宝刀と共に消えた落武者──真田大助の秘史

鼻血の親分

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第六章 芸州編 この命が尽きるその日まで

第54話 一触即発

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「さあ、言えぇ」
「……アンタ、本気で伝説を信じてるのか?」
「信じとるとも。儂も無敵になりたいからのぅ……ふふふ」
「これは俺の命を守るための念仏だ。教えるわけにはいかない」
「そうか……ならば仕方あるまい。せめて腕の一本、置いていってもらおうかのう」

 藤林はねじれた背を揺らしながら、ぬるりと間合いを詰める。その気配は、まるで闇が迫るようにじっとりと重く、息苦しいほどだった。

 俺は刀を握り直し、全神経を集中させる。

「ひょええええぇぇぇぇぇーーーっ!」
 藤林長門守の渾身の一閃が、風を裂いて俺に迫る。

 ザクンッ!
「ぐっ……!」

 かわしたつもりが、鋭すぎる太刀筋を完全には見切れず、左肩を浅く斬られる。

「若ーっ!」
「下がってろ、六郎!」
「し、しかし……!」
「真田の忍びよ。これは一対一の勝負だ。主の命に逆らうな……ふふふ」
「くっ……!」
 六郎は悔しげに一歩退いた。だが、次の瞬間──

 ザクンッ!
「……ッ!」

 今度は左脚を斬られ、鮮血が草を染める。片膝をつく俺を、藤林の濁った眼が舐めるように見下ろした。

 このままでは──負ける。というか死ぬ……。
 そう覚悟しかけた時だった。

「きゃあああっ! 大助さまーーっ!」

 固唾を呑んで見守っていた領民の中から、お久の悲痛な叫びが響き渡る。涙を浮かべながら、無謀にも草原へ飛び出そうとするお久。それを忠次郎たちが慌てて押し止めた。
「お久、危ない! 下がってなさい!」
「嫌です、離してください! 大助さま、もうおやめくださいっ!」
 お久の必死の叫びが、沈黙していた領民の胸を打った。そして、誰かが叫ぶ。

「これ以上やるなら、我ら富盛一門が助太刀いたす! 真田大助には、返しきれぬほどの恩があるんじゃあ!」
 富盛辰太郎、辰二郎、辰三郎が、揃って前へ進み出る。
「ワイもやるぞ!」
「私も!」
「僕だって!」
 忠吾郎や、道場の子供たちまでもが木刀を握りしめ、勇ましく構えを取っている。そんな暴走寸前の村人たちを、忠次郎が必死に押しとどめた。
「お前ら、やめんかあ! 勝手な真似は許さんぞ!」
 そう怒鳴る声は震えていたが、それでも忠次郎は一人、草原の中央へと歩み出る。
 足元はおぼつかず、膝は震え、それでも俺のため、村のために頭を地面に押し付けた。

「わ、私はこの村の庄屋、国宗忠次郎にございます。真田さまは、この村にとってなくてはならぬお方。どうか、どうか刀をお納めください! お願い申し上げます!」

「忠次郎……」

 その必死の懇願に、領民たちが一斉に声を張り上げた。
「そうじゃ、そうじゃ! 帰れ、帰れー!」
 草原を囲む領民はいつの間にか百人を超えていた。その数と声の迫力に、さしもの藤林も一瞬目を見開く。
 やがて、ねじれた口元をぬるりと動かし、配下に小さく指示を飛ばした。
「芸州組よ。騒がしい連中を黙らせろ。殺しても構わん……行けぇ」
「…………」
 だが、芸州の忍びたちは誰一人として動かない。

「んん? 何をためらう? ふふふ……そうか、そういうことかぁ……ぐふふ、ひゃっはっはっは!」
 藤林は背をかがめ、ねじれた身体を揺らしながら笑った。
「よかろう。おい、お前たち」
 共に連れてきた伊賀の配下に、顎をしゃくって命じる。

「やめろお! はぁはぁ……領民には手を出すな、俺が相手だろ!」

 息を荒くする俺を尻目に、藤林はじっとこちらを見据える。そして、口の端を歪めながら、低く囁くように言った。
「その前にのう……はっきりさせておきたいんじゃ……なあ道順?」
「道順じゃと!?」
 六郎が思わず声を上げる。お紺も覆面の下で、わずかに目を見開いた。

 藤林の連れてきた配下の中に、猫背の男がいる。そいつは無言のまま、一歩、また一歩と、土下座する忠次郎へ向かって歩み寄った。

「ふん……お前らの裏切りなど、とっくにお見通しよ。よくも俺の影武者を消してくれたなぁ。よくも仲間を殺してくれたなぁ……」

 道順はゆっくりと刀を抜き、忠次郎の首筋へぴたりと添える。
「あわわわわわわ……」
「やめろおーーっ!」
「ふん。楽に死なせてやる」

 その刃先が冷たい光を宿した瞬間、眩い閃光が道順の目を射抜いた。同時に飛来したクナイが右腕を正確に捉える。
「むっ……!?」
「そこまでだ!」
 低く響く声が草原に轟く。
「ほう……ようやくのお出ましか。ククク……」
 長門守が不気味に口角を吊り上げた。

 ざわり、と草が鳴る。草原にそびえる大木の太い幹、その上からひとりの男が音もなく飛び降り、堂々と姿を現した。

 その姿を見た道順が、血走った目で叫ぶ。
「やはり……服部半蔵かぁぁっ!」

 半蔵が静かに手を上げると、芸州組の忍びたちが一斉に動く。長門守らを包囲するように間合いを詰め、低く構えて一触即発の態勢をとった。

 俺は六郎に腕を引かれ、その背後へ下がる。入れ替わるように、十蔵が一歩前へ進み出ると、無言のまま鉄砲を構えた。



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