上 下
28 / 52
第3章〜芸州編(其の弐)〜

第28話

しおりを挟む
 忠吾郎は木の上に居た。ただオロオロしている。
「ああ、良かった。無事ですな」
「どうした? 忠吾……」
「ワワン、ワワン、ワウ、ワウ!!」
 と急に犬が吠えながら落とし穴へ向かって走り出した。
「だ、大助さま……穴に」
「うん?」
 落とし穴まで行くと忠吾郎の驚いた意味が分かった。何と猪が落ちているのだ。
「でかしたぞ! 忠吾郎!」
「いや、僕は何も……」
「いや、お前が気配消したから罠に引っかかったんだ。忠吾郎、降りてこい。とどめを刺せ」
「良いんですか!? やったー!」
 竹槍に刺さった猪はもがいてたが、もがけばまた竹槍に刺さる。ついに観念したのか弱り果てた様子でじっとしていた。
「えいいいいいいいい!!」
 忠吾郎が1発で仕留めた。なかなか筋が良い。
 こうして猪狩りは2匹の収穫となり、重い獣を抱えながら国宗家へ戻った。

「だ、大助さま!?」
 猪2匹を見た、お久や女衆は喜ぶと言うより驚いていた。
「ど、どうさばくのでしょう?」
「それは俺がやる。お久、準備を頼む」
「あい。でも私らも手伝います」
「気持ち悪いぞ」
「大丈夫です。ね、皆んな」
「はい! だって今日は猪鍋ですもの!」
 そこへ忠兵衛が猪を見ながら機嫌よく現れた。
「ははは、それは明日になるだろうな。真田さま、有り難くご馳走になります」
「忠兵衛殿、猟犬のお陰だ。コイツらにも褒美を与えてくだされ」
「かしこまりました。おお、お前らでかしたぞ!」
 忠兵衛がよしよしと犬を可愛がる。

「では、皆さん始めましょうか」
「はーい!」
 お久が音頭をとる。今では国宗家の立派な台所番なのだ。

 猪の解体は放血、洗浄、内臓摘出、冷却、剥皮、脱骨と大変な作業だ。それ相応の道具も必要だった。国宗家の女衆はそれぞれの家から、あらゆる道具を持ち寄り解体していった。脱骨まで終了したら、あとは各部位を保存しやすい大きさに切り分ければ完了だ。作業は丸2日かかった。

 さて保存食は「干し肉」しかない。塩漬けから塩抜き後、乾燥(干す)、冷燻、乾燥(干す)を繰り返す。そして数ヶ月間、風通しがよく直射日光の当たらない場所に干して乾燥・熟成させたら完成だ。

「大助さま、楽しみですね」
「ああ、秋ごろだな」
「大助さまー、山菜、ヒラタケ沢山収穫しましたー!」
「よし、今日は念願の猪鍋といこうか」
「やったーー!!」
 猪肉の1部は一族郎党に行き渡るよう、配分して与えた。なので今日はどの家も猪鍋であった。

***

 干し肉の乾燥具合を見てた時のことだ。髭面の武士らしき男とその配下と思われる男が2人、国宗家の屋敷へ訪れていた。
「だ、大助さま、お客さまでございます」
「お客? 誰だ、お久?」
「分かりません。お侍が3人いらしてます」
「若……?」
「3人か……分かった。離れにお通ししろ」
「あい」
 離れへ戻ると、怪しげな男どもが俺を待ち構えていた。見たことはない。そして、隙のない雰囲気を感じる髭面の男が挨拶してきた。

「真田大助殿か?」
「そうだが、アンタは誰だ?」
「おお、会いたかった。拙者、姫路藩本多忠刻さまの客分であると申す」

※宮本武蔵(34歳)江戸時代初期の剣術家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖である。この時、既に吉岡一門、佐々木小次郎を打ち破っていた。

「俺に何の用だ?」
「貴方と勝負したい」
「何だと!!」
 俺は嫌な予感がした。この男は何処かで『秀頼公の刀』を知ったに違いない。
「断る!」
「貴方は拙者より強いのか、試させて頂きたい」
「勝手な言い分だな。多分アンタより強いよ。勝負したら死ぬことになるぞ」
「拙者が死ねばそれまでのこと。真田殿、ただとは言いませぬ。明日、米2俵お持ち致す。それに、勝負は木刀でも竹刀でも構いません」
「何故そこまでして」 
「拙者は自分の強さが知りたいのです。特別な力を持ってる貴方に優るのか、どうか……」
 武蔵は宝刀にまつわる噂を何処かで聞いたのだろう。妙な言い方をしてくる。
「若、おっしゃってる意味が分かりませぬな」

 俺は暫く考えてから決断した。
「あい分かった。試合は明日、富盛道場で行おう。竹刀だぞ、それでいいな?」
「おお、ありがとうございます!」
「若!? 良いのですか!?」
「大丈夫。稽古のようなものだ」

 宮本武蔵は不気味な笑みを浮かべながら、立ち去って行った。

しおりを挟む

処理中です...