【一部完】あなたは私の推しじゃない!~前世の推しと今世の王子様が同じ名前だったばかりに起きた勘違いとその顛末~

クリーム

文字の大きさ
34 / 36
劇団編

【Day.3】揃う役者たち

しおりを挟む


 劇団に脅迫状を送りつける不届き者を見つけ出す。そう決めたメイベルとレオナルドは早速行動を開始した。まずは捜査の基本、情報収集からだ。

「……だけど、どうやって切り出せばいいのかしら」

 ひとりごちるのはメイベル。その視線の先にあるのは劇団員たちと談笑するレオナルドの姿。元より顔見知りである彼ならば怪しまれることなく情報を引き出すことができるだろう。
 しかしメイベルはときたら。彼らとは初対面であるし、性質もまたレオナルドとは真反対。生粋の『根明』であるレオナルドと違い、積極的に人と話せる質ではない。どちらかといえば内気な部類だというのが自己分析の結果である。……空想が友達のオタクだもの、明るくなれという方が難しい。
 でもレオナルドひとりに任せきりにはできない。言い出しっぺはメイベルなのだ。自分が動かなくてどうする、……とは思うものの、

「あの、」

「ひゃぁっ!?」

 ぐるぐる悩んでいると、背後から声をかけられた。

「あなたは……」

 立っていたのは落ち着いた色のドレスを身に纏った女性。年頃はメイベルよりも上、20代半ばといった具合か。眼鏡越しに見える目は、知的な光をたたえていた。
 目立つ美人というわけではないが、各パーツが収まるべき場所に収まっている。どこか清廉な気配すら感じさせる造作は、しかし見覚えのあるものではない。
 戸惑っていると、女性は僅かに眉尻を下げた。「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」と。

「でもどうしてもあなたとお話がしたくて」

「わたくしと……?」

「はい。……先程、座長と活動写真についてお話しされていたでしょう?だから、」

 彼女は『ベティ』と名乗った。ベティ・オルソン。「脚本家見習いで、ハドソンさんの下で働かせてもらっています」その言葉に、メイベルは目を輝かせた。

「すごいわ!脚本家を目指してらっしゃるなんて……。そういうのは男性のお仕事だっておっしゃる方もいるでしょう?若い女性が書いたというだけで批判的になる方も……。尊敬しますわ、ミス・オルソン」

「いえそんな、まだまだ勉強中の身ですから……」

 ベティは控えめな笑みを口許に宿す。そんな彼女の手を握り、メイベルは「わたくしこそあなたとお話しさせていただきたいわ」と興奮の滲む声で懇願した。
 何しろメイベルの趣味は『推し』で創作をすることだ。この世界の推し、リチャードを登場人物のひとりに据えた物語を綴ること、それがメイベルにとって寝る前の日課になっている。
 そんなメイベルからしたら実際に活動している脚本家なんて──それもこの時代では珍しい女性の脚本家なんて──憧れないわけがない。

「次の舞台は『ルル二部作』を原作にしたものだと伺いましたわ。どういった舞台になるのかしら……、とても楽しみにしておりますのよ。特に三幕の……伯爵令嬢による最期の独唱!悲劇的でありながらどこか美しい断末魔の声……」

 『ルル二部作』──『地霊』と『パンドラの箱』の二部で構成されるその戯曲は、『恋愛』や『官能』、『幻想』の擬人化である女・ルルと、彼女に理想を押しつけたがために破滅していく男たちの物語である。
 男たちに求められるがまま振る舞うルルは空っぽで、哀れで、いとおしい。愛らしい女として描かれたキャラクターだと聞いて、メイベルはいたく納得したものだ。かわいそうなものは、時としてとても可愛らしく映るものである。
 そしてそんな彼女に惹かれ、自己犠牲の精神を発揮し、すべてを捧げた伯爵令嬢……。
 うっとりと語るメイベルに、しかしベティは顔を曇らせる。

「……どうかなさいまして?」

「いえ、その……期待に応えられるか、と。正直なところ、上手くいっているとは…………」

「それはもしかして……脅迫状の件で?」

「ご存じでしたか」

 「エドヴィン様からお聞きになったんですか」と訊ねられ、メイベルは曖昧に頷いた。詳しくは聞いていない、そう言っておいた方がいいだろう。彼の、名誉のために。
 メイベルは少しの緊張を孕んだまま、「何かお力になれることはありませんか?」と囁いた。

