎えいたします。ここに居る我々が、生活を支えて参りましょう」
「その通りでございます。この面前、山村の庄屋として警護の謝礼米を納めさせて頂きます」
「神田からも同じく!」
「ありがとう、皆さんのお力添え、感謝します」
「ははっ!」
福島正則公の申し出など、一部には推測の要素も含まれていたが、大筋では間違いではなかった。ただ、肝心の芸州藩襲来の話については触れられていない。もしその時が来て俺が逃げれば、山村に迷惑をかけるのは必至だ。そのことを考えると、逃げる選択肢はなかった。
俺は不安を胸に押し込みながら、皆の信頼に応えようと心に誓った──。
「この場限りの話としてお聞きいただければ」
「承知しました。お約束いたします」
「では……。まず、若の叔父上は信濃上田藩主、真田伊豆守信之さまでございます」
「な、な、なんとっ!?」
その場にいた全員が驚きの声を上げた。忠次郎も驚きのあまり「ガタッ」と襖に倒れ込む。
「六郎、何も叔父のことまで話す必要はないだろう」
「いえ、これは重要なことです」
「だ、大名のご血筋とは……」
六郎は静かに続けた。
「真田家は関ヶ原の戦いにおいて、お家存続のため、親子兄弟が敵味方に分かれて戦った家系でして……」
関ヶ原の戦いにおいて、俺の祖父昌幸と父幸村は西軍、父の兄信之は東軍に属し戦った。祖父らは徳川秀忠を足止めするなど奮戦したものの、西軍の敗北により流罪となり、高野山九度山で暮らすことを余儀なくされた。その地で俺が生まれた経緯を六郎が語ると、一同はただ頷くしかなかった。
「我々にとっては雲の上のお話ですな」
「それからどうなったのですか?」
「九度山での生活は困窮を極め、信之さまからの援助を受けながら何とか命を繋ぎました。しかし14年後、再び表舞台に立つことになるのです」
「いくさ……ですか」
「さよう。豊臣と徳川の決戦、大坂の陣です」
六郎の語る内容は壮絶だった。大坂の陣では、真田軍の奮闘が目覚ましく、徳川家康・秀忠親子も「あわや討死」と言われるほど追い詰めた。しかし、徳川方の圧倒的な兵力に押され、次第に敗走を余儀なくされた。最後の手段として、『豊臣秀頼公の御出陣』を促すため、父・幸村の命を受けた俺は、陣を離れ単身で大阪城へ向かったのだった。
「右大臣さまは若の説得に心を動かされ、出陣を決意されかけましたが、母君の反対により、それも叶いませんでした……。責任を感じた若は、最後まで右大臣さまの側にお仕えしたのです」
「それは……我々には計り知れないご苦労をなさいましたな。その若さで……」
「さよう。そして若は、右大臣さまの最期を見届けられた後、敵軍を突破しながら命からがら逃走されたのです」
さて、ここからが肝心な話である。六郎が何を話すのか、俺は気が気でなかった。
「結局、徳川の残党狩りを逃れ切れず、逃走を諦め謹慎処分を受けました。そして幕府の意向により、この地に身を寄せることになったのです。この地が選ばれたのは、豊臣家に恩義を感じていた福島正則公が、若を不憫に思い申し出たためと聞いております。ただし、監視はするものの、援助をするつもりはないと思われます。叔父である信之さまも、同じ立場かと存じます」
「では、藩からの扶持米はないと? それはなぜですか?」
「これまで我らは幾度も徳川家に抗い続けてきたからです。流石に公然と支援することはできないのでしょう。幕府への配慮が働いているのかと」
「なるほど、そういう事情があったのですか……」
「ただし、あくまでも表向きの話でございます」
「表向き……とは?」
「真田家が徳川から信頼を得ているのは、常に『我ら反逆者』を徹底的に叩き潰しているからです。これは真田家の戦略であり、決して本当に仲違いしているわけではありません。いずれ、誰かが手を差し伸べてくれる時が訪れると信じております。それまでは、どうか若をお支え頂きたく存じます」
「……六郎殿、つまり真田さまは信濃に戻られるということでしょうか?」
「信濃、もしくは若の姉弟が保護されている仙台かもしれません」
大坂夏の陣で敗北を悟った父・幸村は、かねてより親交のあった伊達家重臣、片倉重長に俺の姉・阿梅や弟・真田守信を託した。なんと、敵将に保護を依頼したのだ。
しかし六郎、信濃や仙台など、さすがに考えが楽観的すぎないか……?
俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「すべては幕府の意向次第。最悪のケースでは切腹を命じられることもある。だが俺は、この芸州で生涯謹慎したいと思っている。そのためにも、この山村で役立つ存在でありたいのだ」
しばらくの沈黙の後、忠兵衛が意を決したように口を開いた。
「よおく分かりました。藩の扶持米など当てにせず、真田様をこの山村の警護役としてお迎えいたします。ここに居る我々が、生活を支えて参りましょう」
「その通りでございます。この面前、山村の庄屋として警護の謝礼米を納めさせて頂きます」
「神田からも同じく!」
「ありがとう、皆さんのお力添え、感謝します」
「ははっ!」
福島正則公の申し出など、一部には推測の要素も含まれていたが、大筋では間違いではなかった。ただ、肝心の芸州藩襲来の話については触れられていない。もしその時が来て俺が逃げれば、山村に迷惑をかけるのは必至だ。そのことを考えると、逃げる選択肢はなかった。
俺は不安を胸に押し込みながら、皆の信頼に応えようと心に誓った──。
0
あなたにおすすめの小説
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる