【一部完】あなたは私の推しじゃない!~前世の推しと今世の王子様が同じ名前だったばかりに起きた勘違いとその顛末~

クリーム

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伯爵家編

幕が下りたあと、埋葬された愛のはなし

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 地下へと続く階段は、会員制ナイトクラブへの入り口。足を踏み入れると、晩餐会などでは味わえない雑多な気配が出迎えてくれる。こういった場所に来るのは洗練された紳士淑女だけではないのだ。流し目をくれる女性を躱し、クロードは部屋の奥へと進む。
 壁で仕切られた小部屋、その中でひとりグラスを傾ける青年貴族。光を食んで艶めく金の髪に、物憂げに煙る蒼い瞳。次期伯爵、リチャード・ガードナー──従妹の愛する【推し】は、クロードに気づくと目を瞬かせた。

「ひとりか?珍しいな、こういうところは君の趣味じゃないだろう」

「それを言うなら貴方こそ。ひとりになりたいけど家にも帰りたくない……、そんな時くらいしかこういったところには来ないでしょう?」

「なんでもお見通しか」

 リチャードは喉の奥で「くっ」と笑う。だいぶ酔いが回っているらしい。酒に弱い人ではないはずだが。
 時刻は日付を跨いだ頃。舞踏会の一幕が終わったあと、従妹を屋敷に送り届けてから、クロードはリチャードの跡を追った。彼が『ナイトクラブで飲み直す』と言って他の誘いを断っているのは小耳に挟んでいたから、探すのは簡単だった。
 ひとりになりたいけど家にも帰りたくない……勘で言ってみたが、まさか当たるとは。驚きと同時に、クロードは痛感する。『本気なんだな』と。
 この人は本気でメイベルのことを──

「……従妹から聞き出しました」

 向かいの椅子を引き、腰を下ろす。その間にもリチャードは空のグラスにワインを注いだ。爵位を持たぬクロードに対しても、分け隔てなく。
 思えば昔からこの人はそうだったな、とクロードは思う。心優しい青年貴族。だから彼が従妹への想いを打ち明けてくれた時は本当に嬉しかった。やっと解放されるのだ──、と。そう、思ったのに。

「なんだ、慰めに来てくれたのか」

「そう、ですね。いや、釈明と言うべきかな。我が従妹どのはあの通りの変わり者ですから」

「確かに彼女の言葉はなかなかに難解な代物だった。だがそれは俺の未熟さゆえ。学びが必要なのだと理解したよ」

「……ありがとうございます。そう言っていただけてホッとしました」

 従妹のことは大切に思っている。けれど彼女が些か風変わりな性質を持つことも知っていた。何しろ物心ついた時からの関係である。
 だから何もかも好意的に受け止めてくれるリチャードに安堵を覚えたし、……僅かな淋しさ、切なさが胸を衝いた。
 そんな思いを振り切り、【兄】の仮面を被る。従妹思いの、優しい【兄】の仮面を。

「ですが、ひとつだけ代弁させていただきたい」

「代弁?」

「はい。……従妹は本当に、貴方のことを大切に想っているのです。大切に大切に……だからこそ、己が分不相応な身であると」

 舞踏会のさなか。リチャードと別れ、舞踏室に戻ってきたメイベルは明らかに様子がおかしかった。ぼうっと物思いに耽ったかと思えば、ひとりで百面相。上気したまま熱の引かない顔を見れば、何が起きたかなんて簡単に察しがついた。
 それでも彼女の口から聞きたかったから、素知らぬ顔を装って『どうしたのか』と問うた。
 何があったのか、何を思ったのか。そのすべてが予想の範疇。リチャードの告白を断ったのも、その理由も、従妹の性格を考えればさしたる驚きもない。……とはいえ、それを良しとするわけにもいかなかったが。
 だからこうしてわざわざリチャードの跡を追ってきた。すべては、従妹の幸福のため。リチャードと結ばれてほしい、心からそう思っているから、

