46 / 52
第3章〜芸州編(其の肆)〜
第46話
しおりを挟む
「この味噌はそちが拵えたものか?」
「は、ははっ」
「うむ」
正則は味噌のうつわを手に取り木蓋を開けて匂いを嗅ぐ。そして人差し指で味噌をすくい口にした。
「と、殿⁈ なりません!」
「四郎兵衛、毒味など必要あるまい。こりゃあ美味いぞ、大助!」
「あ、有り難き幸せでございます」
「まったく……」
津田四郎兵衛は不満顔だが、正則は一向に気にしていない。
「大助が如何に芸州へ根付いて生きてきたか、この味噌を食ってみるとよく分かるわい」
「……山村は気候や土壌も良く、お水が美味しゅうございますゆえ、味噌造りに適しておりまする」
俺は冷や汗をかきながらも冷静さを装い、話を合わせる。
「そうか、そうか。はっはっは……」
そこへ1人の小姓が、本殿の入り口で召し上げられた秀頼公の刀を持って拝謁の間へ現れた。
大夫さまは宝刀を献上せよと仰せになるのか⁈ それとも……。
俺は「捕らえられるやもしれない」という疑念がまだ消えていない。
正則は宝刀をじっくりと見つめている。
「大助よ、そちは秀頼さまの最後を見届けたらしいがまことか?」
「はい、しかと」
「詳しく聞かせよ」
あれから3年半が経過したが、忘れることなどできない。俺は大阪城山里曲輪へ追い込まれ、自害された秀頼公の最後を詳細に話した。
「そうか……」
正則は不意に背中を見せ、そっと宝刀を置いた。そして両手を合わせお辞儀をする。
「太閤殿下、豊臣家を守れずに申し訳ございません! 秀頼さま、申し訳ございません……!」
「と、殿、接見の場で何をされてるのですか⁈」
「四郎兵衛、儂の気持ちが分からんのか!」
「いや、分かりますが今じゃなくても……」
「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……ううっ」
「……!?」
── 大夫さまが念仏を唱えてる!!
暫く嗚咽しながら正則は泣いた。やがて気持ちが落ち着いたのか、宝刀を持って座り直す。
「……あの世で太閤殿下にお叱りを受けるじゃろうのう」
「お、恐れながら、その念仏は……?」
「豊臣家に会うための念仏じゃ。秀頼さまから聞いておらんのか?」
「教えて頂きました。が、その念仏には別の流言が広がっています」
「宝刀を所持する者が念仏を唱え修行すれば無敵の力を持つと?」
「ご、ご存知で……!?」
「はっはっは……それは太閤殿下の作り話よ。宝刀を持つ者を守るためのな」
「さようでございましたか……」
やはりそんなマヤカシなど存在しないのだ。俺が強くなったと思ってしまうほど、この宝刀は使い勝手の良い刀なんだ。大阪の陣から敗走できたのもこの宝刀と俺の興奮が「火事の馬鹿力」を生んだだけだった。──そう解釈した。
「大助よ、儂はのう、元を正せば尾張中村の桶屋じゃ。村の三役にもなれん、さほど裕福でもない百姓出身なんじゃ。それが太閤殿下の親戚言うだけで、大名にまでなった成り上がりもんよ。じゃから豊臣家には大きな恩がある。最後まで側に居てやれんかった悔いがある。大助……豊臣家への忠義、礼を言うぞ」
「は、……ははーっ」
「うむ。この秀頼さまの刀はそちが持っておれ」
「えっ!?」
正則は小姓に宝刀を預けた。さらに自分の刀を帯から抜き取り、それも小姓へ渡した。
「普段はこれを使うが良い。秀頼さまの刀は大事に飾っておけ」
「あ、あ、有り難き幸せでございます!?」
俺は驚いた。何という展開なんだ。だがさらに驚くべきことを聞いた。
「あー、それとな。話しておかねばならんことがある。……そちの親父、信繁殿のことじゃ」
「父上の!?」
「は、ははっ」
