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5話 死神様
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「おはようございます。あなたにこの台詞を言うのも慣れてきましたね」
「んん……」
目を覚ますと、そこにはモグがいた。僕の部屋のカーテンの隙間からは、微かに日光が差し込んでいた。
また、いつものように朝が来たと思った。さっきまでの出来事は全て夢で、僕は刺されてなどいないのだ。そう思って胸を撫で下ろした。死んでしまったら、彼女に会うどころの話ではなくなってしまう。
ほっとした僕の耳に、モグの声が響いた。
「生きてて良かった!って思いました?」
「え?」
「そうですよねぇ、最初はそう思いますよね~」
「何を言ってるんですか?」
いきなり何を言ってるんだ、と思った。ただ、不敵な笑みを浮かべて意味深な事を呟くモグが少し、怖く感じた。
「単刀直入に言うと、さっきまでの出来事は夢じゃ無いぞって事です」
「夢じゃない?」
「ええ、実際に貴方は刺されましたよ。あの男にね」
「は……」
あくまでも、モグは淡々と言葉を発する。まるで、こうなる事は全て分かっていたかの様な言い草だった。
「その後、どうなったと思います?」
どうなったか。夢では無く、本当に刺されたのなら答えは一つに決まっている。背中を刺されて出血は酷かった。それに加えて真夜中の人が少ない時間帯だった。倒れている僕を誰かが見つけるのにも、相当時間が掛かった事だろう。それはつまり。
「死にましたよ。出血多量が主な原因だそうです」
「嘘だ!そんな訳ない!」
「この前も言ったように、私、今まで嘘ついた事無いんですよ。そして、これからもね」
いたって真剣な表情でモグが言う。僕が死んだだって?あり得ないだろう。だって、僕はこうしていつも通り、自分の家でいつもと同じ様に朝を迎えたんだ。死人がこんな風に自分の家で目を覚ますだなんて、そんな馬鹿げた話は聞いたことがない。
そこまで考えて、モグの言葉を思い出した。
「人って未練を残したまま死ぬと、どうなるか知ってますか?」
それは、夢の中で聞いたはずの声。
夢というには、あまりにも生々しく、現実的な声が頭の中を反響した。
「成仏出来ずに、この世のどこかに留まり続ける事になるらしいですよ。誰からも見えず、未練を果たすまで一生」
次々とモグの言葉を思い出す。
未練を残して死ぬ人達の事。
実際にそういった人は少なくないという事。
そして、それは自分も未練を残して死んでしまったという事実を認めさせるには充分だった。
「人気新人ミュージシャン刺殺事件って事で、結構大きなニュースになってますよ。犯人は捕まりましたが、暗いニュースばかり続く世の中は、まだ終わらないでしょうね」
「そんな……」
自然と声が漏れていた。
震える手で顔を覆いながら出たその声は掠れていた。
まるで、幽霊の様だと思った。僕は、声にならない声を、何とか言葉にして言った。
「じゃあ、僕の……この半年間は何だったんだ……」
気づけば涙が出ていた。
僕は彼女に会うことができないまま死んでしまった。
最大の未練を残したまま死んでしまった。
こんな後悔を抱えながら、この世を漂い続ける事になるのか。
この時、踏まれようと、雨が降ろうと、風が吹こうと、しぶとく空に向かって伸び続けられる雑草が羨ましいと始めて思った。
僕は雑草とは違って、もう彼女の姿を求めて立ち上がる事すら出来ないという現状を前にして、涙が止まらなくなった。
「ついでに言えば、貴方が死んだのは偶然の出来事ではありません」
「じゃあ何だって言うんですか!」
「完璧に計算された殺人です。最初から最期まで」
「でも、僕の周りにそんな事考える奴なんて」
いる訳なかった。あの、僕を刺した男だって入念な準備をして実行した雰囲気では無かった。完全に、その時の思いつきと、感情に身を任せた感じであった。
