【一部完】あなたは私の推しじゃない!~前世の推しと今世の王子様が同じ名前だったばかりに起きた勘違いとその顛末~

クリーム

文字の大きさ
27 / 36
伯爵家編

あなたは私の推しじゃないけれど

しおりを挟む
 キャンディと歌劇場に出掛けた帰り。屋敷に戻ったメイベルを迎えたのは、レンジャー家での事件以来疎遠になっていたレオナルドだった。

「ご機嫌麗しゅう、ミス・メイベル」

「レオナルドさま、」

 にっこり笑う彼はいつかと同じようにバラの花束を抱えている。
 客間に漂う微かな芳香。淡い桃色の、小ぶりな花たち。スプレータイプのそれを素直に受け取って、メイベルは思わず呟く。

「てっきりもういらっしゃらないとばかり思っていたわ」

「まさか!キミとの賭けも決着がついていないのに……、勝負を途中で投げ出すようなことはしないよ」

「勝負、ね……」

 そういえばきっかけはそんな下らないことだったっけ。なんだかもう随分と昔のことのように思われる。
 メイベルは花束をメイドに渡して、長椅子に座った。また別のメイドがやって来て、レオナルドのために新しいお茶を淹れていく。
 そして、そのあとに残されたのは暫しの沈黙。

「賭けは私の負けでいい。……そう言ったら、あなたはどうするの?」

 紅茶を一口。飲み干してから、メイベルは問いかける。
 レオナルドの、灰色の眼。不思議と澄んで見える双眸を見つめて、問いかける。
 ──と。

「……それは考えたことがなかったな」

 虚をつかれた。そうとしか言い表せない顔で、彼は首を傾げる。

「だってキミはまだ僕のこと好きになってくれてはいないだろう?」

「それは……どうかしら」

 出会いは最悪だった。軽薄で調子のいいことばかり言う、自意識過剰の男。噂話を嫌っていたのに、その噂を信じて、彼を遊び人だという色眼鏡で見ていた。
 でも人間には様々な側面がある。軽薄で自意識過剰で、でもそれだけじゃない。優しくて勇敢な人なのだと知った。
 だから──

「たぶんもう、とっくにあなたのこと、好きになっていたと思うわ。もちろん友だちとして、だけど」

「そっ……れは嬉しいけど、それだけじゃ嫌なんだよ」

「難儀な人ね」

 本気で恋をしているわけでもないのに。たかが子爵家の娘に付き合うほど、暇なわけでもないだろうに。
 感心したような、呆れたような。そんな気持ちでティーカップを傾けると、何故だかレオナルドは「キミこそ」と応じる。

「……どうしてリチャードの告白を受け入れなかったの?」

 淡々とした声に、危うく紅茶を吹き出しかけた。

「なっ、ど、どうしてそれを……!」

「リチャードから相談を受けたからさ。あいつったらぐずぐず悩んでいたもんだから、見苦しくってつい背中を押しちゃったよ」

 『やれやれ』と肩を竦める仕草。でも咳き込むメイベルには返事をする余裕がない。
 ……相談って。なんだってそんなことをよりによってこの人に!筋違いだとはわかっていても、少しだけ恨みたくなってしまう。だって、こんなにも恥ずかしい。

「でも後悔もしてた、……ちょっとだけね。リチャードはまぁ……僕の次くらいにはいい男だから。だからきっとキミたち二人は結ばれるもんだと思ってた。なのにいくら待っても新聞に二人の婚約記事は載らないし、社交界でも噂になっていなかったしで、『これはまさか』とキミを訪ねることにしたんだよ」

「……私はカマをかけられたってわけね」

「それはごめん。でもわざわざリチャードに会いに行くなんて、ねぇ?どうにも気が乗らなくてさ」

 『ねぇ?』と言われましても。

「ね、どうしてか聞いてもいい?」

「……別に、聞いたって面白くもなんともないわよ」

 そう言っても、レオナルドは完全に話を聴く体勢に入っている。退いてくれないかと期待したけどムダみたいだ。
 メイベルは溜め息をつく。
 ……どうしてこんなことに。恋バナなんて前世も今世もしてこなかったから、羞恥心で目眩までしてきた。それをなんとか抑えて、口を開く。

「……確かにリチャードさまのことは尊敬してるし、憧れてもいるわ。でもそれは恋じゃない。だから受け入れることができなかったの。尊敬する人には誠実でありたかったから」

「……ふうん?」

「だから面白くもなんともないって最初に言ったじゃない」

 せっかく正直に打ち明けたのに、興味なさげなその返事はいったいどういうつもりだろう?メイベルは眉間にシワを寄せ、悠然と足を組むレオナルドを睨めつける。
 が、相変わらず彼には効かない。レオナルドは「そうだね、聞くんじゃなかったよ。好奇心なんてろくなもんじゃないね」なんてしみじみ呟く始末。
 『話すんじゃなかったわ』──そう、後悔しても遅いけれど。……いや、いっそのこと思いきり殴ったら記憶が飛ぶ可能性もあるのでは?

「まぁでもそれなら僕にも希望はあるってことだよね」

「はぁ?」

「つまり賭けはまだ終わらないって話さ」

 笑みをたたえる彼は自分の武器をよくわかっていた。例えるなら『レオさま』に対する『ブラピ』のような。……ようするに、顔がいいのだ。顔オタのメイベルにとってみればひとたまりもない。
 『勝手なことを言わないで』だとか、『だから賭けは私の負けでいいと言ったでしょう』だとか、言いたいことはたくさんあった。
 ……あったのに、口にできたのはたった一言だけ。

「……好きにしたら?私は絶対、負けないから」

 それが彼を喜ばせる一言だとわかっていても、つい強気な台詞を吐いてしまう。そんな自分の唇が恨めしい。
 でも無邪気に笑う彼にうっかり見惚れてしまって──慌ててメイベルは首を振る。

「……いやいや、何を血迷ってるの、わたし。浮気はダメ、推しはひとりで充分でしょう?」

「推し?」

「なんでもないわ!!」

「なんでもなくないよ、キミのことならなんだって知りたい。ねぇ、教えてよ」

「嫌よ、ぜったいお断り!」

「つれないなぁ。まぁそういう勝ち気なところも好きだけど」

「……やっぱりあなた、そっちの趣味があるのね」

「そっち?」

「被虐趣味の人ってことよ」

「じゃあキミは加虐趣味ってことだ」

「わっ、私は違うわよ!一緒にしないで!」

 必死に訂正を試みるが、レオナルドに対してはなしのつぶて。楽しげに笑うばかりで、地団駄を踏みたくなる。
 結局最後までその勘違いを正すことはできなくて。夕刻、帰宅の途につくレオナルドを見送りながら、メイベルはがっくり肩を落とすのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する

春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。 しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。 その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。 だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。 そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。 さて、アリスの運命はどうなるのか。

気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!

腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。 ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。 でも、私はもう一度人生をやり直せる! フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。 「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」 だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。 気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

処理中です...