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毛布の隙間に冷たい風が吹き込んできて、肌寒さで目が覚めた。カーテンを閉め忘れた窓から白い朝陽が射し込んでいる。いつもどおりの朝だ。
時刻を確認しようと枕元のカラーボックスに手を伸ばす。寝るときはそこにスマホを置くことが日課になっているからだ。
しかし予想に反しそこにスマホは置かれておらず、こたつに置いたままだっただろうかと身を起こしたとき、腰回りに激痛を感じ悲鳴をあげた。
「いってぇ!」
勢いあまってベッドから転がり落ちた。
驚いた顔をした貴弘が、脱衣場からひょいと顔をだした。
「どうした光流⁉」
「いや……なんかすげぇ腰が痛い…………あ」
貴弘の顔を見て、走馬灯のように昨晩の出来事を思い出した。夢や妄想などではない。臀部に残る鈍痛と、衣服を身に着けていない自身の身体が、昨晩の出来事が現実であることを物語っていた。
「けっこう無理させたからなー。立てる?」
手を差し伸べてくる貴弘はすっかり身支度を終えていて、口調もいつもと同じ調子だった。
恥ずかしさを感じることが恥ずかしいような気がして、俺は平静を装って答えた。
「大丈夫大丈夫、ぜんぜん問題ない。貴弘、もう帰んの?」
軽い調子で問い返せば、貴弘は宙に浮いた手を引っ込めた。
「ん、帰るわ」
「講義?」
「そう、1限あんだよね」
俺はふーんと相槌を打った。
俺と貴弘は違う学部に所属しているから、当然日々の講義日程も違う。俺は昨日が年内最後の講義日だったが、貴弘はそうではなかったようだ。
学生の本分は勉学なのだから仕方のないこととはいえ、俺は一抹の寂しさを覚えた。
昨晩の出来事は俺と貴弘の関係を変えなかった。いつもと変わらない貴弘の態度は俺を安心させ、そして少しだけ落胆させた。
もしも俺が女だったなら、貴弘の態度は違うものだったのだろうか。
今も一緒にベッドの中にいて、抱き合いながら朝の挨拶を交わしたのだろうか――なんて。
「光流の今日の予定は?」
「……何もないけど」
「そう。じゃあ講義が終わったらまた来るわ」
「え?」
俺は耳を疑って聞き返した。貴弘は上着に腕を通しながら言葉を続けた。
「クリスマスパーティーしようぜ」
「パーティーなら昨日したじゃん」
「昨日のは失恋飲み会だろ。今夜はそれっぽくピザでもとってさ。ケーキもいるかな。買ってくるけどどんなのがいい?」
「……サンタがのってるやつ」
「はは、オッケー。じゃあまた後でな」
貴弘は俺の頭をひとなですると、足取り軽く部屋を出て行った。扉の向こうの足音は遠ざかり、やがて何も聞こえなくなる。
ぼんやりと静寂に耳を澄ませていた俺は、肌寒さを感じ毛布をたぐりよせた。朝まで一緒に寝ていた布団、ほんのりと貴弘の匂いが残っている。
ま、いっか。
不思議と心が軽くなった。貴弘との関係を特別にする必要はない。俺は貴弘を親友として大切に思っているし、貴弘も同じように思ってくれているだろう。それだけで十分だ。
「クリスマスっぽい映画でも探しとくかー……頭からっぽにして笑えるやつ」
こたつの上に置いたままのスマホを見つけ、すいと画面をなぞった。家を出ていったばかりの貴弘からちょうどメッセージが届いたところだった。
『クリスマスっぽい映画、探しといて。頭使わないで見れるやつ』
同じことを考えやがって、と笑ってしまった。
今夜は楽しいクリスマスになりそうだ。
***
乾いたアスファルトにはうっすらと新雪が積もっていた。ときおり吹く風は身を切るように冷たくて、息をすれば鼻の奥がつんと冷える。白い太陽が澄んだ空気を照らしている、冬の朝だ。
光流の家を出た貴弘は、寒さに身を縮めながら自宅への道のりを歩いていた。そしてその途中で思い出したようにガッツポーズをした。
「……よっしゃあ!」
犬の散歩をしていた通りすがりのご婦人が、驚いた顔で貴弘を見た。
(こんなにうまくいくなんて思わなかった。乙葉さんには悪いことしたけど、駆けつけて正解だったな)
白い息を吐きながら頬を緩ませて笑う。
貴弘は大学1年生の頃から光流のことが好きだった。けれど貴弘が恋心を自覚したとき、すでに光流は莉菜のことが好きだった。
