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11.金眼の猫
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決闘申し込みから丸2日が経ったその日、イシュメルは魔王城の厨房に立っていた。
調理台の上には包丁とまな板、小ぶりの鍋、砂糖、それから十数個の姫林檎が置かれている。その姫林檎は、おととい森から採ってきた物だ。正確にはイシュメルが漁をしている間に、リリィが森から採ってきてくれた物。酸味の強い姫林檎は生で食べることには向いていない。ならばジャムにしてしまえば良いではないか、という単純な思いつきだ。
姫林檎の皮を1つ1つていねいに皮を剥き、いちょう切りにして鍋に入れる。あとは砂糖を入れて、コンロに火をつけるだけだ。
調理を初めて30分も経つと、厨房には良い香りが漂いはじめた。イシュメルはときおり鍋を覗き込み、ジャムが焦げ付かないようにと木べらでかき回す。
そのとき厨房の勝手口が音を立てて開いた。
「美味しそうな匂いがする……」
そうつぶやきながら厨房に入ってきた者は、獣の下半身を持つ双子の一方だ。イシュメルは突然の来訪者の顔をまじまじと見つめた。
「……ええと、サラ?」
「エマ」
消え入りそうな声で答えた者はサラではなくエマ。ほくろの位置さえ同じ双子、イシュメルの目では見分けることができないのだ。
「……そうか、すまない。姫林檎のジャムを作っていたんだ。生で食べるにはすっぱすぎるから」
「そうなの……」
エマはそれきり何も言わなかった。
くつくつと煮立つ鍋をかき回しながら、イシュメルは尋ねた。
「エマ、厨房に何か用事があったか?」
「この猫に食べ物をあげようと思って……」
そう答えるエマの腕の中には、確かに赤茶色の猫が抱き込まれていた。くるみのような金色の眼を細め、愛らしく「にゃあ」と鳴く。
「可愛い猫だ。城に迷い込んでいたのか」
「そう……さっき馬小屋の隅っこで見つけたの……」
「飼い猫だろうか」
「多分そう……魔王城の付近にはいくつもの魔族の集落があるから。森を歩くうちに城の敷地に迷い込んでしまったんだと思う……」
エマは猫を床に下ろすと、食料庫の方へと向かって行った。食料庫には城の住人が食べるための穀物、塩、砂糖、干し果実などが保管されている。そしてここ2日ほどの間には、イシュメルとリリィが集めてきた果実と山菜、干し魚、作りかけの干し肉が仲間入りした。深い森の中に位置する魔王城、食料を集めることに不自由はしない。
迷い猫へのまかないには、イシュメルの作った干し肉の切れはしが選ばれたようだ。昨日イシュメルが森で捕まえた野ウサギの肉は、まだ柔らかく小さな猫でも噛み切りやすい。
エマが干し肉を床に置くと、猫はひくひくと鼻先を動かし、干し肉のはしっこにかじりついた。イシュメルは絶えず小鍋をかき回しながら、赤茶猫の食事風景を眺めていた。
「エマ、魔王城の皆は姫林檎のジャムを食べるだろうか」
エマは少し考えた後、小さな声で答えた。
「食べると思う……甘い物を食べる機会はあまりないから、皆喜ぶ……」
「そうか、それは良かった。ところで眷属たちはいつ食事をとっているんだ。食事風景を見かけたことがない」
「決まった時間に食事はとらない……仕事が一区切りしたときに、適当にパンや果実をつまむの。厨房担当の子が、朝のうちに皆のパンを焼いてくれるから……」
「魔王も決まった時間に食事はとらない?」
「主は……いつも日が暮れた後に食事を召し上がられる……」
「食事は皆と同じ物を食べるのか」
「大体同じか少ないくらい……主は私たち以上に、食べることに興味が薄いお方だから……。甘くて美味しいジャムがあれば、主の食事量も少しは増えると思うのだけれど……」
エマは遠慮がちに、イシュメルの方へと視線を送った。
エマを含む魔王の眷属たちは、イシュメルと魔王の仲が険悪であることを知っている。イシュメルが魔王に夜襲をかけたことも、命を賭けた決闘の申し込みをしたことも、だ。
けれどエマとしては、イシュメルの作った姫林檎のジャムを魔王に食べてもらいたいらしい。イシュメルは苦笑いを浮かべ答えた。
「魔王にだけ食わせるな、とは言わない。皆で食べてくれ」
嬉しそうに微笑むエマの足元で、食事を終えた猫がぴょこりと立ち上がった。まだ餌が欲しいのだというように、小さな口を開いてにゃあにゃあと鳴く。
エマがもう餌を持っていないのだとわかると、今度はイシュメルの足元へとやってきて、すねの辺りにすりすりと頭をすり寄せる。ふわふわ毛並みがくすぐったくて、イシュメルは思わず鍋をかき回す手を止めた。エマが含み笑いを零しながら言った。