それなら、誰が?その答えを、僕はあっさりと知る事になった。
「私ですよ。貴方を見つけた時から、ずっと殺そうと思って色々考えてました」
「え……?いや、貴方は神様なんですよね……?」
「ええ、神様は神様でも私は死神でね。人を殺す事が仕事なんですよ。とは言っても、直接手を下して殺す様な野蛮な事はしません。そこで、あのオーディションを利用したんです」
新人発掘オーディション。僕の人生を大きく変えた出来事は、モグが仕掛けた罠の様な物だったらしい。僕を殺す為に。
「周りと圧倒的な実力差を貴方に付けて、嫉妬、妬み、恨みを買う様に仕向けました」
その恨みが爆発して、刺したと言う事か。完璧な計画と言うよりは、どこか不完全であり、適当な考えだと思った。
それでも、モグが死神だったのなら。死神に、不可能な殺しは無いのだろう。未練を残して死んだ人の末路について、やたら詳しかったのも納得できる。
「で、ここからが本題なんですけど」
「本題?」
「死神もね、誰でも無差別に殺していい訳じゃ無いんですよ」
「はあ」
それなら、僕は殺してもいいと判断された人間だったのか。訳が分からず、溜息にも似た返事をする。
「だから、貴方を殺した事には、ちゃんと理由があるんですよ」
「どんな理由ですか」
「準備を整えたんです」
「準備?何のですか」
一呼吸置いて、モグが答えた。
「彼女さんに会いに行く準備です」
モグから聞かされた事は沢山ある。
どうでもいい事もあれば、タメになる事もあった。
モグは、僕の事や、世界の事を何でも知っていた。
本当の全知全能とは、こう言った奴のことを言うのだろうと思った。
そんな物知りから、また新たな話を聞いた。
それは、
「彼女さんは五年前に、貴方のもとから消えたわけではありません」
それは。
「世界から消えたんです。通りすがりの男に誘拐され、その後、殺されました」
五年もの間、僕が知らなかった彼女の事。
認められない、大好きな彼女の、
最期の事。あまりにも残酷な、
「当然、家族の人達は警察に捜索届を提出しました。でも、残念ながら犯人も彼女さん本人も見つかる事はありませんでした。この事を知ってるのは私だけです」
確かな事実。
いつまでも、守ってあげたいと思っていた。
身を呈してでも、そんな理不尽な殺され方、されて欲しくなかった。
生きていて欲しかった。
大好きだから。
彼女を殺した男より、何も出来ず、何も知らなかった自分に腹が立って、ベッドのシーツを握りしめる。
常に、夢を取りこぼし続けた僕は。気づかないうちに彼女も失っていた。
「そんな彼女さんも、貴方と同じ様に、未練を残して死んでいます」
「そうだったんですね……」
「最後に、会いたかったんだと思いますよ。彼女さんも貴方の事大好きだったみたいですから」
「そうなんですね……」
「でも、死んでしまった状態では、二度と生きてる人に会う事は出来ません。逆も同じです。でも、お互いに死んでいる状態で、この世に留まっているならば」
「会えるんですか」
モグが頷いた。
「二人を、また一緒にしてあげようと思って、貴方を殺そうと考えたんです。でも、いきなり彼女に会う為に死んで下さいって言っても信じないでしょう?」
「確かに……」
モグが言ってる事は正論だった。突然現れた変な奴に死んで下さいって言われて死ぬ奴なんている訳ない。
「回りくどい事やって疲れました!さ、早く会いに行ってきて下さい!」
「はい。あの、ありがとうございます」
彼女と再会するきっかけを作ってくれた事に対してお礼を言うと、モグは笑っていた。
「はははっ、殺されたのにありがとうなんて、相当変わってますね!ヒロムさん!」
「確かに、なんか変な感じです。じゃあ、行ってきますね」
「はいはい行ってらっしゃい~」
ようやく名前を覚えてくれたモグに手を振られながら、僕は家を出た。宿主を失い、人気の無くなった部屋の中で、
