貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

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21.聖女を訪ねて

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 和解から数日が経った。
 その日は朝からよく晴れていた。雲一つない青空に、真っ白な太陽がぽっかりと浮かんでいる。そよ風の吹く心地よい日だ。

 魔王城の園庭には眷属たちが勢ぞろいしていた。山羊骨の仮面を被ったリリィの姿もある。
 皆を代表したエイダが、ギオラに向かって静々と頭を下げた。

「主、無事をお祈り申し上げております。どうかその忌まわしき呪印を解除してお帰りくださいませ」

 眷属の中で一番の古株であるエイダは、今日この時より魔王代理として城を守る。イシュメルに対しては無遠慮な発言の多いエイダだが、ギオラへの忠誠心は本物だ。皆をまとめ、主不在の城をよく守ってくれるだろう。

 エイダの背後では、サラとエマがぽそぽそと小さな声で呟いていた。

「私たちを足としてお使いくださればいいのに……」
「主を背中に乗せていたって、1日に百里は駆けられるのに……」

 この双子の文句を耳にするのは、今が初めてのことではない。1日に100里を駆ける双子の眷属、その足の速さは非常に魅力的だ。
 しかしイシュメルとギオラの目的地は聖ミルギスタ王国の中心部、本来であれば魔族の立ち入りは許されない国家の中枢部だ。一目で魔族とわかる容姿のサラとエマを連れて行くわけにはいかなかった。

「長旅になる、留守を頼むぞ」

 馬の手綱を握りしめたギオラがそう言えば、眷属たちは次々と別れの言葉を口にした。

「お任せくださいませ」
「道中、お怪我などなさいませんよう」

 別れのときを見守るイシュメルの元へ、リリィがトタトタと足音を立てて駆けてきた。山羊骨の仮面からボロボロと涙を零れ落とすリリィに、イシュメルは優しく語りかけた。

「リリィ、泣くんじゃない。私は必ず帰ってくる。魔族と人間との間に確執がなくなれば、ずっと一緒に暮らせるから……」

 リリィの頭を撫でるイシュメルに、背後からギオラの声が飛んできた。

「イシュメル、出発するぞ」
「ギオラ。わかった、行こう」

 そうして2人、馬にまたがり城を発つ。
 寂しげな表情の眷属たちに見送られて。

 ***

 城を出発してしばらくの間は、2人無言で森の中の道を駆けた。決して眷属たちとの別れのときが寂しかったのではない。ギオラが騎乗に慣れておらず、呑気に会話に興じる余裕がなかったと、ただそれだけの話だ。
 自由自在に黒龍へと姿を変えることのできるギオラは、馬にまたがり地を駆ける必要がない。城には眷属たちが使用するための馬が数頭飼育されているが、ギオラは手綱の握り方さえ知らなかった。

 よって城を発つと決めてから今日に至るまで、イシュメルはギオラへの乗馬指導に相当の時間を割かれることとなった。「俺が空を飛べれば、聖ミルギスタ王国の宮殿まで二時間で着くというのに」イシュメルはギオラの口から何度その文句を聞いたか分からない。

 イシュメルの個人指導により、ギオラの乗馬技術は最低限人並みとなった。とはいえ足場の悪い森の中の道を歩くのに、呑気に会話に興じる余裕はないらしい。真剣な顔で手綱を握り締め、眉間にはくっきりとしわが寄っている。馬の速度も遅い。
 これは本当に長旅になりそうだ。完全に沈黙したギオラを横目に見ながら、イシュメルはそんなことを考える。

 それでも出発して1時間が経つ頃には、ギオラの顔にも余裕が生まれ始めた。今2人が目指している方向は北。その方角にはいくつもの魔族の集落が存在し、集落同士を繋ぐ道は比較的均されているのだ。
 だからイシュメルは、ギオラの眉間のしわが半分の深さになった頃を見計らって口を開いた。

「皆、すんなりと真実を飲み込んでくれて助かった。袋叩きにされる覚悟はできていたんだが」

 ギオラからは、少し間を置いて返事が返ってきた。

「聖ミルギスタ王国で語られる魔王像については、皆よく知るところであるからな。小汚い手段で俺を殺そうとしたのだとしても、袋叩きにされることはあるまいて」
「そうだな……エイダのひざ蹴り程度で済んで本当に良かった。一瞬、あごの骨が砕けたかとは思ったが」

 力いっぱい蹴り飛ばされたあごの痛みを思い出し、イシュメルは身震いをした。

 聖ミルギスタ王国へと出発するにあたり、イシュメルは眷属たちに真実を説明した。ギオラの首に刻まれた呪印を解呪するためには聖女の力が必要になることを。説明にあたっては、当然ではあるがイシュメルの悪巧みも明かす必要があった。正々堂々と戦うつもりはなく、決闘日を迎えるよりも前にギオラを殺すつもりだったのだということをだ。
 真実を伝えても、眷属たちはイシュメルを責めることはしなかった。「考え直してくれて良かった」という言葉と、それからエイダの全力ひざ蹴り。それだけだ。

「イシュメル。今日の目的地まではどれくらいだ」
「このペースだと予定よりかなり遅れそうだ。日が暮れる前に到着したいところではあるが……少しペースを速めても?」
「駄目だ。お前は俺が馬から振り落とされる様を見たいのか」
「それは御免だ。不便なものだな、地を駆けることに慣れていないというのも」
「俺が空を飛べないのは誰のせいだと思っている」
「私だな、すまんな」

 などと言い合いながら、仲良く馬を走らせる。
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