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4話 散ったタンポポ
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「タンポポさん、朝ですよー」
「んん……」
「ほら、起きて下さいよ」
「んわあぁ……」
モグが僕の掛け布団を剥がして起こしてくる。目を開けると、真っ白な毛でもふもふとしたモグの顔が視界を埋め尽くしていた。
「はい、おはようございます。今日も元気に……って何で掛け布団かけ直してるんですか」
「も少し寝かせてください……」
「ダメです」
「ありがとうございます……」
「ダメだって言ってるだろー!たーんーぽーぽー!起きろー!」
「ぐふぉえっ!ぐふっ!」
二度寝しようとする僕の腹にのしかかり、連続でジャンプをしてくるモグに折れ、仕方なく起き上がる。実際、二度寝をしてる時間は無いので、モグの判断は正しかったと言える。
パールドブロムの発売から半年。さらにミュージシャンとしての評価を上げた僕は、二枚目のアルバムを製作しようとしていた。
今日は、その収録日だった。
「まったくもう……寝坊なんてしたら今まで積み上げた信頼関係が一気に崩れますからね!?」
「は、はい」
「そんなんじゃ彼女さんに会えるものも会えなくなっちゃいますよ!しっかりしてくださいよー」
「そうですね……気をつけます」
「あれ?なんだか元気無いですね」
「いや、ほんとに会えるのかなぁと思って。もう半年経つのに何も状況が変わらないですし」
ギターの才能を手にしてから、しばらく経ったが、未だに進展はなかった。そして、これからもないのではないか。そう言った不安が僕に付いて回っていた。
「大丈夫、もうすぐ会えますよ!絶対にね」
「だといいんですけどねー」
「また全然信じてない顔してますね?ちょっとは信じてくれてもいいのになー。今まで一度も嘘なんてついた事ないのになー?」
独り言のようにモグが言う。不思議と、モグが大丈夫だと言うと本当に大丈夫な気がしてくる。才能を与える他に、そういった安心感の様なものをもたらす力がモグにはあった。
「ほら、パン焼きましたよ。これ食べて頑張ってください」
「あ、ありがとうございます」
席に着き、モグが焼いたパンを齧りながら、何気なくテレビの電源を付けると、朝のニュースがやっていた。画面越しには、若い女性のキャスターがハキハキと喋っている。
「続いてはお天気の方見ていきましょう。本日は全国各地で雨が降る模様です……」
別のチャンネルでもニュースをやっていて、真面目そうな男の人が丁寧に喋る。
「昨日午後三時に発生した火災により、複数の人が重軽傷を負いました。出火の原因は未だ分かっていません……」
いくらチャンネルを切り替えても、テレビがニュース以外の物を写す事は無く、いかにも朝の番組という感じがした。
「星座占いの時間です!今日の一位は射手座のあなた!最下位は……」
「今日は玉ねぎを使った料理を作っていきます!まずは水を……」
「昨日午後八時頃、幼い少女を誘拐し、殺害したとして都内に住む男が逮捕されました。犯人は数年に渡り犯行に及んでいた可能性があるとして調査を進めています……」
チャンネルを切り替える度に、テレビは一瞬で別のニュースを画面に写しだす。まるで、別世界の出来事のようだった。
どれもこれも僕には無縁のニュースでしかなく、僕は付けたばかりのテレビを静かに消した。
「最近、つまんないニュースばっかりですよねえ」
コーンスープをからからと掻き混ぜながら、同情するようにモグが呟く。確かに、最近は事件とか事故のニュースが増え、明るい話題が減った気がする。だからと言って、僕に何か影響があるわけでもないので、僕はあまり気にしていなかったが、モグは不満そうだった。
「朝から面白い番組がやってるとは思ってないですけど、寝起きで殺人事件のニュースとかあまり見たくないなぁ」
「意外に人間みたいな事言うんですね」
「私にだって感情的になる事くらいありますよ。特に人の死に関してはね」
真っ暗なテレビの画面を、遠い先のことを見るような目で見つめたままモグが言う。
「人って未練を残したまま死ぬと、どうなるか知ってますか?」
「知らないです」
「成仏出来ずに、この世のどこかに留まり続ける事になるらしいですよ。誰からも見えず、未練を果たすまで永遠に」
「ええと、亡霊って事ですか?」
