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第三章 芸州編 鬼となる念仏
第29話 剣客との闘い
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離れに向かうと、そこには明らかに只者ではない雰囲気を漂わせた三人の男たちが待ち構えていた。中央の髭面の男が鋭い目つきでこちらを見据えている。その配下と思われる二人も無言ながら武士らしい緊張感で隙を見せない。
「真田大助殿でござるな」
髭面の男が一歩前に出て、低い声で挨拶をした。
「そうだが、あんたは誰だ?」
「おお、会いたかった。拙者、姫路藩、本多忠刻様の客分、宮本武蔵と申す」
※宮本武蔵(34歳)は江戸時代初期の剣術家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖であり、この時点で吉岡一門や佐々木小次郎を打ち破った後だった。
「俺に何の用だ?」
「貴方と勝負したい」
「……何だと?」
突然の言葉に、胸騒ぎが走る。この男──宮本武蔵がここに現れたのは『秀頼公の刀』の噂を聞きつけ、何者かに俺の居場所を教えてもらったのだろう。
「断る!」
「拙者はただ、貴方が拙者より強いのか、それを試してみたいだけです」
「……勝手な言い分だな。だが、俺の方が強いだろう。勝負すれば命を落とすかもしれないぞ」
「それならば、それまでのこと。真田殿、ただとは言いませぬ。米二俵を持参いたします。それに、勝負は木刀でも竹刀でも構いません」
「なぜそこまでして……?」
「拙者は、自分の強さを確かめたいのです。さらに言えば、特別な力を持つと噂される貴方に勝てるのかどうか、それを知りたい」
武蔵の言葉から宝刀と念仏が目的だと確信した。そして、その背後に何かを感じずにはいられなかった。
「若、妙なことをおっしゃってますな……」
六郎が不安げに小声で呟く。
しばし沈黙が続いた後、俺は決断した。
「あい分かった。試合は三日後、富盛道場で行おう。ただし、竹刀でやる。命のやり取りはナシだ。それでいいな?」
「おお、ありがとうございます!」
武蔵は深々と頭を下げた後、満足げな笑みを浮かべて立ち去っていった。その笑みは、単なる喜びとも、得体の知れない企みとも取れるものだった。
「若、本当に良いのですか!?」
「大丈夫だ。ただの稽古に過ぎない。それに……このままでは済まないだろう」
恐らく、武蔵は幕府の刺客だ。三年もの間放置されていた理由は分からないが、宝刀を奪うためにやってきたに違いない。ここはやるしかない!
と、俺は心の奥で決意を固めていた。
三日後、宮本武蔵とその配下が米二俵(約120kg)を運んできた。一俵は四百合分で、一合はおよそ二人前の米に相当する。一日二食と考えれば、俺と六郎で四百日分食べられるという、とんでもない量だ。
「此度の御礼でございます」
「若、すごい量の米ですな……ゴクン」
六郎は喉を鳴らしながら感嘆の声を上げる。
「な、何と!?」
お久や女衆たちも目を丸くして驚いていた。
「俺との試合にこれほどの価値を置くとは、変わった御仁だな」
「拙者にとっては、それほどの価値がございます」
武蔵の真剣な眼差しに、嘘偽りは感じられなかった。
「あい分かった。では参ろうか」
「大助さま、お気をつけて!」
お久や女衆に見送られ、俺は六郎、忠吾郎を伴い、武蔵たちを連れて富盛の道場へと向かった。
「やー! とー!」
「何じゃ、そのへっぴり腰は! もう百回じゃ!」
道場では、師範代に昇格した辰三郎が郎党や押村の子どもたちに稽古をつけていた。
「あれ、大助。今日も稽古か?」
「やあ、辰三郎。道場を少し貸してくれないか」
「……誰なんじゃ、この人は?」
「姫路藩の宮本武蔵殿だ。俺と試合をすることになってな」
「武家の御方か……なるほど。道場は自由に使ってくれ。ワイも見てみたい」
辰三郎の了承を得ると、俺は武蔵に向き直った。
「では、武蔵殿。竹刀を選んでくれ」
武蔵は道場の片隅に置かれた竹刀を念入りに選び、二本手に取ると素振りをして確かめた。
「これで良い」
「二刀流か……」
「辰太郎さまのようじゃのう」
道場には稽古に来ていた子どもたちを含め十人ほどがいたが、俺と得体の知れない男との試合を前に、緊張が走り、静まり返っていた。
