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第三章 芸州編 鬼となる念仏
第30話 鬼となる念仏
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「 拙者が勝ったら、その宝刀を頂けないか?」
や、やはりそうきたか。ならば問わせてもらう。
「武蔵殿、俺のことをどこで知った?」
「拙者は幼少の頃、父から奇妙な刀の話を聞かされていた。天下人・秀吉公が所持していた摩訶不思議な刀のことを」
「それを信じていると?」
「確かめている。実を申せば拙者、大坂の陣で秀頼公の刀を手に入れようと機会を狙っていたのだ」
「大坂の陣に参戦してたのか!」
「水野勝重様の陣にいた。その時、拙者は見てしまった。秀頼公の最期の居場所──その曲輪から、貴方が足軽どもを次々と斬り倒しながら走り去る姿を。それはまるで鬼のようだった」
その言葉に、俺の身体が硬直する。
「な、何……?」
「それから拙者は貴方を探していた。ここにたどり着いたのは、ある御方から教えて頂いたのだ」
「その『御方』とは誰だ?」
「幕府に仕える隠密の頭領、藤林長門守様だ。貴方の持つ宝刀を奪えば幕府お抱えの地位を得られるうえ、その刀の管理を任せてもらえるとのこと。そして、その刀には修行を積めば無敵となる念仏が秘められているとも……」
武蔵の言葉を聞き、思わず心の中で呆れた。まだそんな流言を信じる者がいるのか──念仏で無敵になるだなんて、馬鹿げた話だ。しかし、ここで否定するのは得策ではない。むしろ『鬼』だと信じさせたままの方が都合が良い。なぜなら、俺を殺せばその真実は永遠に失われる。すなわち、これは命を守るための念仏なのだ。加えて、藤林長門守の名前が出たことで、状況が理解できた。幕府はまだ俺の仕置きを止めていない──。
「ガシッ! ガシッ! ガシッ!」
「激しい打ち合いですな。それにしても若はお強い。いや、お強くなられた」
「六郎、感心してる場合じゃないよ! 外でやるなんて何考えてるんだい。止めてきな!」
「お雪さん……もう無理です」
激しい竹刀の音が響き渡る中、俺は猛烈な攻撃を必死に防いでいた。しかし、その圧倒的な速さと変則的な動きに翻弄され、僅かに隙を作ってしまう。
「しまった……!」
その瞬間、武蔵が一気に距離を詰め、迫力ある気合と共に竹刀を振り下ろした。
「あいやあああああああああああーーーっ!」
シュンッ!
「くっ!」
竹刀が俺の右腕をかすめ、鈍い痛みが走る。
「ああっ、大助!」
お雪の悲鳴が敷地内に響き渡る。
俺は咄嗟に横へ走り出した。それを見て、またもや平行に走り出す武蔵。やがて敷地からも離れ、溜池の土手沿いへと移動しながら激しく竹刀を交わす。
こ、こいつはとんでもなく強い。このままでは押し切られるっ……!
そんな思いが頭をよぎった、その時だった。
武蔵の動きに急な変化が現れた。彼は何か異変を感じたのか、突如として土手の斜面へ退避するように動く。その隙を見逃すまいと、俺は一か八かの勝負に出た。
「逃すかああああああっ!」
全力で竹刀を振りかぶり、武蔵めがけて飛び込んだ。そして渾身の力を込めて振り下ろす。
「ガシッ!」
武蔵は反応良く竹刀で受け止め、同時にもう一本の竹刀を俺の喉元へ狙って突き出してくる。
「そんな動き、読めてるんだよ!」
咄嗟に右足を上げて、突き出した竹刀を蹴り飛ばし、体勢を崩させる。
「これで終わりだっ!」
再度振り抜いた竹刀が武蔵の首筋を正確に捉え、激しい音を立てて打ち込まれた。
バシンッ!
「ぐわっ!」
武蔵は苦悶の声を上げ、同時に俺も体勢が崩れて土手に転がり落ちる。両者、土埃を上げながら斜面に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……武蔵殿、急にどうした?」
「……貴方は守られているようだ」
「何のことだ? 誰もいないし、誰かに頼んだ覚えもないぞ」
「山から眩しい光が差してくるのだ。拙者の目を狙うように、何度も、何度も」
「……まさか、伊賀の者か!? いや、違う……奴らは味方じゃない。俺を監視してるだけだ!」
「監視? 護衛ではないのか?」
武蔵の言葉に、一瞬胸がざわめく。
この男、一体何をどこまで知っているんだ?