「あなたの足の裏からは魚の匂いがするのかも……」
「エマ……冗談でも止めてくれ」
イシュメルのすねに頬をすりよせながら、赤茶色の猫は愛らしく鳴く。にゃあ。
調理台の上には包丁とまな板、小ぶりの鍋、砂糖、それから十数個の姫林檎が置かれている。その姫林檎は、おととい森から採ってきた物だ。正確にはイシュメルが漁をしている間に、リリィが森から採ってきてくれた物。酸味の強い姫林檎は生で食べることには向いていない。ならばジャムにしてしまえば良いではないか、という単純な思いつきだ。
姫林檎の皮を1つ1つていねいに皮を剥き、いちょう切りにして鍋に入れる。あとは砂糖を入れて、コンロに火をつけるだけだ。
調理を初めて30分も経つと、厨房には良い香りが漂いはじめた。イシュメルはときおり鍋を覗き込み、ジャムが焦げ付かないようにと木べらでかき回す。
そのとき厨房の勝手口が音を立てて開いた。
「美味しそうな匂いがする……」
そうつぶやきながら厨房に入ってきた者は、獣の下半身を持つ双子の一方だ。イシュメルは突然の来訪者の顔をまじまじと見つめた。
「……ええと、サラ?」
「エマ」
消え入りそうな声で答えた者はサラではなくエマ。ほくろの位置さえ同じ双子、イシュメルの目では見分けることができないのだ。
「……そうか、すまない。姫林檎のジャムを作っていたんだ。生で食べるにはすっぱすぎるから」
「そうなの……」
エマはそれきり何も言わなかった。
くつくつと煮立つ鍋をかき回しながら、イシュメルは尋ねた。
「エマ、厨房に何か用事があったか?」
「この猫に食べ物をあげようと思って……」
そう答えるエマの腕の中には、確かに赤茶色の猫が抱き込まれていた。くるみのような金色の眼を細め、愛らしく「にゃあ」と鳴く。
「可愛い猫だ。城に迷い込んでいたのか」
「そう……さっき馬小屋の隅っこで見つけたの……」
「飼い猫だろうか」
「多分そう……魔王城の付近にはいくつもの魔族の集落があるから。森を歩くうちに城の敷地に迷い込んでしまったんだと思う……」
エマは猫を床に下ろすと、食料庫の方へと向かって行った。食料庫には城の住人が食べるための穀物、塩、砂糖、干し果実などが保管されている。そしてここ2日ほどの間には、イシュメルとリリィが集めてきた果実と山菜、干し魚、作りかけの干し肉が仲間入りした。深い森の中に位置する魔王城、食料を集めることに不自由はしない。
迷い猫へのまかないには、イシュメルの作った干し肉の切れはしが選ばれたようだ。昨日イシュメルが森で捕まえた野ウサギの肉は、まだ柔らかく小さな猫でも噛み切りやすい。
エマが干し肉を床に置くと、猫はひくひくと鼻先を動かし、干し肉のはしっこにかじりついた。イシュメルは絶えず小鍋をかき回しながら、赤茶猫の食事風景を眺めていた。
「エマ、魔王城の皆は姫林檎のジャムを食べるだろうか」
エマは少し考えた後、小さな声で答えた。
「食べると思う……甘い物を食べる機会はあまりないから、皆喜ぶ……」
「そうか、それは良かった。ところで眷属たちはいつ食事をとっているんだ。食事風景を見かけたことがない」
「決まった時間に食事はとらない……仕事が一区切りしたときに、適当にパンや果実をつまむの。厨房担当の子が、朝のうちに皆のパンを焼いてくれるから……」
「魔王も決まった時間に食事はとらない?」
「主は……いつも日が暮れた後に食事を召し上がられる……」
「食事は皆と同じ物を食べるのか」
「大体同じか少ないくらい……主は私たち以上に、食べることに興味が薄いお方だから……。甘くて美味しいジャムがあれば、主の食事量も少しは増えると思うのだけれど……」
エマは遠慮がちに、イシュメルの方へと視線を送った。
エマを含む魔王の眷属たちは、イシュメルと魔王の仲が険悪であることを知っている。イシュメルが魔王に夜襲をかけたことも、命を賭けた決闘の申し込みをしたことも、だ。
けれどエマとしては、イシュメルの作った姫林檎のジャムを魔王に食べてもらいたいらしい。イシュメルは苦笑いを浮かべ答えた。
「魔王にだけ食わせるな、とは言わない。皆で食べてくれ」
嬉しそうに微笑むエマの足元で、食事を終えた猫がぴょこりと立ち上がった。まだ餌が欲しいのだというように、小さな口を開いてにゃあにゃあと鳴く。
エマがもう餌を持っていないのだとわかると、今度はイシュメルの足元へとやってきて、すねの辺りにすりすりと頭をすり寄せる。ふわふわ毛並みがくすぐったくて、イシュメルは思わず鍋をかき回す手を止めた。エマが含み笑いを零しながら言った。
「あなたの足の裏からは魚の匂いがするのかも……」
「エマ……冗談でも止めてくれ」
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