「まぁそんな感じですね。怖いですか?」
「大丈夫です」
「実際に、悔い無く死んでいく人は少ないんです。ほとんどが、あの時こうすれば良かった、ああしてればって後悔を残して死んで、この世に留まってる。そういった人々が増えていくのは、ちょっと悲しいなぁ」
そう言ったモグの顔は、本当に切なそうに見えた。そもそも、なんでこんな話になったのか。
「タンポポさんはそうならないといいですね!ま、無理でしょうけど!」
「広夢ですって!そろそろ覚えて!」
モグが現れてから、僕の家は朝から賑やかになった。毎朝死にそうな顔をしていた半年前が嘘の様に。モグはうるさいけれど、悪い気分にはならなかったし、何より、才能を与えてくれた事には感謝している。そんな気持ちを忘れずに、僕は収録に向かうのだった。
「あれ?ギター持ってかないんですか?」
「収録する場所に置かせてもらってるんです。だから行きも帰りも手ぶらで良いんですよね。じゃあ行ってきます」
午前零時、辺りはすっかり夜の闇に覆われた収録の帰り道、見知らぬ人に声をかけられ振り向いた。振り返った先には、自分より一回り年上に見える男が立っていた。
「あなた、広夢さんですよね」
「あ、はい」
これまで何度か僕に気付き、声をかけられた事はあったが、この人は今までの人達とは何か違った。敵意というか何というか、良いイメージを持たれていない事は分かる。
ゆっくりと僕に近づきながら、男は言う。
「あなたは一体どういうつもりなんですか?」
「え?」
質問の意図が分からずに聞き返すと、その人は明らかにイライラした様子で付け加えた。
「いきなり現れて、すぐにブレイクするなんて意味が分からないんですよ。あなたのせいで、俺の様にミュージシャンを目指して努力してる人達に注目が集まらなくなってるんです。迷惑かけてるって思わないんですか?」
「いや、そんなこと言われても……」
酷い言いがかりだと思った。この人が売れないのは別に僕のせいではない。結局は実力の世界で、力がない人は評価されないものなのだ。
だが、僕は自分の力で成り上がった訳ではない。ただモグの能力で才能を得ただけなので、偉そうに言い返す事は出来なかった。
「言い訳は一切聞きたくありません。だから今すぐ辞めてください」
「それは……」
「俺は何年も前からミュージシャンになる事を夢見て努力を積んできたんです。それでも、その努力が一向に報われる事は無かった!」
男の口調が、だんだんと荒く乱暴な物に変わっていった。
「そんな時に、あの新人発掘オーディションを見つけたんだ。神がくれたチャンスかと思ったよ。それに合格すれば、すぐにプロとしてデビュー出来るって言うんだからな」
「あのオーディションって」
間違いない、と思った。紛れもなく僕が受けたオーディションだ。どうやらこの男も受けていたらしい。
「今まで以上に努力してオーディションに望んだよ。それなのに最終選考で落とされた。誰よりも努力してきたのにな」
「……」
「合格した人数は三人。その中でも白石広夢って奴が絶大な人気を誇ってるって言うじゃねぇか。悔しかったよ……!お前がいなければ、その場所にいたのは俺だったんだ!」
相変わらず滅茶苦茶な事を言う人だ。仮に僕がオーディションを受けていなくても、この男が合格出来たとは限らない。僕は恐怖を覚えた。人からの剥き出しの敵意に触れた気がした。
男はさらに詰め寄って言う。
「これ以上、人の夢の邪魔をしないでくれ。今すぐにプロを辞めろ」
「すみません、ちょっと急いでるんで……」
これ以上話しても無駄だと悟った僕は、その場を離れようと思った。くるりと踵を返し、早歩きで前に進む。一刻も早く、この不気味な人物から離れたかった。
ふと、後ろから大きな舌打ちの音が聞こえた。それから数秒後に、夜道に罵声が響き渡った。正気の沙汰では無いかのような声だった。
「ふざけやがって!お前さえ!お前さえいなければ!」
「うっ」
瞬間、僕の背中に男の手が当たった。
立ちすくんだ状態のまま、僕は再び男の方へと振り返ろうとして、振り返れない事に気づく。
当たった男の手には、ナイフのような刃物が握りしめてあって、僕の背中に突き刺さっていた。
元々は銀色だったであろうそれは、僕の背中に激痛を与え、血液によって赤く染まり、地面に赤い雫をポタポタと降らしていた。
着ていた服の背中側に、大きな赤いシミが作られて僕はその場に倒れ込んだ。体から血液が抜けていくのを感じ、出血箇所がやたらと熱かった。