「武蔵殿、実は俺には幕府から『生け捕り』の命が下ってるらしい。3年も経ってるが、いずれ藩が捕らえに来るだろう。だから、どこにも行かないよう監視されているんだ」
「なるほど。生け捕りの目的は宝刀と念仏……。どうやら幕府の指揮と、藩や隠密との間に乖離があるようだ。拙者に依頼したのも離反者を炙り出すためかもしれない」
「離反?」
「ふふふ……これは一杯喰わされてるかもな。これでは宝刀を頂くのも容易ではない。拙者自身が命を狙われかねない」
武蔵の言葉の真意を探りながら、胸の中で状況を整理する。藤林長門守が武蔵を雇った理由は、動かない芸州藩に疑念を抱いたからに違いない。そして、伊賀の者が俺を守ったのは頭領の指示ではないだろう。その行動は明らかに統制を逸脱している。
つまり、隠密の内部ではすでに混乱が生じているのだ。おそらく武蔵は、その統制の乱れや幕府への不信を察知し、安易に宝刀に手を出すことが賢明ではないと判断したのではないか……。
土手の上が急に騒がしくなり、皆が俺たちを探しに来たようだ。
「あー! ここにいますよー!」
「若、大丈夫ですかー?」
「はぁ、はぁ……大助、どこまで行ってんだよ!」
「それより、勝敗はどうなったんだ?」
武蔵が静かに立ち上がり、俺に向かって深々と一礼した。
「拙者の負けでございます」
「む、武蔵殿……?」
「負けは負けでござる」
その言葉に場の空気が一気に和らぐ。
「おお、すごい! いやいや、見たかったわ!」
「若、お疲れさまでございますな!」
「ったく、次から試合はちゃんと道場の中でやりな!」
「お雪、すまんな」
「……大助? ちょっと、血が出てるじゃないか!」
「ん? ただのかすり傷だ」
「だめだよ、ちゃんと手当てしないと。ほら、こっちに来て!」
お雪に半ば強引に手を引かれ、屋敷へ戻って手当てを受けていると、武蔵が改めて挨拶に訪れた。
「真田殿、もし幕府と戦う覚悟をお持ちならば、拙者がその行方を見届けたい。勿論、貴方には宝刀と共に生き抜いてほしい。そうなれば、またいつかお目にかかる日が来るかもしれませんな。……では」
「ありがとう、武蔵殿」
幕府と戦うか……いや、戦いながら逃げる。とことん逃げる。逃げて、逃げて、生き延びてやる! 山村に迷惑が掛からなければ、そうするよ。
──そう心の中で思いながら、俺は武蔵の姿を見送った。
こうして剣豪・宮本武蔵との試合は幕を閉じた。
や、やはりそうきたか。ならば問わせてもらう。
「武蔵殿、俺のことをどこで知った?」
「拙者は幼少の頃、父から奇妙な刀の話を聞かされていた。天下人・秀吉公が所持していた摩訶不思議な刀のことを」
「それを信じていると?」
「確かめている。実を申せば拙者、大坂の陣で秀頼公の刀を手に入れようと機会を狙っていたのだ」
「大坂の陣に参戦してたのか!」
「水野勝重様の陣にいた。その時、拙者は見てしまった。秀頼公の最期の居場所──その曲輪から、貴方が足軽どもを次々と斬り倒しながら走り去る姿を。それはまるで鬼のようだった」
その言葉に、俺の身体が硬直する。
「な、何……?」
「それから拙者は貴方を探していた。ここにたどり着いたのは、ある御方から教えて頂いたのだ」
「その『御方』とは誰だ?」
「幕府に仕える隠密の頭領、藤林長門守様だ。貴方の持つ宝刀を奪えば幕府お抱えの地位を得られるうえ、その刀の管理を任せてもらえるとのこと。そして、その刀には修行を積めば無敵となる念仏が秘められているとも……」
武蔵の言葉を聞き、思わず心の中で呆れた。まだそんな流言を信じる者がいるのか──念仏で無敵になるだなんて、馬鹿げた話だ。しかし、ここで否定するのは得策ではない。むしろ『鬼』だと信じさせたままの方が都合が良い。なぜなら、俺を殺せばその真実は永遠に失われる。すなわち、これは命を守るための念仏なのだ。加えて、藤林長門守の名前が出たことで、状況が理解できた。幕府はまだ俺の仕置きを止めていない──。
「ガシッ! ガシッ! ガシッ!」
「激しい打ち合いですな。それにしても若はお強い。いや、お強くなられた」
「六郎、感心してる場合じゃないよ! 外でやるなんて何考えてるんだい。止めてきな!」
「お雪さん……もう無理です」
激しい竹刀の音が響き渡る中、俺は猛烈な攻撃を必死に防いでいた。しかし、その圧倒的な速さと変則的な動きに翻弄され、僅かに隙を作ってしまう。
「しまった……!」
その瞬間、武蔵が一気に距離を詰め、迫力ある気合と共に竹刀を振り下ろした。
「あいやあああああああああああーーーっ!」
シュンッ!