「なかなか面白い人だったなあ」
死神がぽつりと呟いて消えていった。
「んん……」
目を覚ますと、そこにはモグがいた。僕の部屋のカーテンの隙間からは、微かに日光が差し込んでいた。
また、いつものように朝が来たと思った。さっきまでの出来事は全て夢で、僕は刺されてなどいないのだ。そう思って胸を撫で下ろした。死んでしまったら、彼女に会うどころの話ではなくなってしまう。
ほっとした僕の耳に、モグの声が響いた。
「生きてて良かった!って思いました?」
「え?」
「そうですよねぇ、最初はそう思いますよね~」
「何を言ってるんですか?」
いきなり何を言ってるんだ、と思った。ただ、不敵な笑みを浮かべて意味深な事を呟くモグが少し、怖く感じた。
「単刀直入に言うと、さっきまでの出来事は夢じゃ無いぞって事です」
「夢じゃない?」
「ええ、実際に貴方は刺されましたよ。あの男にね」
「は……」
あくまでも、モグは淡々と言葉を発する。まるで、こうなる事は全て分かっていたかの様な言い草だった。
「その後、どうなったと思います?」
どうなったか。夢では無く、本当に刺されたのなら答えは一つに決まっている。背中を刺されて出血は酷かった。それに加えて真夜中の人が少ない時間帯だった。倒れている僕を誰かが見つけるのにも、相当時間が掛かった事だろう。それはつまり。
「死にましたよ。出血多量が主な原因だそうです」
「嘘だ!そんな訳ない!」
「この前も言ったように、私、今まで嘘ついた事無いんですよ。そして、これからもね」
いたって真剣な表情でモグが言う。僕が死んだだって?あり得ないだろう。だって、僕はこうしていつも通り、自分の家でいつもと同じ様に朝を迎えたんだ。死人がこんな風に自分の家で目を覚ますだなんて、そんな馬鹿げた話は聞いたことがない。
そこまで考えて、モグの言葉を思い出した。
「人って未練を残したまま死ぬと、どうなるか知ってますか?」
それは、夢の中で聞いたはずの声。
夢というには、あまりにも生々しく、現実的な声が頭の中を反響した。
「成仏出来ずに、この世のどこかに留まり続ける事になるらしいですよ。誰からも見えず、未練を果たすまで一生」
次々とモグの言葉を思い出す。
未練を残して死ぬ人達の事。
実際にそういった人は少なくないという事。
そして、それは自分も未練を残して死んでしまったという事実を認めさせるには充分だった。
「人気新人ミュージシャン刺殺事件って事で、結構大きなニュースになってますよ。犯人は捕まりましたが、暗いニュースばかり続く世の中は、まだ終わらないでしょうね」
「そんな……」
自然と声が漏れていた。
震える手で顔を覆いながら出たその声は掠れていた。
まるで、幽霊の様だと思った。僕は、声にならない声を、何とか言葉にして言った。
「じゃあ、僕の……この半年間は何だったんだ……」
気づけば涙が出ていた。
僕は彼女に会うことができないまま死んでしまった。
最大の未練を残したまま死んでしまった。
こんな後悔を抱えながら、この世を漂い続ける事になるのか。
この時、踏まれようと、雨が降ろうと、風が吹こうと、しぶとく空に向かって伸び続けられる雑草が羨ましいと始めて思った。
僕は雑草とは違って、もう彼女の姿を求めて立ち上がる事すら出来ないという現状を前にして、涙が止まらなくなった。
「ついでに言えば、貴方が死んだのは偶然の出来事ではありません」
「じゃあ何だって言うんですか!」
「完璧に計算された殺人です。最初から最期まで」
「でも、僕の周りにそんな事考える奴なんて」
いる訳なかった。あの、僕を刺した男だって入念な準備をして実行した雰囲気では無かった。完全に、その時の思いつきと、感情に身を任せた感じであった。
それなら、誰が?その答えを、僕はあっさりと知る事になった。
「私ですよ。貴方を見つけた時から、ずっと殺そうと思って色々考えてました」
