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24.馬車を待つ間に
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晴天であった昨日とは打って変わって、今日は朝からどんより曇り模様。重たそうな灰色の雲が、空一面を覆い隠していた。
午前9時を少し回った頃、イシュメルとギオラは宿を出発し、バルザの中心部へと立ち入った。王都行きの馬車に乗るためだ。
早朝イシュメルが入手した時刻表によれば、今日は運良く王都行きの馬車が運行する日。出発時刻は午前9時40分だ。
「イシュメル。王都行きの馬車はどこから出るんだ」
人波に揉みくちゃにされながら、ギオラは尋ねた。馬車乗り場と名前の付いたバルザの中心部は、1000を優に超える人でごった返していた。石畳の路面には様々な大きさの馬車が並び、大きな荷物を抱えた人々が次から次へと客車に乗り込んでいく。
国境の街バルザは、聖ミルギスタ王国と周辺諸国を繋ぐ中継地点。多くの人々がこのバルザで馬を下り、聖ミルギスタ王国都市部へと向かう馬車へと乗り込む。それゆえに馬車乗り場に並ぶ馬車の数は相当なものだ。馬車に乗り込もうとする人の数も相当なものだ。気を緩めれば人波に流されて、望まない場所へと連れ去られてしまう。
イシュメルは今まさに人波に流されようとするギオラをどうにかこうにか抱き寄せて、耳元でこう叫んだ。
「この広場のどこかに停まっていることは確かなんだ。少し付近を探してくるから、人気の少ないところで待っていてくれ」
「時間は大丈夫か」
「まだ20分以上は余裕がある。一度はぐれれば合流することは難しいだろうから、動かずに待っていてくれ。あの――」
イシュメルは、通りの向こう側にある三角屋根の建物を指さした。
「あの三角屋根の建物がわかりやすい。あの建物の軒下で待っていてくれ」
「ああ、分かった」
右へ流され左へ流され、ギオラはえっちらおっちら三角屋根の建物へと向かって行く。無事三角屋根に辿り着けるだろうかと、不安の面持ちでギオラの背を見守っていたイシュメルは、りんと打ち鳴らされる鐘の音を聞いて我に返った。あの鐘の音は馬車の発車を告げる音。今、どこかで馬車が発車したのだ。王都行きの馬車があの音を打ち鳴らす前に、客車へと乗り込まねばならない。
イシュメルはギオラの背中から視線を外し、人ごみの中を歩み始めた。
王都行きの馬車はほどなくして見つかった。乗る人が少ない馬車であるだけに、馬車乗り場の隅っこにひっそりと停められていたのだ。大きな馬車ではあるが、客車に乗り込んだ常客は3人だけだ。
イシュメルは御者に言った。
「御者殿、私も王都行きの馬車に乗る。連れが1人いるから、席を空けておいてくれ」
「あいよ分かった。お連れさんはどこに?」
「馬車の場所が分からなかったから、向こうで待たせてある。すぐに連れてくる」
「急いでくれよ。馬車は定刻に発車する。1秒たりとも待たねぇぞ」
「大丈夫だ。時間までには戻る」
老齢の御者とそんなやり取りを交わした後、イシュメルは人混みへと引き返した。
ギオラを待たせてある三角屋根の建物までは、距離にすれば50メートル程度だ。人混みに行く手を阻まれていても、行って帰るのに5分はかからない。何もトラブルが起こらなければ、馬車に乗り遅れることはあり得ない。
しかしトラブルとは、いつも予期せぬところで起こるものなのだ。
「……ギオラ?」
三角屋根の下にギオラの姿はなかった。待ち合わせ場所を間違えたのだろうかと辺りを見回してみても、ギオラらしき人の姿は見当たらない。イシュメルは焦燥感を覚えながら、そばに立つ女性に話しかけた。
「すみません。ここに黒髪でつり目の男性がいませんでしたか。革の上着を着て、小さめの旅行かばんを持っていました」
女性は不思議そうに首をかしげた。
「ええ。確かにその方は少し前までここにいましたよ。けれど貴方が迎えに来たのでしょう。馬車乗り場が見つかったと言って」
「え?」
「路地を通った方が歩きやすいからと言って、2人でそっちの道に歩いて行ったでしょう。どうしてまた戻ってきたの?」
そう言って女性が指さした先は、建物と建物の間にできた細い路地だ。路地の向こうの景色は、光で白んで見えない。