「先日の舞台、『イェヌーファ』でもたいへんな感動をいただきましたわ。ですからわたくしも……その恩返しがしたいのです」

「……ありがとうございます。ですが私も詳細までは…………」

 話せるのはこの劇団の者なら誰でも知っているようなことだけ。

「私はしがない劇作家の卵ですから」

 自嘲ぎみに呟かれたその語。その語り口とは裏腹に、眼差しは聡明なもの。静かに凪いだ瞳は、どこか遠くを映し出していた。
 だからメイベルは彼女の手を自身のそれで包み込んだ。

「ミス・オルソン、あなたはとても賢い方だわ。多くのことを見聞きし、己の糧としている……優れた観察眼を持っているのではなくて?」

「そんな、大袈裟です。私はただ……確かに、物事をよくよく観察するようには心がけていますが」

「ならわたくしはあなたの意見が聞きたいわ。あなたの思ったこと、感じたことが、真実へ通じる道となる。そう思いますの」

「そう……でしょうか……?」

「ええ」

 そう、確かこんな感じだったわ。偉大なる名探偵、灰色の脳細胞の持ち主。前世で大好きだった作品の、そのドラマ版を参考にした言い回し、語調で、メイベルは語りかける。
 それが功を奏したのか。ベティの躊躇いがちな唇がついに開かれた。

「私には誰がやったかなど分かりません。……でも、誰が得をしたのかは知っています。この件で利益を得た人なら…………」

「それはいったい……?」

 そばだてた耳に届いたのは、思いもよらぬ人の名前。

「……ハドソンさんです」

 メイベルは聞き間違いを疑い、ベティをまじまじと見た。ミスター・ハドソン。それはこの劇団の座長で、彼女にとっては師匠にもあたる人だ。
 ──そんな人が、いったいなぜ?

「確かに彼は座長です。……でもそれは名ばかり。実際のところ権力を握っているのはマーゴさん……、彼女には逆らえないんです。この劇団にいるのは彼女に憧れ、慕う者たちばかりですから」

「でもそんな……まさか」

 メイベルは思わず部屋の中央に目をやった。レッスン室の、その真ん中。練習を再開した劇団員たちに演技指導をしている男。それを見る限りでは演劇に熱い情熱を持っていることしか伝わってこない。
 そもそもこの劇場にマーゴ・デイヴィスの名前をあてたのだって今の座長だと聞いている。一番のファンを自称するほど公私ともにマーゴを支えてきたのがハドソンだ。
 デイヴィス座を知るものなら誰だって聞いたことのある有名な話。……それがまさか、嘘だったとでも?
 「人の気持ちなど移り変わるものです」落ち着き払った顔のベティ、彼女の達観した双眸に言われるとひどく説得力がある。

「……あなたは彼が犯人だと?」

「いいえ?私は劇作家です、探偵じゃありません。私にできるのは空想を物語ることだけ……」

 「それに、」とベティは言葉を続ける。それに、得をした人間はハドソンさん以外にもおりますから。──そう、夢見るような眼差しで言った。

「たとえば彼女、アン・ベルクナー……、元は物乞いだったと聞いております。そこをマーゴさんに拾われ、今ではこの劇団の主演女優にまでなった。……そう、マーゴさんが降板したお陰で」

「恩を仇で返すことになっても、主演の座がほしかったから……と?」

「ええ、役者として大成を望むならおかしなことじゃないでしょう?」

「そうですわね、とても……そう、物語らしい動機ですわ」

 なんだか『イ●の総て』みたいね、とメイベルは思う。
 けどこれは映画じゃない。元がゲームとはいえ、この世界を生きるキャラクターわたしたちにとっては立派な現実だ。リスクを冒すほどの価値があるのだろうか。それほどまでに主演の座は欲しいものなのだろうか──?

「……あなたがどんな答えに辿り着くか、楽しみにしておりますね」

 微笑むベティとは対照的に、メイベルは眉間に皺を寄せた。これはなかなかの難事件かもしれない、と。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する

春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。 しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。 その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。 だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。 そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。 さて、アリスの運命はどうなるのか。

気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!

腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。 ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。 でも、私はもう一度人生をやり直せる! フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。 「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」 だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。 気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

処理中です...