「うう……」
あの男が走り去っていく音が聞こえた。僕の呻き声が、誰にも聞かれる事なく夜の闇に紛れて消えた。
「んん……」
「ほら、起きて下さいよ」
「んわあぁ……」
モグが僕の掛け布団を剥がして起こしてくる。目を開けると、真っ白な毛でもふもふとしたモグの顔が視界を埋め尽くしていた。
「はい、おはようございます。今日も元気に……って何で掛け布団かけ直してるんですか」
「も少し寝かせてください……」
「ダメです」
「ありがとうございます……」
「ダメだって言ってるだろー!たーんーぽーぽー!起きろー!」
「ぐふぉえっ!ぐふっ!」
二度寝しようとする僕の腹にのしかかり、連続でジャンプをしてくるモグに折れ、仕方なく起き上がる。実際、二度寝をしてる時間は無いので、モグの判断は正しかったと言える。
パールドブロムの発売から半年。さらにミュージシャンとしての評価を上げた僕は、二枚目のアルバムを製作しようとしていた。
今日は、その収録日だった。
「まったくもう……寝坊なんてしたら今まで積み上げた信頼関係が一気に崩れますからね!?」
「は、はい」
「そんなんじゃ彼女さんに会えるものも会えなくなっちゃいますよ!しっかりしてくださいよー」
「そうですね……気をつけます」
「あれ?なんだか元気無いですね」
「いや、ほんとに会えるのかなぁと思って。もう半年経つのに何も状況が変わらないですし」
ギターの才能を手にしてから、しばらく経ったが、未だに進展はなかった。そして、これからもないのではないか。そう言った不安が僕に付いて回っていた。
「大丈夫、もうすぐ会えますよ!絶対にね」
「だといいんですけどねー」
「また全然信じてない顔してますね?ちょっとは信じてくれてもいいのになー。今まで一度も嘘なんてついた事ないのになー?」
独り言のようにモグが言う。不思議と、モグが大丈夫だと言うと本当に大丈夫な気がしてくる。才能を与える他に、そういった安心感の様なものをもたらす力がモグにはあった。
「ほら、パン焼きましたよ。これ食べて頑張ってください」
「あ、ありがとうございます」
席に着き、モグが焼いたパンを齧りながら、何気なくテレビの電源を付けると、朝のニュースがやっていた。画面越しには、若い女性のキャスターがハキハキと喋っている。
「続いてはお天気の方見ていきましょう。本日は全国各地で雨が降る模様です……」
別のチャンネルでもニュースをやっていて、真面目そうな男の人が丁寧に喋る。
「昨日午後三時に発生した火災により、複数の人が重軽傷を負いました。出火の原因は未だ分かっていません……」
いくらチャンネルを切り替えても、テレビがニュース以外の物を写す事は無く、いかにも朝の番組という感じがした。
「星座占いの時間です!今日の一位は射手座のあなた!最下位は……」
「今日は玉ねぎを使った料理を作っていきます!まずは水を……」
「昨日午後八時頃、幼い少女を誘拐し、殺害したとして都内に住む男が逮捕されました。犯人は数年に渡り犯行に及んでいた可能性があるとして調査を進めています……」
チャンネルを切り替える度に、テレビは一瞬で別のニュースを画面に写しだす。まるで、別世界の出来事のようだった。
どれもこれも僕には無縁のニュースでしかなく、僕は付けたばかりのテレビを静かに消した。
「最近、つまんないニュースばっかりですよねえ」
コーンスープをからからと掻き混ぜながら、同情するようにモグが呟く。確かに、最近は事件とか事故のニュースが増え、明るい話題が減った気がする。だからと言って、僕に何か影響があるわけでもないので、僕はあまり気にしていなかったが、モグは不満そうだった。
「朝から面白い番組がやってるとは思ってないですけど、寝起きで殺人事件のニュースとかあまり見たくないなぁ」
「意外に人間みたいな事言うんですね」
「私にだって感情的になる事くらいありますよ。特に人の死に関してはね」
真っ暗なテレビの画面を、遠い先のことを見るような目で見つめたままモグが言う。
「人って未練を残したまま死ぬと、どうなるか知ってますか?」
「知らないです」
「成仏出来ずに、この世のどこかに留まり続ける事になるらしいですよ。誰からも見えず、未練を果たすまで永遠に」
「ええと、亡霊って事ですか?」
「まぁそんな感じですね。怖いですか?」
「大丈夫です」