恋する光流を見るのは心が張り裂けそうなほどつらく、行き場のない想いを紛らわせるために好きでもない女性と付き合ったりもした。無論、誰と付き合っても長くは続かなかったが――乙葉もその1人だ。
プレゼントが原因で乙葉にフラれた、というのは真っ赤な嘘だ。クリスマスイブに乙葉と会っていたことは事実だが、光流から「彼女にフラれた」というメッセージを受け取ってすぐに貴弘の方から別れを切り出した。
最低なことをしているという自覚はあった。しかし貴弘にとっては形だけの恋人と過ごすイブよりも、光流と一緒に過ごすイブの方がずっと魅力的で価値のあるものだった。
(光流に似合いそうだと思って買ってあったコスプレ衣装、まさか本当に着てくれるとは思わなかったなー。乙葉さんとの別れのネタにも使えたし、迷ったけど持って行って正解だった)
昨晩の出来事を思い出せば気分が高揚する。
どこまでいけるか手探り状態の夜だった。光流が本気で嫌がる素振りを見せればすぐに止めるつもりだった。
しかし予想外にも光流は貴弘を拒まず、すんなりと事は運んでしまった。
(セックスもキスも受け入れてくれた。でも多分、告白するにはまだ早い。もっとしっかり準備して……絶対に逃がさないようにしないと)
光流が莉菜と恋をしているうちは我慢しようと思った。しかし光流と莉菜の恋が終わった今、貴弘が我慢する必要はどこにもない。
(心の方はおいおい手に入れるして、まずは身体から籠絡するか? セックス漬けにして俺のじゃなきゃイケない身体にすれば、莉菜とよりを戻すのも防げるし……うん、そうしよう。となればまずは今夜だな。オモチャに興味があるみたいだったし、声が枯れるまで鳴かせてやろうっと)
叶う可能性は低い恋だと半分以上諦めていた。でもまさかこんなに美味しいチャンスが巡ってくるなんて。
こんなに心が躍るクリスマスは、純粋無垢にサンタの存在を信じていた少年期以来のことだ。
「来年のクリスマスは、光流と両思いでセックスしてぇなー」
貴弘は浮足立って新雪の道を駆けた。
今夜は楽しいクリスマスになりそうだ。
【終】
時刻を確認しようと枕元のカラーボックスに手を伸ばす。寝るときはそこにスマホを置くことが日課になっているからだ。
しかし予想に反しそこにスマホは置かれておらず、こたつに置いたままだっただろうかと身を起こしたとき、腰回りに激痛を感じ悲鳴をあげた。
「いってぇ!」
勢いあまってベッドから転がり落ちた。
驚いた顔をした貴弘が、脱衣場からひょいと顔をだした。
「どうした光流⁉」
「いや……なんかすげぇ腰が痛い…………あ」
貴弘の顔を見て、走馬灯のように昨晩の出来事を思い出した。夢や妄想などではない。臀部に残る鈍痛と、衣服を身に着けていない自身の身体が、昨晩の出来事が現実であることを物語っていた。
「けっこう無理させたからなー。立てる?」
手を差し伸べてくる貴弘はすっかり身支度を終えていて、口調もいつもと同じ調子だった。
恥ずかしさを感じることが恥ずかしいような気がして、俺は平静を装って答えた。
「大丈夫大丈夫、ぜんぜん問題ない。貴弘、もう帰んの?」
軽い調子で問い返せば、貴弘は宙に浮いた手を引っ込めた。
「ん、帰るわ」
「講義?」
「そう、1限あんだよね」
俺はふーんと相槌を打った。
俺と貴弘は違う学部に所属しているから、当然日々の講義日程も違う。俺は昨日が年内最後の講義日だったが、貴弘はそうではなかったようだ。
学生の本分は勉学なのだから仕方のないこととはいえ、俺は一抹の寂しさを覚えた。
昨晩の出来事は俺と貴弘の関係を変えなかった。いつもと変わらない貴弘の態度は俺を安心させ、そして少しだけ落胆させた。
もしも俺が女だったなら、貴弘の態度は違うものだったのだろうか。
今も一緒にベッドの中にいて、抱き合いながら朝の挨拶を交わしたのだろうか――なんて。
「光流の今日の予定は?」
「……何もないけど」
「そう。じゃあ講義が終わったらまた来るわ」
「え?」
俺は耳を疑って聞き返した。貴弘は上着に腕を通しながら言葉を続けた。
「クリスマスパーティーしようぜ」