「真田殿、拙者には“道場の中”という固定観念はない。その点、ご了承いただきたい」
「分かった。存分にやろう」
「では、始めますか」
武蔵と向き合った瞬間、異様な「殺気」を感じた。これまでに相対した誰よりも強敵かもしれない。俺の全身に緊張が走る。
「武蔵殿、いざ!」
「……参る!」
武蔵は二本の竹刀を万歳するかのように大きく構え、すり足でじりじりと間合いを詰めてくる。そして次の瞬間、正面から飛び込んできた。
「いやあああああああああああーーーっ!」
振り下ろされる竹刀と正面から突き込まれる竹刀が同時に俺を襲う。どちらか一方を受ければ、もう一方でやられる──それが武蔵の戦術だった。
俺は姿勢を低くして正面から突っ込み、横薙ぎに竹刀を振った。だが、武蔵は巧みに足を開いてこれをかわし、着地と同時に体勢を立て直す。そして上下左右に変則的な動きで二本の竹刀を振り回し、容赦なく攻め続けた。
「ガシッ! ガシッ! ガシッ!」
打ち合うたびに響く竹刀の音。しかし武蔵の攻撃は一切緩まない。俺は防御に徹しながらも徐々に追い詰められていた。宙返りを繰り返して攻撃をかわすのがやっとだ。
「す、すげえ……この試合……」
「だ、大助さまー! 後ろがないですよお!」
壁際まで追い詰められた俺は、壁に沿って走り出した。だが武蔵もそれを見逃さず、平行に走りながら道場の外へ飛び出していった。
「はぁ、はぁ……外でやるつもりか……」
富盛の敷地は広い。武蔵に続いて外に出ようとしたその時、道場の影から竹刀が飛んできた。
「ガシッ!」
辛うじてその不意打ちを受け止めたが、直後、もう1本の竹刀が鋭く突いてきた。思わず仰け反り、体勢を崩した俺は敷地内へ転がるように後退するしかなかった。
「ちょっと、大助! 何やってんだい!?」
女衆と一緒に洗濯物を干していたお雪が、ただならぬ雰囲気に気づいて大声を上げた。
「あ、姐御、 試合なんです!」
「試合!? 試合なら道場でやりな!」
「いや、僕らにはもう止められませーん!」
周囲がざわつく中、俺と武蔵の試合は敷地の中央でなおも続いていく。しかし、途中から武蔵が問いかけてきた。攻撃の手を緩めることなく、まるで言葉で俺の心を揺さぶるように。
「真田大助殿でござるな」
髭面の男が一歩前に出て、低い声で挨拶をした。
「そうだが、あんたは誰だ?」
「おお、会いたかった。拙者、姫路藩、本多忠刻様の客分、宮本武蔵と申す」
※宮本武蔵(34歳)は江戸時代初期の剣術家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖であり、この時点で吉岡一門や佐々木小次郎を打ち破った後だった。
「俺に何の用だ?」
「貴方と勝負したい」
「……何だと?」
突然の言葉に、胸騒ぎが走る。この男──宮本武蔵がここに現れたのは『秀頼公の刀』の噂を聞きつけ、何者かに俺の居場所を教えてもらったのだろう。
「断る!」
「拙者はただ、貴方が拙者より強いのか、それを試してみたいだけです」
「……勝手な言い分だな。だが、俺の方が強いだろう。勝負すれば命を落とすかもしれないぞ」
「それならば、それまでのこと。真田殿、ただとは言いませぬ。米二俵を持参いたします。それに、勝負は木刀でも竹刀でも構いません」
「なぜそこまでして……?」
「拙者は、自分の強さを確かめたいのです。さらに言えば、特別な力を持つと噂される貴方に勝てるのかどうか、それを知りたい」
武蔵の言葉から宝刀と念仏が目的だと確信した。そして、その背後に何かを感じずにはいられなかった。
「若、妙なことをおっしゃってますな……」
六郎が不安げに小声で呟く。
しばし沈黙が続いた後、俺は決断した。
「あい分かった。試合は三日後、富盛道場で行おう。ただし、竹刀でやる。命のやり取りはナシだ。それでいいな?」
「おお、ありがとうございます!」
武蔵は深々と頭を下げた後、満足げな笑みを浮かべて立ち去っていった。その笑みは、単なる喜びとも、得体の知れない企みとも取れるものだった。
「若、本当に良いのですか!?」
「大丈夫だ。ただの稽古に過ぎない。それに……このままでは済まないだろう」
恐らく、武蔵は幕府の刺客だ。三年もの間放置されていた理由は分からないが、宝刀を奪うためにやってきたに違いない。ここはやるしかない!