「実際に、悔い無く死んでいく人は少ないんです。ほとんどが、あの時こうすれば良かった、ああしてればって後悔を残して死んで、この世に留まってる。そういった人々が増えていくのは、ちょっと悲しいなぁ」
そう言ったモグの顔は、本当に切なそうに見えた。そもそも、なんでこんな話になったのか。
「タンポポさんはそうならないといいですね!ま、無理でしょうけど!」
「広夢ですって!そろそろ覚えて!」
モグが現れてから、僕の家は朝から賑やかになった。毎朝死にそうな顔をしていた半年前が嘘の様に。モグはうるさいけれど、悪い気分にはならなかったし、何より、才能を与えてくれた事には感謝している。そんな気持ちを忘れずに、僕は収録に向かうのだった。
「あれ?ギター持ってかないんですか?」
「収録する場所に置かせてもらってるんです。だから行きも帰りも手ぶらで良いんですよね。じゃあ行ってきます」
午前零時、辺りはすっかり夜の闇に覆われた収録の帰り道、見知らぬ人に声をかけられ振り向いた。振り返った先には、自分より一回り年上に見える男が立っていた。
「あなた、広夢さんですよね」
「あ、はい」
これまで何度か僕に気付き、声をかけられた事はあったが、この人は今までの人達とは何か違った。敵意というか何というか、良いイメージを持たれていない事は分かる。
ゆっくりと僕に近づきながら、男は言う。
「あなたは一体どういうつもりなんですか?」
「え?」
質問の意図が分からずに聞き返すと、その人は明らかにイライラした様子で付け加えた。
「いきなり現れて、すぐにブレイクするなんて意味が分からないんですよ。あなたのせいで、俺の様にミュージシャンを目指して努力してる人達に注目が集まらなくなってるんです。迷惑かけてるって思わないんですか?」
「いや、そんなこと言われても……」
酷い言いがかりだと思った。この人が売れないのは別に僕のせいではない。結局は実力の世界で、力がない人は評価されないものなのだ。
だが、僕は自分の力で成り上がった訳ではない。ただモグの能力で才能を得ただけなので、偉そうに言い返す事は出来なかった。
「言い訳は一切聞きたくありません。だから今すぐ辞めてください」
「それは……」
「俺は何年も前からミュージシャンになる事を夢見て努力を積んできたんです。それでも、その努力が一向に報われる事は無かった!」
男の口調が、だんだんと荒く乱暴な物に変わっていった。
「そんな時に、あの新人発掘オーディションを見つけたんだ。神がくれたチャンスかと思ったよ。それに合格すれば、すぐにプロとしてデビュー出来るって言うんだからな」
「あのオーディションって」
間違いない、と思った。紛れもなく僕が受けたオーディションだ。どうやらこの男も受けていたらしい。
「今まで以上に努力してオーディションに望んだよ。それなのに最終選考で落とされた。誰よりも努力してきたのにな」
「……」
「合格した人数は三人。その中でも白石広夢って奴が絶大な人気を誇ってるって言うじゃねぇか。悔しかったよ……!お前がいなければ、その場所にいたのは俺だったんだ!」
相変わらず滅茶苦茶な事を言う人だ。仮に僕がオーディションを受けていなくても、この男が合格出来たとは限らない。僕は恐怖を覚えた。人からの剥き出しの敵意に触れた気がした。
男はさらに詰め寄って言う。
「これ以上、人の夢の邪魔をしないでくれ。今すぐにプロを辞めろ」
「すみません、ちょっと急いでるんで……」
これ以上話しても無駄だと悟った僕は、その場を離れようと思った。くるりと踵を返し、早歩きで前に進む。一刻も早く、この不気味な人物から離れたかった。
ふと、後ろから大きな舌打ちの音が聞こえた。それから数秒後に、夜道に罵声が響き渡った。正気の沙汰では無いかのような声だった。
「ふざけやがって!お前さえ!お前さえいなければ!」
「うっ」
瞬間、僕の背中に男の手が当たった。
立ちすくんだ状態のまま、僕は再び男の方へと振り返ろうとして、振り返れない事に気づく。
当たった男の手には、ナイフのような刃物が握りしめてあって、僕の背中に突き刺さっていた。
元々は銀色だったであろうそれは、僕の背中に激痛を与え、血液によって赤く染まり、地面に赤い雫をポタポタと降らしていた。
着ていた服の背中側に、大きな赤いシミが作られて僕はその場に倒れ込んだ。体から血液が抜けていくのを感じ、出血箇所がやたらと熱かった。
「うう……」
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