「パーティーなら昨日したじゃん」
「昨日のは失恋飲み会だろ。今夜はそれっぽくピザでもとってさ。ケーキもいるかな。買ってくるけどどんなのがいい?」
「……サンタがのってるやつ」
「はは、オッケー。じゃあまた後でな」
貴弘は俺の頭をひとなですると、足取り軽く部屋を出て行った。扉の向こうの足音は遠ざかり、やがて何も聞こえなくなる。
ぼんやりと静寂に耳を澄ませていた俺は、肌寒さを感じ毛布をたぐりよせた。朝まで一緒に寝ていた布団、ほんのりと貴弘の匂いが残っている。
ま、いっか。
不思議と心が軽くなった。貴弘との関係を特別にする必要はない。俺は貴弘を親友として大切に思っているし、貴弘も同じように思ってくれているだろう。それだけで十分だ。
「クリスマスっぽい映画でも探しとくかー……頭からっぽにして笑えるやつ」
こたつの上に置いたままのスマホを見つけ、すいと画面をなぞった。家を出ていったばかりの貴弘からちょうどメッセージが届いたところだった。
『クリスマスっぽい映画、探しといて。頭使わないで見れるやつ』
同じことを考えやがって、と笑ってしまった。
今夜は楽しいクリスマスになりそうだ。
***
乾いたアスファルトにはうっすらと新雪が積もっていた。ときおり吹く風は身を切るように冷たくて、息をすれば鼻の奥がつんと冷える。白い太陽が澄んだ空気を照らしている、冬の朝だ。
光流の家を出た貴弘は、寒さに身を縮めながら自宅への道のりを歩いていた。そしてその途中で思い出したようにガッツポーズをした。
「……よっしゃあ!」
犬の散歩をしていた通りすがりのご婦人が、驚いた顔で貴弘を見た。
(こんなにうまくいくなんて思わなかった。乙葉さんには悪いことしたけど、駆けつけて正解だったな)
白い息を吐きながら頬を緩ませて笑う。
貴弘は大学1年生の頃から光流のことが好きだった。けれど貴弘が恋心を自覚したとき、すでに光流は莉菜のことが好きだった。
恋する光流を見るのは心が張り裂けそうなほどつらく、行き場のない想いを紛らわせるために好きでもない女性と付き合ったりもした。無論、誰と付き合っても長くは続かなかったが――乙葉もその1人だ。
プレゼントが原因で乙葉にフラれた、というのは真っ赤な嘘だ。クリスマスイブに乙葉と会っていたことは事実だが、光流から「彼女にフラれた」というメッセージを受け取ってすぐに貴弘の方から別れを切り出した。
最低なことをしているという自覚はあった。しかし貴弘にとっては形だけの恋人と過ごすイブよりも、光流と一緒に過ごすイブの方がずっと魅力的で価値のあるものだった。
(光流に似合いそうだと思って買ってあったコスプレ衣装、まさか本当に着てくれるとは思わなかったなー。乙葉さんとの別れのネタにも使えたし、迷ったけど持って行って正解だった)
昨晩の出来事を思い出せば気分が高揚する。
どこまでいけるか手探り状態の夜だった。光流が本気で嫌がる素振りを見せればすぐに止めるつもりだった。
しかし予想外にも光流は貴弘を拒まず、すんなりと事は運んでしまった。
(セックスもキスも受け入れてくれた。でも多分、告白するにはまだ早い。もっとしっかり準備して……絶対に逃がさないようにしないと)
光流が莉菜と恋をしているうちは我慢しようと思った。しかし光流と莉菜の恋が終わった今、貴弘が我慢する必要はどこにもない。
(心の方はおいおい手に入れるして、まずは身体から籠絡するか? セックス漬けにして俺のじゃなきゃイケない身体にすれば、莉菜とよりを戻すのも防げるし……うん、そうしよう。となればまずは今夜だな。オモチャに興味があるみたいだったし、声が枯れるまで鳴かせてやろうっと)
叶う可能性は低い恋だと半分以上諦めていた。でもまさかこんなに美味しいチャンスが巡ってくるなんて。
こんなに心が躍るクリスマスは、純粋無垢にサンタの存在を信じていた少年期以来のことだ。
「来年のクリスマスは、光流と両思いでセックスしてぇなー」
貴弘は浮足立って新雪の道を駆けた。
今夜は楽しいクリスマスになりそうだ。
【終】
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