「え……?いや、貴方は神様なんですよね……?」
「ええ、神様は神様でも私は死神でね。人を殺す事が仕事なんですよ。とは言っても、直接手を下して殺す様な野蛮な事はしません。そこで、あのオーディションを利用したんです」
新人発掘オーディション。僕の人生を大きく変えた出来事は、モグが仕掛けた罠の様な物だったらしい。僕を殺す為に。
「周りと圧倒的な実力差を貴方に付けて、嫉妬、妬み、恨みを買う様に仕向けました」
その恨みが爆発して、刺したと言う事か。完璧な計画と言うよりは、どこか不完全であり、適当な考えだと思った。
それでも、モグが死神だったのなら。死神に、不可能な殺しは無いのだろう。未練を残して死んだ人の末路について、やたら詳しかったのも納得できる。
「で、ここからが本題なんですけど」
「本題?」
「死神もね、誰でも無差別に殺していい訳じゃ無いんですよ」
「はあ」
それなら、僕は殺してもいいと判断された人間だったのか。訳が分からず、溜息にも似た返事をする。
「だから、貴方を殺した事には、ちゃんと理由があるんですよ」
「どんな理由ですか」
「準備を整えたんです」
「準備?何のですか」
一呼吸置いて、モグが答えた。
「彼女さんに会いに行く準備です」
モグから聞かされた事は沢山ある。
どうでもいい事もあれば、タメになる事もあった。
モグは、僕の事や、世界の事を何でも知っていた。
本当の全知全能とは、こう言った奴のことを言うのだろうと思った。
そんな物知りから、また新たな話を聞いた。
それは、
「彼女さんは五年前に、貴方のもとから消えたわけではありません」
それは。
「世界から消えたんです。通りすがりの男に誘拐され、その後、殺されました」
五年もの間、僕が知らなかった彼女の事。
認められない、大好きな彼女の、
最期の事。あまりにも残酷な、
「当然、家族の人達は警察に捜索届を提出しました。でも、残念ながら犯人も彼女さん本人も見つかる事はありませんでした。この事を知ってるのは私だけです」
確かな事実。
いつまでも、守ってあげたいと思っていた。
身を呈してでも、そんな理不尽な殺され方、されて欲しくなかった。
生きていて欲しかった。
大好きだから。
彼女を殺した男より、何も出来ず、何も知らなかった自分に腹が立って、ベッドのシーツを握りしめる。
常に、夢を取りこぼし続けた僕は。気づかないうちに彼女も失っていた。
「そんな彼女さんも、貴方と同じ様に、未練を残して死んでいます」
「そうだったんですね……」
「最後に、会いたかったんだと思いますよ。彼女さんも貴方の事大好きだったみたいですから」
「そうなんですね……」
「でも、死んでしまった状態では、二度と生きてる人に会う事は出来ません。逆も同じです。でも、お互いに死んでいる状態で、この世に留まっているならば」
「会えるんですか」
モグが頷いた。
「二人を、また一緒にしてあげようと思って、貴方を殺そうと考えたんです。でも、いきなり彼女に会う為に死んで下さいって言っても信じないでしょう?」
「確かに……」
モグが言ってる事は正論だった。突然現れた変な奴に死んで下さいって言われて死ぬ奴なんている訳ない。
「回りくどい事やって疲れました!さ、早く会いに行ってきて下さい!」
「はい。あの、ありがとうございます」
彼女と再会するきっかけを作ってくれた事に対してお礼を言うと、モグは笑っていた。
「はははっ、殺されたのにありがとうなんて、相当変わってますね!ヒロムさん!」
「確かに、なんか変な感じです。じゃあ、行ってきますね」
「はいはい行ってらっしゃい~」
ようやく名前を覚えてくれたモグに手を振られながら、僕は家を出た。宿主を失い、人気の無くなった部屋の中で、
「なかなか面白い人だったなあ」
死神がぽつりと呟いて消えていった。
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