「くっ!」
竹刀が俺の右腕をかすめ、鈍い痛みが走る。
「ああっ、大助!」
お雪の悲鳴が敷地内に響き渡る。
俺は咄嗟に横へ走り出した。それを見て、またもや平行に走り出す武蔵。やがて敷地からも離れ、溜池の土手沿いへと移動しながら激しく竹刀を交わす。
こ、こいつはとんでもなく強い。このままでは押し切られるっ……!
そんな思いが頭をよぎった、その時だった。
武蔵の動きに急な変化が現れた。彼は何か異変を感じたのか、突如として土手の斜面へ退避するように動く。その隙を見逃すまいと、俺は一か八かの勝負に出た。
「逃すかああああああっ!」
全力で竹刀を振りかぶり、武蔵めがけて飛び込んだ。そして渾身の力を込めて振り下ろす。
「ガシッ!」
武蔵は反応良く竹刀で受け止め、同時にもう一本の竹刀を俺の喉元へ狙って突き出してくる。
「そんな動き、読めてるんだよ!」
咄嗟に右足を上げて、突き出した竹刀を蹴り飛ばし、体勢を崩させる。
「これで終わりだっ!」
再度振り抜いた竹刀が武蔵の首筋を正確に捉え、激しい音を立てて打ち込まれた。
バシンッ!
「ぐわっ!」
武蔵は苦悶の声を上げ、同時に俺も体勢が崩れて土手に転がり落ちる。両者、土埃を上げながら斜面に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……武蔵殿、急にどうした?」
「……貴方は守られているようだ」
「何のことだ? 誰もいないし、誰かに頼んだ覚えもないぞ」
「山から眩しい光が差してくるのだ。拙者の目を狙うように、何度も、何度も」
「……まさか、伊賀の者か!? いや、違う……奴らは味方じゃない。俺を監視してるだけだ!」
「監視? 護衛ではないのか?」
武蔵の言葉に、一瞬胸がざわめく。
この男、一体何をどこまで知っているんだ?
「武蔵殿、実は俺には幕府から『生け捕り』の命が下ってるらしい。3年も経ってるが、いずれ藩が捕らえに来るだろう。だから、どこにも行かないよう監視されているんだ」
「なるほど。生け捕りの目的は宝刀と念仏……。どうやら幕府の指揮と、藩や隠密との間に乖離があるようだ。拙者に依頼したのも離反者を炙り出すためかもしれない」
「離反?」
「ふふふ……これは一杯喰わされてるかもな。これでは宝刀を頂くのも容易ではない。拙者自身が命を狙われかねない」
武蔵の言葉の真意を探りながら、胸の中で状況を整理する。藤林長門守が武蔵を雇った理由は、動かない芸州藩に疑念を抱いたからに違いない。そして、伊賀の者が俺を守ったのは頭領の指示ではないだろう。その行動は明らかに統制を逸脱している。
つまり、隠密の内部ではすでに混乱が生じているのだ。おそらく武蔵は、その統制の乱れや幕府への不信を察知し、安易に宝刀に手を出すことが賢明ではないと判断したのではないか……。
土手の上が急に騒がしくなり、皆が俺たちを探しに来たようだ。
「あー! ここにいますよー!」
「若、大丈夫ですかー?」
「はぁ、はぁ……大助、どこまで行ってんだよ!」
「それより、勝敗はどうなったんだ?」
武蔵が静かに立ち上がり、俺に向かって深々と一礼した。
「拙者の負けでございます」
「む、武蔵殿……?」
「負けは負けでござる」
その言葉に場の空気が一気に和らぐ。
「おお、すごい! いやいや、見たかったわ!」
「若、お疲れさまでございますな!」
「ったく、次から試合はちゃんと道場の中でやりな!」
「お雪、すまんな」
「……大助? ちょっと、血が出てるじゃないか!」
「ん? ただのかすり傷だ」
「だめだよ、ちゃんと手当てしないと。ほら、こっちに来て!」
お雪に半ば強引に手を引かれ、屋敷へ戻って手当てを受けていると、武蔵が改めて挨拶に訪れた。
「真田殿、もし幕府と戦う覚悟をお持ちならば、拙者がその行方を見届けたい。勿論、貴方には宝刀と共に生き抜いてほしい。そうなれば、またいつかお目にかかる日が来るかもしれませんな。……では」
「ありがとう、武蔵殿」
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