【一部完】あなたは私の推しじゃない!~前世の推しと今世の王子様が同じ名前だったばかりに起きた勘違いとその顛末~

クリーム

文字の大きさ
33 / 36
劇団編

【Day.3】二人で探偵を

しおりを挟む


 容貌可憐な少女、アン・ベルクナーと冷たげな美貌の持ち主、マーゴ・デイヴィス。正反対の二人はしかし、圧倒的な存在感を放っているという点において共通していた。

「余裕がおありなのね、エドヴィン・フォスター。羨ましい限りだわ」

「お褒めに預かり恐悦至極。だけどそう言うキミこそしょっちゅう恋人を連れてきてはよろしくやっているじゃないか。公私ともども充実しているようで……、いやはや、その秘訣についてぜひご教授願いたいね」

 アンの放った嫌みに対し、二倍の勢いと熱量でもって応戦するエドヴィン。先刻まで彼とやり合っていたメイベルも、これには驚き。呆気にとられてしまう。
 ていうか、アン・ベルクナーも相当気が強いわね。彼女のことは舞台上でしか知らなかったから、見た目通りの可愛らしい女性だとばかり思っていた。
 でも、どうやら人は見かけによらないらしい。

「口の減らない人ね。喋りすぎる男は魅力的とは言いがたくてよ」

「らしいね。生まれてこの方、相手には困ったことがないからあまり実感は湧かないのだけど」

 そうでしょうね、その容姿ですものね。
 「勝負あったね」レオナルドの呟き通り、アンは苦々しげに舌を打つ。……って、レディが舌打ちはまずいでしょう。
 そう思ったのはメイベルだけではない。

「アン、」

 鋭い声を発したのは、これまで沈黙を守っていた大女優。マーゴは表情ひとつ変えず、しかしその眼差しでアンを咎めたてた。

「稽古に戻りますよ」

「はい、ミス・デイヴィス」

 去り際、まだ言い足りないとばかりにエドヴィンをひと睨み。置き土産を残して、アンは先輩女優と共に立ち去った。
 そのピンと伸びた二つの背を見送り、エドヴィンは「やだやだ」と首を振る。

「休憩中くらい休んだらいいのにねぇ。主演女優があんなんじゃ、周りの役者だって気を遣って休めなくなるよ、ねぇ?」

「……それだけ真剣なのでは?」

「真剣なのと休みなしで練習するのはまた別物だよ。後者は愚かと言うんだ」

「そう思うのなら助言してさしあげればいいのに」

「あれが素直に聞くと思う?」

「…………」

「そういうことだよ」

 アン・ベルクナーは優れた役者だ。だからこそ矜持があるだろうし、第三者からの……、まして親しくない(であろうと察せられる)同業者からのアドバイスなど、大人しく聞くとは到底思えない。先刻の応酬を考えれば、火を見るより明らかだ。
 答えに窮したメイベル。その代わりに、レオナルドが「けど、大女優のマーゴ・デイヴィスも止めないんだろう?」と疑問を口にする。
 と、エドヴィンは『やれやれ』といった風で肩を竦めてみせた。

「マーゴはマーゴで近頃ちょっと様子がおかしいからね」

「様子が?」

「おかしいって……そうは見えなかったけど」

「そりゃ女優だもの、平静を装うのはお手の物さ」

 ここだけの話。
 そう前置いてエドヴィンが口にしたのは、大っぴらにするには憚られる内容。

「誰かに脅されてる?」

「みたいだよ。脅迫状が届くところは、僕も何度か目にしたから」

 なんでも、近頃劇場宛てに脅迫文が送られてきている、らしい。宛先は『マーゴ・デイヴィス』、手紙の文面は『劇団から手を引け』というもの。さもなくば、お前の秘密を世間にバラす──

「ですがその程度の……具体性のない脅迫文では……」

「メイベルの言う通りだよ。まして人の恨みを買いやすい商売だ。身辺を警戒するのは尤もだけど、あまり過敏になりすぎるのもどうなのかな」

「そうだね。まったく身に覚えがなければ無視すればいいだけだと僕も思うよ」

 でも、そうはいかなかった。

「……つまり、ミス・デイヴィスにはお心当たりがある、と?」

「あくまで僕の勘だけどね」

 以来、マーゴ・デイヴィスの様子がおかしいのだ、とエドヴィンは語る。
 ぼんやりと意識を遠くにやっていたかと思えば、思い詰めた顔で物思いに耽ることもある。周囲を気にし、気を張っているのはしょっちゅう。

「それが理由のすべてではないけど、今回の舞台で主演を降りたのは決して無関係ではないだろうよ」

「そんな……」

 では本当に劇団から手を引くつもりなのだろうか?彼女の名前を冠した、この輝かしい舞台から?
 メイベルはアンの演技指導にあたるマーゴの横顔を眺めた。ここ数年、老いとは無縁の若々しさを誇る彼女。けれどこんな話を聞いたせいだろうか。目元に落ちる影が、どこか痛々しく思えた。

「お陰で他のメンバーまでなんだかぎくしゃくするようになっちゃってさ。まったく、参るよ」

「……大丈夫なのかい?」

 気遣う友人に、「なんとかするさ」とエドヴィンは笑う。

「どんな状況下でも演じ抜いてみせる。それが僕ら役者の仕事だ」

 エドヴィン・フォスター。王子さま然としたよそ行きの顔と、女嫌いで皮肉屋という正反対の面を併せ持つ、厄介な人物。キャンディからはそう聞かされていたし、事実メイベル自身、親しくなれそうにないと感じていた。
 でもこの時、この瞬間。困難にぶつかりながらも平気な顔で笑う彼を──役者としての誇りを口にする彼を、メイベルはとても美しい人だと思った。万雷の拍手に包まれた舞台の上、歓声を浴びていた時よりも、いま目の前にいる『エドヴィン・フォスター』に、尊敬の念を感じずにはいられなかった。
 だからこそ思う。──本当に、解決の手段はないのか、と。レッスン室の中、劇団員の体を気遣う座長、休みなく稽古に励む次期スター、後輩を教え導く大女優……そんな彼らを支える、すべての人々。辺りを見渡して、メイベルは拳を握る。
 どうすれば彼らの力になれるだろう?どうすれば──犯人を、捕まえさえすれば?

「……協力は惜しまないよ」

「レオナルドさま、」

「僕ら二人で大女優の懸念を払拭してあげようじゃないか」

 力強い声、言葉に、メイベルはホッと息をつく。
 そうだ、やれるだけのことはやってみよう。心震わす舞台を披露してくれた、彼らのために。彼らの舞台をまた観ることができるように。……犯人を、捕まえてみせる。

「エドヴィン、心配はいらないよ。僕らがこの劇団に巣食う問題を解決してあげるからね」

「……まぁ、期待せず待ってることにするよ」

 「ありがとね」と付け足したエドウィンは、やはり悪い人ではないのだろう。……性格には些か問題があるようだけど。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する

春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。 しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。 その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。 だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。 そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。 さて、アリスの運命はどうなるのか。

気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!

腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。 ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。 でも、私はもう一度人生をやり直せる! フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。 「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」 だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。 気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

処理中です...