と、俺は心の奥で決意を固めていた。
三日後、宮本武蔵とその配下が米二俵(約120kg)を運んできた。一俵は四百合分で、一合はおよそ二人前の米に相当する。一日二食と考えれば、俺と六郎で四百日分食べられるという、とんでもない量だ。
「此度の御礼でございます」
「若、すごい量の米ですな……ゴクン」
六郎は喉を鳴らしながら感嘆の声を上げる。
「な、何と!?」
お久や女衆たちも目を丸くして驚いていた。
「俺との試合にこれほどの価値を置くとは、変わった御仁だな」
「拙者にとっては、それほどの価値がございます」
武蔵の真剣な眼差しに、嘘偽りは感じられなかった。
「あい分かった。では参ろうか」
「大助さま、お気をつけて!」
お久や女衆に見送られ、俺は六郎、忠吾郎を伴い、武蔵たちを連れて富盛の道場へと向かった。
「やー! とー!」
「何じゃ、そのへっぴり腰は! もう百回じゃ!」
道場では、師範代に昇格した辰三郎が郎党や押村の子どもたちに稽古をつけていた。
「あれ、大助。今日も稽古か?」
「やあ、辰三郎。道場を少し貸してくれないか」
「……誰なんじゃ、この人は?」
「姫路藩の宮本武蔵殿だ。俺と試合をすることになってな」
「武家の御方か……なるほど。道場は自由に使ってくれ。ワイも見てみたい」
辰三郎の了承を得ると、俺は武蔵に向き直った。
「では、武蔵殿。竹刀を選んでくれ」
武蔵は道場の片隅に置かれた竹刀を念入りに選び、二本手に取ると素振りをして確かめた。
「これで良い」
「二刀流か……」
「辰太郎さまのようじゃのう」
道場には稽古に来ていた子どもたちを含め十人ほどがいたが、俺と得体の知れない男との試合を前に、緊張が走り、静まり返っていた。
「真田殿、拙者には“道場の中”という固定観念はない。その点、ご了承いただきたい」
「分かった。存分にやろう」
「では、始めますか」
武蔵と向き合った瞬間、異様な「殺気」を感じた。これまでに相対した誰よりも強敵かもしれない。俺の全身に緊張が走る。
「武蔵殿、いざ!」
「……参る!」
武蔵は二本の竹刀を万歳するかのように大きく構え、すり足でじりじりと間合いを詰めてくる。そして次の瞬間、正面から飛び込んできた。
「いやあああああああああああーーーっ!」
振り下ろされる竹刀と正面から突き込まれる竹刀が同時に俺を襲う。どちらか一方を受ければ、もう一方でやられる──それが武蔵の戦術だった。
俺は姿勢を低くして正面から突っ込み、横薙ぎに竹刀を振った。だが、武蔵は巧みに足を開いてこれをかわし、着地と同時に体勢を立て直す。そして上下左右に変則的な動きで二本の竹刀を振り回し、容赦なく攻め続けた。
「ガシッ! ガシッ! ガシッ!」
打ち合うたびに響く竹刀の音。しかし武蔵の攻撃は一切緩まない。俺は防御に徹しながらも徐々に追い詰められていた。宙返りを繰り返して攻撃をかわすのがやっとだ。
「す、すげえ……この試合……」
「だ、大助さまー! 後ろがないですよお!」
壁際まで追い詰められた俺は、壁に沿って走り出した。だが武蔵もそれを見逃さず、平行に走りながら道場の外へ飛び出していった。
「はぁ、はぁ……外でやるつもりか……」
富盛の敷地は広い。武蔵に続いて外に出ようとしたその時、道場の影から竹刀が飛んできた。
「ガシッ!」
辛うじてその不意打ちを受け止めたが、直後、もう1本の竹刀が鋭く突いてきた。思わず仰け反り、体勢を崩した俺は敷地内へ転がるように後退するしかなかった。
「ちょっと、大助! 何やってんだい!?」
女衆と一緒に洗濯物を干していたお雪が、ただならぬ雰囲気に気づいて大声を上げた。
「あ、姐御、 試合なんです!」
「試合!? 試合なら道場でやりな!」
「いや、僕らにはもう止められませーん!」
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