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劇団編
【Day.3】二人で探偵を
しおりを挟む容貌可憐な少女、アン・ベルクナーと冷たげな美貌の持ち主、マーゴ・デイヴィス。正反対の二人はしかし、圧倒的な存在感を放っているという点において共通していた。
「余裕がおありなのね、エドヴィン・フォスター。羨ましい限りだわ」
「お褒めに預かり恐悦至極。だけどそう言うキミこそしょっちゅう恋人を連れてきてはよろしくやっているじゃないか。公私ともども充実しているようで……、いやはや、その秘訣についてぜひご教授願いたいね」
アンの放った嫌みに対し、二倍の勢いと熱量でもって応戦するエドヴィン。先刻まで彼とやり合っていたメイベルも、これには驚き。呆気にとられてしまう。
ていうか、アン・ベルクナーも相当気が強いわね。彼女のことは舞台上でしか知らなかったから、見た目通りの可愛らしい女性だとばかり思っていた。
でも、どうやら人は見かけによらないらしい。
「口の減らない人ね。喋りすぎる男は魅力的とは言いがたくてよ」
「らしいね。生まれてこの方、相手には困ったことがないからあまり実感は湧かないのだけど」
そうでしょうね、その容姿ですものね。
「勝負あったね」レオナルドの呟き通り、アンは苦々しげに舌を打つ。……って、レディが舌打ちはまずいでしょう。
そう思ったのはメイベルだけではない。
「アン、」
鋭い声を発したのは、これまで沈黙を守っていた大女優。マーゴは表情ひとつ変えず、しかしその眼差しでアンを咎めたてた。
「稽古に戻りますよ」
「はい、ミス・デイヴィス」
去り際、まだ言い足りないとばかりにエドヴィンをひと睨み。置き土産を残して、アンは先輩女優と共に立ち去った。
そのピンと伸びた二つの背を見送り、エドヴィンは「やだやだ」と首を振る。
「休憩中くらい休んだらいいのにねぇ。主演女優があんなんじゃ、周りの役者だって気を遣って休めなくなるよ、ねぇ?」
「……それだけ真剣なのでは?」
「真剣なのと休みなしで練習するのはまた別物だよ。後者は愚かと言うんだ」
「そう思うのなら助言してさしあげればいいのに」
「あれが素直に聞くと思う?」
「…………」
「そういうことだよ」
アン・ベルクナーは優れた役者だ。だからこそ矜持があるだろうし、第三者からの……、まして親しくない(であろうと察せられる)同業者からのアドバイスなど、大人しく聞くとは到底思えない。先刻の応酬を考えれば、火を見るより明らかだ。
答えに窮したメイベル。その代わりに、レオナルドが「けど、大女優のマーゴ・デイヴィスも止めないんだろう?」と疑問を口にする。
と、エドヴィンは『やれやれ』といった風で肩を竦めてみせた。
「マーゴはマーゴで近頃ちょっと様子がおかしいからね」
「様子が?」
「おかしいって……そうは見えなかったけど」
「そりゃ女優だもの、平静を装うのはお手の物さ」
ここだけの話。
そう前置いてエドヴィンが口にしたのは、大っぴらにするには憚られる内容。
「誰かに脅されてる?」
「みたいだよ。脅迫状が届くところは、僕も何度か目にしたから」
なんでも、近頃劇場宛てに脅迫文が送られてきている、らしい。宛先は『マーゴ・デイヴィス』、手紙の文面は『劇団から手を引け』というもの。さもなくば、お前の秘密を世間にバラす──
「ですがその程度の……具体性のない脅迫文では……」
「メイベルの言う通りだよ。まして人の恨みを買いやすい商売だ。身辺を警戒するのは尤もだけど、あまり過敏になりすぎるのもどうなのかな」
「そうだね。まったく身に覚えがなければ無視すればいいだけだと僕も思うよ」
でも、そうはいかなかった。
「……つまり、ミス・デイヴィスにはお心当たりがある、と?」
「あくまで僕の勘だけどね」
以来、マーゴ・デイヴィスの様子がおかしいのだ、とエドヴィンは語る。
ぼんやりと意識を遠くにやっていたかと思えば、思い詰めた顔で物思いに耽ることもある。周囲を気にし、気を張っているのはしょっちゅう。
「それが理由のすべてではないけど、今回の舞台で主演を降りたのは決して無関係ではないだろうよ」
「そんな……」
では本当に劇団から手を引くつもりなのだろうか?彼女の名前を冠した、この輝かしい舞台から?
メイベルはアンの演技指導にあたるマーゴの横顔を眺めた。ここ数年、老いとは無縁の若々しさを誇る彼女。けれどこんな話を聞いたせいだろうか。目元に落ちる影が、どこか痛々しく思えた。
「お陰で他のメンバーまでなんだかぎくしゃくするようになっちゃってさ。まったく、参るよ」
「……大丈夫なのかい?」
気遣う友人に、「なんとかするさ」とエドヴィンは笑う。
「どんな状況下でも演じ抜いてみせる。それが僕ら役者の仕事だ」
エドヴィン・フォスター。王子さま然としたよそ行きの顔と、女嫌いで皮肉屋という正反対の面を併せ持つ、厄介な人物。キャンディからはそう聞かされていたし、事実メイベル自身、親しくなれそうにないと感じていた。
でもこの時、この瞬間。困難にぶつかりながらも平気な顔で笑う彼を──役者としての誇りを口にする彼を、メイベルはとても美しい人だと思った。万雷の拍手に包まれた舞台の上、歓声を浴びていた時よりも、いま目の前にいる『エドヴィン・フォスター』に、尊敬の念を感じずにはいられなかった。
だからこそ思う。──本当に、解決の手段はないのか、と。レッスン室の中、劇団員の体を気遣う座長、休みなく稽古に励む次期スター、後輩を教え導く大女優……そんな彼らを支える、すべての人々。辺りを見渡して、メイベルは拳を握る。
どうすれば彼らの力になれるだろう?どうすれば──犯人を、捕まえさえすれば?
「……協力は惜しまないよ」
「レオナルドさま、」
「僕ら二人で大女優の懸念を払拭してあげようじゃないか」
力強い声、言葉に、メイベルはホッと息をつく。
そうだ、やれるだけのことはやってみよう。心震わす舞台を披露してくれた、彼らのために。彼らの舞台をまた観ることができるように。……犯人を、捕まえてみせる。
「エドヴィン、心配はいらないよ。僕らがこの劇団に巣食う問題を解決してあげるからね」
「……まぁ、期待せず待ってることにするよ」
「ありがとね」と付け足したエドウィンは、やはり悪い人ではないのだろう。……性格には些か問題があるようだけど。
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