ドクドクとうるさいほどに心臓が鳴る。
「……『私』がギオラを迎えに来た?」
どこかで鐘の音が鳴る。馬車の発車を告げる音。
午前9時を少し回った頃、イシュメルとギオラは宿を出発し、バルザの中心部へと立ち入った。王都行きの馬車に乗るためだ。
早朝イシュメルが入手した時刻表によれば、今日は運良く王都行きの馬車が運行する日。出発時刻は午前9時40分だ。
「イシュメル。王都行きの馬車はどこから出るんだ」
人波に揉みくちゃにされながら、ギオラは尋ねた。馬車乗り場と名前の付いたバルザの中心部は、1000を優に超える人でごった返していた。石畳の路面には様々な大きさの馬車が並び、大きな荷物を抱えた人々が次から次へと客車に乗り込んでいく。
国境の街バルザは、聖ミルギスタ王国と周辺諸国を繋ぐ中継地点。多くの人々がこのバルザで馬を下り、聖ミルギスタ王国都市部へと向かう馬車へと乗り込む。それゆえに馬車乗り場に並ぶ馬車の数は相当なものだ。馬車に乗り込もうとする人の数も相当なものだ。気を緩めれば人波に流されて、望まない場所へと連れ去られてしまう。
イシュメルは今まさに人波に流されようとするギオラをどうにかこうにか抱き寄せて、耳元でこう叫んだ。
「この広場のどこかに停まっていることは確かなんだ。少し付近を探してくるから、人気の少ないところで待っていてくれ」
「時間は大丈夫か」
「まだ20分以上は余裕がある。一度はぐれれば合流することは難しいだろうから、動かずに待っていてくれ。あの――」
イシュメルは、通りの向こう側にある三角屋根の建物を指さした。
「あの三角屋根の建物がわかりやすい。あの建物の軒下で待っていてくれ」
「ああ、分かった」
右へ流され左へ流され、ギオラはえっちらおっちら三角屋根の建物へと向かって行く。無事三角屋根に辿り着けるだろうかと、不安の面持ちでギオラの背を見守っていたイシュメルは、りんと打ち鳴らされる鐘の音を聞いて我に返った。あの鐘の音は馬車の発車を告げる音。今、どこかで馬車が発車したのだ。王都行きの馬車があの音を打ち鳴らす前に、客車へと乗り込まねばならない。
イシュメルはギオラの背中から視線を外し、人ごみの中を歩み始めた。
王都行きの馬車はほどなくして見つかった。乗る人が少ない馬車であるだけに、馬車乗り場の隅っこにひっそりと停められていたのだ。大きな馬車ではあるが、客車に乗り込んだ常客は3人だけだ。
イシュメルは御者に言った。
「御者殿、私も王都行きの馬車に乗る。連れが1人いるから、席を空けておいてくれ」
「あいよ分かった。お連れさんはどこに?」
「馬車の場所が分からなかったから、向こうで待たせてある。すぐに連れてくる」
「急いでくれよ。馬車は定刻に発車する。1秒たりとも待たねぇぞ」
「大丈夫だ。時間までには戻る」
老齢の御者とそんなやり取りを交わした後、イシュメルは人混みへと引き返した。
ギオラを待たせてある三角屋根の建物までは、距離にすれば50メートル程度だ。人混みに行く手を阻まれていても、行って帰るのに5分はかからない。何もトラブルが起こらなければ、馬車に乗り遅れることはあり得ない。
しかしトラブルとは、いつも予期せぬところで起こるものなのだ。
「……ギオラ?」
三角屋根の下にギオラの姿はなかった。待ち合わせ場所を間違えたのだろうかと辺りを見回してみても、ギオラらしき人の姿は見当たらない。イシュメルは焦燥感を覚えながら、そばに立つ女性に話しかけた。
「すみません。ここに黒髪でつり目の男性がいませんでしたか。革の上着を着て、小さめの旅行かばんを持っていました」
女性は不思議そうに首をかしげた。
「ええ。確かにその方は少し前までここにいましたよ。けれど貴方が迎えに来たのでしょう。馬車乗り場が見つかったと言って」
「え?」
「路地を通った方が歩きやすいからと言って、2人でそっちの道に歩いて行ったでしょう。どうしてまた戻ってきたの?」
そう言って女性が指さした先は、建物と建物の間にできた細い路地だ。路地の向こうの景色は、光で白んで見えない。
ドクドクとうるさいほどに心臓が鳴る。
「……『私』がギオラを迎えに来た?」
どこかで鐘の音が鳴る。馬車の発車を告げる音。
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