貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

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17.1000年前、某日-1

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 聖ミルギスタ王国が建国4年目を迎えた某日。
 完成後間もない王国の宮殿に、1人の要人が招かれた。名をギオラ・デルヴォルト。地位はなし。聖ミルギスタ王国の周辺に住まう魔族を、黒龍の力をもってしてまとめ上げる、いわば魔族の長のような存在であった。

 とはいえギオラの治める土地に国としての名前はなく、法律や行政機関も存在しない。黒龍の力を宿す特異な存在が、己の裁量で魔族たちの生活を守り、ときに監視する。ギオラはそのような存在であった。

 本来であれば、国を持たないギオラが聖ミルギスタ王国の宮殿へと招き入れられる謂れはない。けれども初代国王シルバ・アンドレイは魔族との共存を望んだ。民が安寧な生活を送るためには、王国周辺に住まう魔族との共存が欠かせない。
 そういった理由から、魔族の長であるギオラが遠路を超えて宮殿へと招かれることとなったのだ。

「ギオラ殿は、国王となるつもりはありませんか」

 グラス片手にそう尋ねる者は、聖ミルギスタ王国初代国王であるシルバ・アンドレイ。国王でありながらも武人のようないで立ちをした男だ。
 ギオラは酒のグラスを揺らしながら答えた。

「魔族は国には属せない。規律に縛られることを嫌う質であるし、各々の生活様式が違いすぎる。翼を持つ者と、尾鰭を持つ者が、同じ定めの中で暮らせるはずもあるまい」
「なるほど、そういった事情がおありですか。しかしギオラ殿、貴方はそうした多種の魔族をまとめ上げる存在なのでしょう。紙に書き記さずとも、貴方の頭の中には一定の規律があるはずだ。その規律に縛られ生きる魔族らは、貴方の創った『国家』に属しているも同然であるとは思いませんか?」

 そういう考え方もあるものか、とギオラは考え込んだ。

「……確かに俺の脳内にはいくつかの定めがある。例えば『飢餓や災害による生死には関与しない』、『集落間の諍いがあれば仲裁に入る』、『盗賊行為を行う輩は問答無用で噛み殺す』。例えどのような曖昧な定めであっても、俺がそうした定めの中で土地を守っていれば、それは国家と呼ぶべきなのか?」

 ギオラの言葉に、集まった人々は誰ともなく顔を見合わせた。質問に対する答えを探すためではない。問答無用で噛み殺す、威嚇のような言葉が恐ろしかったからだ。

 ここは聖ミルギスタ王国の宮殿内、国王や大臣を交えて晩餐会の真っ最中だ。巨大な一枚板のテーブルの上には色とりどりの料理が並べられ、国王と12人の大臣が料理を囲っている。そこに客人であるギオラが加わり、晩餐会の参加者は14だ。

「無理に国家と名を付ける必要はないでしょう。人間である我々の常識を、魔族の長であるギオラ殿に押し付けるつもりはない」

 そう言葉を挟む者は宰相セロ・リューガン。25歳という若い身空でありながら、国家の頭脳である宰相の地位を務める男だ。容姿端麗、頭脳明晰。宮殿内での人望も厚く、次期国王最有力候補者として名が挙がっている。

 13対の視線を受けて、宰相セロはハツラツと語る。

「けれども我々と盃を交わした以上、貴方は自身が支配者であることを認める必要がある。今日から数日をかけて、貴方は我々とたくさんの約束事を交わす。その約束を『俺は国王の地位につく者ではないから』という理由で反故にされては困るのです。どうか今一度、意識を改めていただきたい」

 責め立てるようなセロの発言を聞き、周囲の人々は不安げにギオラを見た。人は誰しも力の及ばぬ強者が怖い。もしもギオラがセロの発言に怒りを覚え、黒龍へと姿を変えれば、晩餐会の会場は一瞬で屍の山と化す。
 不屈の精神を持つと言われる国王シルバでさえ、落ち着きなく肩を揺らしている有様だ。

 ぴりぴりとした空気を感じ取り、ギオラはあごを上げて笑った。

「では俺は今から魔王を名乗ることにしようか。国家を治める国王ではない。『魔族を束ねる者』の意で魔王。これで意識を改めたことになるか? 宰相殿」
「ああ、良いですね。素晴らしいです。では貴方は今から魔王だ。魔王ギオラ・デルヴォルトの誕生に乾杯」

 セロがグラスを掲げると、周りの者もつられたようにグラスを掲げた。ギオラの目の前で、13のグラスが次々と打ち鳴らされる。乾杯、乾杯。魔王ギオラに乾杯。
 ギオラもまた右手を掲げ、隣に座る者とグラスを打ち鳴らした。

 ふとまとわりつくような視線を感じた。視線の元をたどってみれば、少し離れたところに座るセロが、微笑を浮かべてギオラを見つめていた。
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