貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

文字の大きさ
22 / 40

22.国境の街バルザ

しおりを挟む
 その日の夕刻、2人は本日の目的地である国境の街バルザへと辿り着いた。

 聖ミルギスタ王国と魔族の土地は、南北に広く国境を面している。聖ミルギスタ王国を地図の左側、魔族の土地を右側として考えれば、バルザは両土地の上側に位置する街だ。バルザの北側には小さな人間国家がひしめいており、彼らが聖ミルギスタ王国を訪れる際に必ずといって良いほど立ち寄る場所が、この国境の街バルザなのだ。
 聖ミルギスタ王国への国境を越えても、王国内の大きな都市まではまだかなりの距離がある。長旅の休憩地点の役割を担う街だということだ。だからバルザの街には、目の色も肌の色も、話す言葉違うたくさんの人が溢れている。

 イシュメルがこのバルザを中継地点として選んだ理由は2つだ。
 まず1つ目の理由は、バルザを経由せずには聖ミルギスタ王国への立ち入りが難しいこと。国土の東側を魔族の土地と接する聖ミルギスタ王国は、国境付近の警備が厳重だ。例え深い森の中に国境があるからといって、ひょいと超えることは困難なのである。だから安全を第一に考えるのならば、多少遠回りでもバルザに立ち寄り、そこから国境を越えようとするたくさんの人間たちに紛れてしまうことが確実であった。

 そして2つ目の理由は、イシュメルがギオラに人間の街を見せたかった。聞けばギオラは1000年前の聖ミルギスタ王国宮殿訪問以外で、人間の住む街を訪れた経験はないのだという。ならば一度くらい、人間に紛れて人間の街に滞在するのも面白いのではないか、という単純なサービス心だ。
 洗練された聖ミルギスタ王国内の街とは違い、バルザは混沌とした土地だ。国籍、言葉、肌の色、目の色、常識、食べる物、好きな物。何もかもが異なるたくさんの人々が、バルザという小さな街に詰め込まれている。もしも将来人間と魔族が共存し、一つの街を形作ったとすれば、きっとバルザのような賑やかな街ができあがるのではないか。
 そんなことを考えれば、ぜひ一度ギオラにバルザの街を見て欲しかった。

 そしてイシュメルのサービス心は大当たりであった。街に一歩立ち入ったとき、ギオラは独り言のように呟いた。

「これは凄い、街と人に押し潰されそうだ」

 狭い通りにひしめく、色も形も違った数々の建物。そこに詰め込まれる人、人、人。異国の言葉でお喋りを楽しむご婦人、買い食いを楽しむ子連れの家族、日銭を稼ごうとする大道芸人。建物に、人に、賑わいに押し潰されてしまいそうだ。

「賑やかで楽しい街だろう。人も、物も、情報も、国を超えて移動するものは必ずといって良いほどバルザを経由する。中継機能を担う街だ」
「この街では何をする。一晩を明かして終わりか?」
「いや。実は色々とやらなければならないことがある。まずは馬の売却だ」

 イシュメルが手綱に繋がれた2頭の馬を交互に指さすと、ギオラは声を荒げた。

「おい、城の馬を勝手に売るんじゃない」
「売らなければならないんだ。それがバルザのルールだ。というのも聖ミルギスタ王国では、旅行客の馬の使用が厳しく制限されている。だから周辺諸国から馬に乗ってバルザへとやって来た旅行客は、バルザで一度馬を売り払うんだ。国境を越えた後は馬車を利用して各都市へと向かい、帰り道にバルザで馬を買い戻す」

 周辺諸国から聖ミルギスタ王国を訪れる旅行客は多い。旅行客が馬を利用して王国内の各都市を訪れれば、都市部は旅行客の数と同じだけの馬で溢れてしまう。道中の道は踏み荒らされてしまうし、馬糞の始末も大変だ。馬同士の衝突事故も後を絶たないだろう。

 そういった事情から、旅行客は聖ミルギスタ王国へ馬を乗り入れることができない。国境の街バルザで馬を降り、その先はのんびりと馬車に揺られて目的地の都市を目指すのだ。どうしても馬に乗りたければ、行く先の都市で馬を借りる。気性が穏やかでよく慣らされた馬だ。
 もちろん馬の乗り入れに関して、多少の例外が認められる場合もあるが、大抵の旅行客はバルザで馬を手放してしまう。郷に入っては郷に従え、というやつだ。

 そんなことを、イシュメルはつらつらとギオラに語った。すれ違う人と肩をぶつけながら、ギオラは尋ね返した。

「帰り道では、自分の乗ってきた馬を買い戻すことができるのか?」
「しようと思えばできる。売却の他に預け入れという方法もあるからな」
「城の馬は預け入れずに売ってしまうのか」
「売ってしまって問題ないだろう? だって帰りはバルザを経由しない。空を飛んで城に帰るんじゃないのか」

 イシュメルがそう言い放てば、ギオラは言葉に詰まった。

「……その通りだ」
「そうだろう。それに俺たちは金を持っていない。2頭の馬を売り払えば、旅の資金としては十分すぎるくらいだ。今夜は少し良いお宿に泊まれるぞ。美味い飯も食える」

 イシュメルの言葉に、ギオラの視線があちらこちらへと移ろった。店頭で客引きをする人、「酒各種飲み放題」の看板、じゅうじゅうと音を立てながら肉を焼く屋台、溢れかえる人波。景色も匂いも喧騒も、バルザは全てが魅力的な街だ。
 馬よりも金。街並みを眺めるうちに、ギオラはその事を認めたようだ。

「馬の件はお前に任せる。だがこの馬はエマのお気に入りだ。無事全てが解決したあかつきには、城に名馬を贈って寄越すように。3頭」
「おい、なぜ増やした?」
「俺が乗る分だ」
「……んん。それならまぁ仕方ない」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...