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第3章〜芸州編(其の弐)〜

第30話

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「激しい打ち合いですな。それにしても若は強い」
「六郎、感心してる場合かい! 敷地内でやるんじゃないよ。止めておいで!」
「お雪さん、……無理です」

 ガシッ、ガシッと武蔵の猛烈な攻撃に耐えきれず、俺は僅かな隙を与えてしまった。
「あいやあああああああああああ!!」
 シュン!!
「うっ!」
 武蔵の竹刀が俺の右腕をかすめる。

「ああっ、大助さま!!」

 俺は咄嗟に横へ走り出す。それに合わせるかのように平行して走り出す武蔵。俺たちは敷地内からも外れ、溜池の土手沿いまで走って竹刀を交わした。

 コイツは強い!! このままではやられる!!
──その時であった。

 急な身体の異変を感じた武蔵は危険を察知したのか、土手の斜面へ逃げ込んだ。何が起こったのか分からないが、俺は一か八かの勝負に出る。
「逃すかあああ!!」
 竹刀を振りかぶり飛んだ。そして振り下ろす。「ガシッ」と武蔵は竹刀でこれを受け止めながら、もう1つの竹刀を俺の喉元狙って突き出した。    
「そんな動きはお見通しだ。俺も二刀流は得意なんだよ!」
 咄嗟に右足で竹刀を蹴り飛ばし、武蔵の体勢を崩す。
「これで終わりだ!」
 俺の竹刀が横へ振り抜いて武蔵の首筋を叩いた。
 バシンッ!
「ぐわっ!」
 そして、お互いが土手に転んだ。

「はぁはぁはぁはぁ……武蔵殿、急に如何した?」
「……貴方は守られている」
「どういう意味だ? 誰も居ないし、頼んだ覚えもないが?」
「山から眩しい光が差してくるのだ。拙者の目を狙って何度も、何度も」
「まさか……伊賀の者か!? まだ俺を監視してるのか!」
「監視? 護衛ではないのか?」
「武蔵殿、俺は幕府から「生け捕りの命」が下ってるらしい。いずれ藩が捕らえに来るだろう。だから何処どこへも行かないよう監視されてるんだ」
「そうだったのですか。……生け捕りの目的は念仏。どうやら貴方から宝刀を奪うのは厳しいようだ。奪えば拙者の命が狙われる」
「この芸州へ来て3年だ。俺もいまさら捕らえられたくはないが」
「貴方はあっさりと捕まるおつもりか?」
「……それは、その時になってみないと分からないな」

 土手の上が騒がしい。皆が捜しに来たようだ。
「あー、此処に居ましたよー!」
「若、大丈夫ですかー?」
「はぁはぁ、大助、何処まで行ってんだよ!」
「それより勝敗はどうなったんだ?」

 武蔵が立ち上がって一礼する。
「拙者の負けでございます」
「む、武蔵殿?」
「負けは負けでござる」
「おお、凄い! いやいや、見たかったわ!」
「若、お疲れさまですな」
「ったく、今度から試合は道場の中だよ!」
「お雪、すまんな」
「……大助? ちょっと血が出てるじゃないか!」
「ん? かすり傷だ」
「駄目だよ、ちゃんと手当しないと。こっち来な」

 お雪に手を引っ張られながら屋敷へ戻り、手当てして貰ってる最中に武蔵が挨拶に訪れた。
「真田殿、もしがあるなら手助け致します。またお会いしましょう」
「……ありがとう、武蔵殿」

 戦うか……戦って逃げる。とことん逃げる。逃げて逃げて生き延びてやる! 山村に迷惑が掛からなければそうするよ。──と心に思う。

 こうして剣豪、宮本武蔵との試合は幕を閉じた。
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