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第3章〜芸州編(其の参)〜

第36話

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「広島城の石垣その他破損、計り知れず……」

 江戸参勤中の福島正則が芸州における台風被害の報告を受け、国元へ帰ることを決断した。
大夫正則さま、“幕府への届け出” 確かでしょうな」
「四郎兵衛よ、修繕の件は本多正純殿の許可を得ておる。問題なかろう」
「口約束ではいけませんな。奉書など証がないと足元すくわれますぞ。ただでさえ大夫さまは幕府に目を付けられております故、ここは慎重に動がないと」
「あー、分かった、分かった。正純殿に証を頼んどくわ」

 福島正則は西国の外様大名であり、豊臣恩顧では最後の大物と言える。徳川幕府誕生の貢献で芸州・備後合わせ49万8000石を得ているが、家康亡き後の秀忠政権にとっては「目の上のたんこぶ」でしかない。
 何故ならこの男は徳川秀忠を軽んじてる節がある。大坂の陣では秀頼公に大坂の蔵屋敷にある蔵米8万石の接収を黙認、更に弟など一族を豊臣軍に加えている。そのため幕府から従軍も許されず、江戸留守居役を命じられていたのだ。
 そして昨年も勝手に築城してお咎めを受けている。津田四郎兵衛(家老)が心配するのは至極当然なことであった。

「ところで四郎兵衛、真田のことだが……」
「江戸へ送還して幕府へ引き渡しますか?」
「ふむ……先ずはどんな奴か会ってみたい」
「会ってどうする? 捕らえるためですか?」
「実は伊豆守信之殿に相談されてな……」
「…………!?」
 話を聞いた四郎兵衛は露骨に嫌な顔をした。
「また、勝手なことを!」
「とにかく接見するよう取り計らってくれ」
「大夫さまは怖いもの知らずか!!」
 正則は聞こえてないフリをして園庭を眺めていた。

***

 山林郷、北東の山道を望月六郎が爆弾を持って登っていた。
「若、待っててくだされ。この六郎が連れて帰りますぞ。だから……どうか生きててくれ。頼む……」

 六郎が灰煙の立つ洞窟に程近い木陰で様子を伺っている。だが半蔵は六郎の動きを把握していた。
「望月六郎、我らは貴殿と争うつもりはない」
 六郎が「ピクッ」と反応した。その手には爆弾を握りしめている。
「此方へ参られよ」
「……」
 六郎が木陰から顔を覗かすと、忍び装束の男が見据えていた。はて、何処かで見たような……と考える。
「私は服部半蔵。ここは伊賀の隠れ小屋だ」
「服部半蔵だと!?」
「真田大助を保護している。だが、動かすのはまだ早い」
「わ、若は無事なのかっ!!」
 六郎は警戒するのも忘れ、走って洞窟の中へ入る。その時、俺はお紺に水を飲ませて貰っていた。
「ろ、六郎!?」
「あああああ……わかぁ……よくぞ、よくぞご無事でぇ……うぅ……」
 六郎が両膝をついてその場で泣き崩れた。
「心配かけたな……どうやら伊賀の者に助けて貰ったようだ。辰三郎とともに」
「よ、良かった……半蔵殿、かたじけない……かたじけない」

 半蔵からことの仔細を聞いた六郎は、俺と辰三郎の回復を待って下山すると言う。それまで伊賀の小屋で生活をともにした。

 そして数日後……。

「若、帰るのは良いが、国宗や富盛家に何て言えばええんじゃ?」
「うーん……それは難問だな。六郎に任せるよ」
「そんな……お紺はどう思う?」
「えーっ……大助ちゃんを監視する役人に助けられた。でいいんじゃない!?」
「あながち間違いではない。辰三郎、そう言うことだ」
「ああ、よく分からんが。いてて……」
「辰三郎殿はまだ傷が癒えてないようじゃ。儂がおぶって行こう」
「すまん。六郎」

 こうして俺たちは下山した。行方不明になって7日目のことである。
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