「……つまり『諦めるな』、と?」

「……端的に申せば」

「……まさか本当に慰められるとはな」

「すみません……」

 ……なんて、欺瞞だ。
 従妹のため、だなんて、真っ赤な嘘。本当は自分のことしか考えていないのに。

「謝ることじゃない。感謝するよ、ありがとう。諦めない理由をくれて、助かった」

 何も知らないリチャードの、その言葉に胸が痛む。いったいどれほどの人を騙してきたのだろう。優しい先輩を、愛する従妹を、──何より、自分自身を。

「だが、いいのか?以前にも聞いたが……、俺の背中を押すような真似をして。お前だって彼女のこと……」

「いいんです」

 リチャードの声を遮って、クロードはわらう。己の愚かしさ、滑稽さ、自嘲に、口許は引き攣る。

「いいんですよ、リチャードさん。俺はただ、彼女に幸せになってほしいだけなんです」

 それを堪え、はっきりと断言する。
 そう、声に出してしまえばそれが真実だ。たとえ心の奥底で何を思っていたとしても、──誰を、想っていたとしても。

「……それに俺が愛しているのは従妹である彼女です。貴方のような感情は持っていませんから」

 嘘だ。本当は声を大にして叫びたい。俺は彼女を愛している。俺が一番に愛しているのだと、誰に憚ることもなく言ってしまいたかった。
 でもできなかった。……爵位も財産もない身で、いったいどうして彼女を守ることができよう?ならばせめて、彼女が幸せになれるように導いてやるのが従兄としての務めではないか?

 ──あぁ、胸が痛い。
 いたくていたくて、じくじくと膿んで、どろどろに腐ってしまうなら。
 いっそ彼女の手で、この息の根を止めてもらえたなら──どんなにしあわせだろう。

「……そうか」

「はい。だから安心して、早くうちのお転婆娘を引き取ってやってくださいね」

 はやく、はやく。はやく、楽になりたい。
 そんな願いをこめて言うと、リチャードは真面目くさった顔で「努力する」と約束してくれた。誠意を持って、とも。
 「クロード、君にとっても最善の結果を齎せるように」……そう付け加えた彼は、もしかするとクロードのついた嘘すらも見抜いていたのかもしれない。

「飲みすぎるなよ」

 言い置いて、リチャードは立ち上がる。
 その顔は先刻よりも晴れやかなもの。いつも通りの貴族然とした表情でクロードの肩を叩き、去っていく。

「最善、か……」

 グラスを傾け、中身を喉に流し込む。僅かに焼けつく感覚が心地いい。その快楽を追ってしまえばきっと、今より楽になれるのだろう。

 ……本当に?

 目を閉じても思い出されるのは彼女のこと。そして追憶はやがて、はじまりの時へ。
 それは今よりずっと昔のこと。今よりずっと自由だった、幼少期のこと。──メイベルがはじめて、前世の話をしてくれた日のこと。
 幼い頃の彼女は内気で、多くを語らない子どもだった。野原を駆けるよりも部屋で物思いに耽っていることの方が多かった。
 そんな彼女がある日、庭の片隅で膝を抱えていた。

『どうしたんだ?』

 何の気なしに声をかけて、驚いた。──彼女は声のひとつも洩らさずに泣いていたのだ。
 静かに、ひとり淋しく。孤独に唇を噛み締め、なのに頑として理由は口にしない。何があったのか、どうして泣いているのか。
 訊ねても、『なんでもない』の一点張り。けれど途方に暮れるクロードに何を思ったのか、今度は『誰にも言わないで』と懇願した。

『泣いてたこと、誰にも言わないでね。言ったらきっと、私はここにいられなくなっちゃう』

『ここに……って、それならどこに連れていかれるっていうんだよ』

『病院よ、きっと病院に入れられてしまうんだわ。私、おかしくなんてなってないのに。なのにおかしいの、どうかなっちゃったのよ』

『おかしくなんてないさ。こうしてちゃんと、話ができているんだから』

『でもおかしいの。だって、私の中にもうひとりの私がいるのよ』

 そこまで言ってから、メイベルは『しまった』とでもいうように顔を歪めた。
 みるみるうちに込み上げる涙。頬を熱いものが伝い落ちる様を見て、クロードは慌てた。

『大丈夫、誰にも言わないから』

『ほんとう……?』

『ああ、約束する。だからもう少し詳しく教えてくれないか?もうひとりの自分がいるっていうのが、どういう感じなのか』

『うん……』

 涙を拭いながらメイベルが語ったのは、自分ではない自分の記憶──いわゆる前世の存在だった。彼女にはメイベル・ロックウェルとして生まれるより前の記憶があるというのだ。
 それは空想というにはあまりに明瞭で。

『ね、こんなのおかしいでしょう……?』

 不安に目を揺らす従妹を見て、幼い日のクロードは思わず否定してしまった。

『……おかしくなんかないよ。だって俺も、おんなじだから』

 ──嘘を、ついてしまったのだ。

 それ以来、今に至るまでずっと欺き続けている。信頼を寄せてくれる従妹を、愛する女性を。愛しているからこそ──嘘を嘘として打ち明けることができなかった。
 痛む良心はとうに麻痺した。嘘を重ねることは息を吐くのと同義だった。

「なのに早く楽になりたいなんて、勝手だよな……」

 でも今の願いはそれだけだ。
 はやく、はやく、できる限りはやく。未練も後悔も味わう余地のないくらい──手の届かないところで、幸せになってくれますように。
 ただ、そればかりを願っている。
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