貴様の手の甲に誓いの口づけを

三崎

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23.飯も食え

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 無事2頭の馬を売り払ったイシュメルとギオラは、その足で街の中心部にある飯屋へと向かった。店先に大きな看板を掲げた、多くの客で賑わいを見せる飯屋だ。
 数ある飯屋の中からその飯屋を選んだ理由は、第1に賑やかな飯屋の方が込み入った話をしやすいと思ったこと。第2にギオラが『酒各種飲み放題』の看板から離れなくなってしまったためだ。至悪とささやかれる魔王殿下は、バルザ滞在を楽しむ気満々といった様子だ。

 飯屋はほぼ満席状態だったが、辛うじて2人分の空席を見つけることができた。イシュメルはメニュー表から数種類の料理を注文し、ギオラは店員相手に「グラス酒、上から順に持ってきてくれ」などと楽しそうだ。
 間もなく2人分の酒がテーブルへと運ばれてきて、無言の乾杯。ギオラは満杯のグラス酒を一気に飲み干し、満足そうに口を開いた。

「それで、今後の予定は」
「今夜はバルザで宿をとる。そして明日の朝一番で馬車乗り場に行ってみよう。時刻表を貰えば、何日後に王都行きの馬車が出るか分かるから」
「馬車は毎日出ているわけではないのか」
「人気の観光都市向けの馬車であれば、日に数本は出ている。しかし聖ミルギスタ王国の王都は、あまり観光客向けの土地ではないからな。厳粛な国政の中心地、といった印象だ。それでも3日に1本程度は馬車が出ているはずだが」

 空っぽのグラスを揺らしながら、ギオラは溜息を吐いた。

「運が悪ければ数日は足止めか。急ぎの旅ではないが煩わしいな」
「こればかりはどうしようもない。運良く明日が馬車の運行日であることを祈ってくれ」

 そんな取り留めのない会話を楽しむうちに、テーブルの上には料理が運ばれてきた。肉料理、魚料理、スープにサラダ、パンの盛り合わせ。たくさんの料理を楽しみたいという理由から、スープ以外は大皿の取り分け料理ばかりだ。せっせと取り皿に料理を盛るイシュメル、「次、上から4番目のグラス酒を頼む」と店員に言うギオラ。

 イシュメルが食事を始めたことで、会話は一時中断となった。今日は1日移動に時間を割いてしまったから、道中でまともな食事を口にしていない。少食のギオラは文句ひとつ言わないが、人間のイシュメルは腹ペコだ。スプーンとフォークは忙しなく動く。

 しかしある時、イシュメルははたと気付いた。こんなにせっせと食べ進めているのに、料理の減りが異様に遅いのだ。食事開始から10分が経とうというのに、大皿にはまだ半分以上の料理が残されたままだ。
 そしてギオラの目の前に置かれた取り皿はといえば、まるで舐めあげたかのようにピカピカのまま。

「……ギオラ。その酒は何杯目だ?」
「7」
「飯は食っているか」
「食ってない」

 とのことである。イシュメルは周囲の客人に迷惑にならない音量で、精一杯叫んだ。

「飯も食わずに酒ばかり飲むんじゃない! 酔い潰れるだろうが!」

 ギオラは澄まし顔で答えた。

「人間と魔族では身体の作りが違うんだ。人間向けに作られた酒を飲んでも、そう簡単には酔わん」
「そうは言っても少しは飯を食え。まだ体調も万全ではないだろうに」

 イシュメルはギオラの取り皿に強引に料理を盛った。パンが1つと肉が2切れ、魚とサラダを1匙ずつ。まるでお子様ランチのような盛り付けである。
 押し付けられたフォークを渋々握りしめたギオラは、肉の欠片を渋々口に入れた。もぐ……もぐ……もぐ。と見ていてまどろっこしくなるくらい、ゆっくりとした咀嚼である。

 ちまちまと食事を進めるギオラを眺めながら、イシュメルもまた食事を再開した。イシュメルがギオラと一緒に食事をするのは、今日が初めてのことだ。浴びるほどの酒を飲む姿も始めて見た。

「固形物を食ったら腹がふくれるじゃないか。グラス酒を全種類飲むつもりだったのに……」

 ギオラの文句を右から左へと受け流して、イシュメルは温かな気持ちで食事を続けた。
 特別な宝物を手に入れた気分だ。
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