【一部完】あなたは私の推しじゃない!~前世の推しと今世の王子様が同じ名前だったばかりに起きた勘違いとその顛末~

クリーム

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伯爵家編

ままならない少女の物語

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 伯爵家に引き取られさえすれば幸せになれる。前世の記憶を取り戻して以来、キャンディはそう信じてきた。

 ──なのに、現実はままならないことばかりで、嫌になる。

「……二階に何の用だ、キャンディ」

 回廊を右に曲がったところで、固い声がキャンディの背後から投げつけられた。──兄のユリウスだ。振り返らなくてもわかる。わかるけれど、そうしなくては更に面倒なことになるだろう。
 キャンディは仕方なしに振り返った。

「偶然ね、お兄様」

 でも皮肉っぽい答え方になってしまうのまでは堪えきれなかった。
 だって、お互い様でしょう?半分だけとはいえ血の繋がった妹に対してこんな顔を──まるで泥棒でも見るみたい!──向けてくるなんて。ゲームの中では優しかったのに、まるで別人みたいだ。
 やっぱりこの世界はどこかおかしい。おかしいから、だから私がこんな目に遭うんだ──そんなことを考えながら、キャンディは兄を睨み返した。そのせいでユリウスの眉間に一層の皺が刻まれたとしても気にならなかった。

「この先は母上の寝室と浴室があるだけだ」

「へぇ、そうなの。ごめんなさいね、私、まだこの屋敷に来たばかりだから勝手がわかっていないのよ。少しは許していただきたいわ」

「ならメイドに案内させればいい。君にはレディス・メイドをつけさせたはずだが」

「あら、私は自分の家の中ですら一人になることができないのかしら?不便ね、貴族って」

「…………はぁ、」

 売り言葉に買い言葉。応酬を重ねると、決まっていつもユリウスは溜め息をつく。やれやれとでも言いたげに。まるで、キャンディが悪者であるみたいに。
 大袈裟な溜め息をつかれ、キャンディの苛立ちは募る。

 ──そっちだって大人げないくせに!私だけが悪いとでも言いたいの!?

 怒りに任せて叫び出したくなるが、そうしたところで取り巻く環境が良くなるはずもない。既に癇癪持ちのレッテルを貼られている今、立場は悪くなる一方だ。
 キャンディは唇を噛んだ。

「……部屋に戻るわ。お母様の寝室になんて興味もないし」

 元々、メイドに『息抜きに少し散歩をしてきては?』と提案されたから乗っただけだ。刺繍の練習なんかして肩が凝ったから、調度いいと思った。
 それだけなのに余計疲れてしまった。これ以上気難しい兄と会話を続けるくらいなら、優しいレディス・メイドのいる部屋に戻った方がずっといい。
 ……そりゃあ勿論、兄の反応にはもやもやしたものが残るけれど。口論を続けたところでどのみち好転などしないのだから、諦めるより他になかった。

「……待て」

 なのに、その横を通り抜けようとしたところで兄に手を掴まれた。キャンディは弾かれたように顔を上げる。
 きれいな顔をしている、とキャンディは思う。父によく似た造作、赤みがかった茶色の髪に、榛色の瞳。それらが柔和に笑むところをキャンディは知っている。母や使用人たち相手には時おり静かな微笑を向けていた。

「母上のネックレスがひとつ、なくなったらしい。……覚えはないか?」

 ──私に対してはいつもいつも、冷たい目しか投げかけてこないくせに!

「……っ、知らないわよ!あんな女のネックレスなんて!頼まれたっていらないわ!バカにしないでっ!!」

「おいっ……!」

 カッとなってユリウスの手を乱暴に払い除けた。そのままの勢いで、キャンディは回廊を走り抜ける。
 背中に声がかかったが、ユリウスが追ってくることはなかった。
 けれどキャンディは立ち止まらなかった。ぐしゃぐしゃの心のままひたすら駆け続け、自室に飛び込んだ。

「……エミリっ!」

「キャンディ様!?」

 主の帰りを待っていたレディス・メイドの胸に抱き着くと、彼女は驚きに目を白黒させながらもしっかり抱き止めてくれた。彼女はキャンディの実母と同じくらいの年の頃であったが、キャンディ一人を支えたところでびくともしない。以前は農家で働いていたこともあったというから、そのせいだろうか?
 頼りがいのある彼女の胸にいると、キャンディもようやく息をつくことができた。

「どうなさったんですか、キャンディ様」

「……大したことじゃないよ。いつも通り、ユリウスに嫌みを言われただけ」

「ユリウス様に……。それはおつらいですね」

「別につらくはないよ。ムカつくし、ぶん殴ってやりたくはなったけど、我慢したし」

 ──いつかはきっと、私だけを助けてくれる王子様が現れるはずだから。
 それに家族に虐げられるご令嬢なんて、すごく主人公らしいんじゃない?かの有名なシンデレラだって最初は悲惨な環境に置かれていた。それを堪え忍んだからこそ物語のヒロインに生まれ変わることができたのだ。
 だから私だって──そう己に言い聞かせ、キャンディは身を起こした。

「大丈夫!さっさといい人見つけて、こんな家出てってやるんだから!」

「いい人……ですか?」

「そう!かっこよくて優しい、お金持ちの素敵な王子様!それで『こんな陰険な家、こっちから願い下げよ』って私から絶縁状を叩きつけてやるんだから」

 口にすれば、余計にその夢は甘さを増した。甘美な幻想。現実逃避ともいえるそれが、しかし今のキャンディにとっては何よりの支えだった。
 自分はヒロインなんだから、幸せになれるはず──その確信がなければとっくに逃げ出していただろう。

「……素敵な夢ですね」

「でしょ?せっかく女の子に生まれたんだから、王子様との結婚くらい夢見ないとね」

「そうですね。それにキャンディ様はお可愛らしいですから、夢というほど難しいものでもないでしょう」

「ありがと。まぁそこらへんはお母さんのお陰だよね。貴族のお父様を引っかけてくれたのとあわせて、お母さんには感謝してるんだ」

 それ以外では特にいい母親だった記憶はないけれど。
 でも「一度お会いしたかったです」とニコニコ笑うエミリに否定する気も起きなくて、キャンディは「そうだね」と曖昧に相槌を打った。

「でもエミリの方が優しいよ」

「いえ、そんな……」

「それに紅茶の淹れ方もうまいし」

 キャンディは笑って、ソファに腰かけた。
 午後のおやつに用意されたスコーンを手に取り、クリームをたっぷりつける。冷遇されてはいるけれど、物質面では恵まれている方だろう。
 ……だからといって、泥棒扱いされたことを許しはしないが。

「絶対絶対、ぜーったい、見返してやる!」

 拳を掲げ、決意を新たに。声を上げると、気持ちも引き締まった。
 とりあえず当面の目標は邪魔者──メイベル・ロックウェルの排除である。彼女さえいなくなればリチャードだって目を覚ますに違いない。だからこれは必要なことなのだ。

「はい、頑張りましょうね」

 エミリだって応援してくれているのだからこの選択が正しいはず。
 キャンディは「うん!」と大きく頷いた。
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