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第3章〜芸州編(其の参)〜

第35話

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「あのなーお前、何やってんだよ……」
 山林郷の北東にそびえ立つ山の中腹に洞窟がある。丁度、矢野郷との境目で人は滅多に訪れない。
「命、大切にしろって言っただろう」
 その男は洞窟の前でふもとを見下ろしていた。

「なに独り言、言ってんのさ」
「独り言じゃない。小僧に言ってるんだ」
「寝てるよ。それに、もう小僧じゃないし」
「私にとってはまだ小僧だ」
「18だよ。でもこの子可愛いわ。うふふ」
「お前、いつまでも裸で抱いてんじゃねぇよ」
「いいじゃない、暖めてあげてるんだから」

「う……うーん……」
「あ、起きちゃった」
 小さな洞窟の中でむしろを敷き、着物を上から掛けて俺は寝ていた。そして見知らぬ裸の女に抱かれている。
「……はっ、な、何だ!? ここはどこだ!?」
「おはよう、大助ちゃん」
「えっ! おおお前は誰? なんで裸!?」
「あん、まだ起き上がっちゃダメだよう」
「い、痛……」
 俺は何が何だか、さっぱり分からない。

「ようやく生き返ったか」
「あ、貴方は!?」
「久し振りだなぁ。真田大助」
「服部……半蔵!!」
「お前、何て無茶な人助けするんだよ」
「いや……無我……夢中だったんだ」
「お陰で蘇生に手間取ったぞ」
「す、すまん……あの、もう1人居ただろう?」
「ああ、義理はないがついでに助けたさ」
 半蔵は洞窟の奥を指差す。
「!?」
 そこには俺と同じく、着物を掛けられ寝てる辰三郎の姿が見えた。
「辰三郎!? た、助かったのか!?」
「かなり危なかったがな」
「……ありがとう、半蔵。本当に良かった」

 俺は胸を撫で下ろし横たわった。そしてこう考えた。恐らくここが俺を監視する伊賀の者の拠点だろう。つまり、命を救ってもらったのも上意(将軍の命令)に従ったまで。俺は既に生け捕りにされたも同然なのだ……。ただ、何故ここに半蔵が居る? 単独で行動してたはずだ。

「半蔵。俺を捕らえるのか? それとも……」
「ふん、私らは敵ではない。むしろ味方だ」
「味方? どう言うことだ?」
「私は藤林長人守から伊賀の者らを奪ったのさ」
 裸の女がさっきから俺の頭を撫でている。
「はんぞー、わかりづらいよお?」
 目覚めた時から、この艶っぽい女が気になって仕方ない。心が乱れて肩辺りの傷口が疼くのだ。
「痛たたた」
「あー、よしよし。まだ痛むんだね」
「あ、アンタ誰なんだ?」
「ははは、この女は『くノ一』で私の一族だ」
「大助ちゃん、お紺だよ。宜しくね、うふふ」
「……助けてもらったことは礼を言う。だが何か着てくれ。お紺」
「恥ずかしいのね。はい、はい。分かったよ」
 お紺(27歳)はサッと忍び装束に身を包み、湧き水を汲みに外へ出て行った。

「大助、芸州に派遣されてる忍びは私に寝返った。長人守に従うよう見せかけてるだけだ。まあ、元々私の配下だった者ばかりだがね」
「半蔵は誰に仕えてる?」
「誰にも。これは私の趣味でやってることだから」
「それでは寝返りも何も……」
「ははは、皆んな私の趣味に付き合ってるだけだ。って趣味にな」
「それは宝刀が欲しいから……なのか?」
「ふーむ、どうだろうな」

 俺と辰三郎は命を救って貰った。御礼に半蔵が望むならば、譲ってやるべきなのだろうか……。

 半蔵は空を見上げ何かを考えてるようだ。
「要らないのか?」
「……もはや宝刀など興味ないな。それはお前の物だ。死ぬまで大切に持ってろ」
「半蔵……?」
「私は徳川幕府に一泡吹かせたいのだ。豊臣に味方した最後の残党を守ることでな」

 お紺が水桶を持って戻ってきた。
「はんぞー、アレ……」
「ん? 何だ? あ、もう迎えが来たのか」
「そんなこと言って。僅かな灰煙で誘った癖に」
「だが妙に殺気立ってるな」

 戦闘態勢の六郎が洞窟へ近づいていた。







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