「うむ」
正則は味噌のうつわを手に取り木蓋を開けて匂いを嗅ぐ。そして人差し指で味噌をすくい口にした。
「と、殿⁈ なりません!」
「四郎兵衛、毒味など必要あるまい。こりゃあ美味いぞ、大助!」
「あ、有り難き幸せでございます」
「まったく……」
津田四郎兵衛は不満顔だが、正則は一向に気にしていない。
「大助が如何に芸州へ根付いて生きてきたか、この味噌を食ってみるとよく分かるわい」
「……山村は気候や土壌も良く、お水が美味しゅうございますゆえ、味噌造りに適しておりまする」
俺は冷や汗をかきながらも冷静さを装い、話を合わせる。
「そうか、そうか。はっはっは……」
そこへ1人の小姓が、本殿の入り口で召し上げられた秀頼公の刀を持って拝謁の間へ現れた。
大夫さまは宝刀を献上せよと仰せになるのか⁈ それとも……。
俺は「捕らえられるやもしれない」という疑念がまだ消えていない。
正則は宝刀をじっくりと見つめている。
「大助よ、そちは秀頼さまの最後を見届けたらしいがまことか?」
「はい、しかと」
「詳しく聞かせよ」
あれから3年半が経過したが、忘れることなどできない。俺は大阪城山里曲輪へ追い込まれ、自害された秀頼公の最後を詳細に話した。
「そうか……」
正則は不意に背中を見せ、そっと宝刀を置いた。そして両手を合わせお辞儀をする。
「太閤殿下、豊臣家を守れずに申し訳ございません! 秀頼さま、申し訳ございません……!」
「と、殿、接見の場で何をされてるのですか⁈」
「四郎兵衛、儂の気持ちが分からんのか!」
「いや、分かりますが今じゃなくても……」
「天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊、天上天下唯我独尊……ううっ」
「……!?」
── 大夫さまが念仏を唱えてる!!
暫く嗚咽しながら正則は泣いた。やがて気持ちが落ち着いたのか、宝刀を持って座り直す。
「……あの世で太閤殿下にお叱りを受けるじゃろうのう」
「お、恐れながら、その念仏は……?」
「豊臣家に会うための念仏じゃ。秀頼さまから聞いておらんのか?」
「教えて頂きました。が、その念仏には別の流言が広がっています」
「宝刀を所持する者が念仏を唱え修行すれば無敵の力を持つと?」
「ご、ご存知で……!?」
「はっはっは……それは太閤殿下の作り話よ。宝刀を持つ者を守るためのな」
「さようでございましたか……」
やはりそんなマヤカシなど存在しないのだ。俺が強くなったと思ってしまうほど、この宝刀は使い勝手の良い刀なんだ。大阪の陣から敗走できたのもこの宝刀と俺の興奮が「火事の馬鹿力」を生んだだけだった。──そう解釈した。
「大助よ、儂はのう、元を正せば尾張中村の桶屋じゃ。村の三役にもなれん、さほど裕福でもない百姓出身なんじゃ。それが太閤殿下の親戚言うだけで、大名にまでなった成り上がりもんよ。じゃから豊臣家には大きな恩がある。最後まで側に居てやれんかった悔いがある。大助……豊臣家への忠義、礼を言うぞ」
「は、……ははーっ」
「うむ。この秀頼さまの刀はそちが持っておれ」
「えっ!?」
正則は小姓に宝刀を預けた。さらに自分の刀を帯から抜き取り、それも小姓へ渡した。
「普段はこれを使うが良い。秀頼さまの刀は大事に飾っておけ」
「あ、あ、有り難き幸せでございます!?」
俺は驚いた。何という展開なんだ。だがさらに驚くべきことを聞いた。
「あー、それとな。話しておかねばならんことがある。……そちの親父、信繁殿のことじゃ」
「父上の!?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる