35 / 40
35.麗しき眷属たち
しおりを挟む
とつじょとして放たれた光球は、ギロチン台の上半分を粉々に打ち砕いた。大小様々な木片が、鈍く輝く斜め刃の欠片が、バラバラと音を立てて観覧席に降り注ぐ。人々の悲鳴。
次いでドン、ドンと大きな音が2度。神殿が大きく揺れ、光球に打たれた神殿のに2隅から砂埃が上がった。
観覧席の間を獣が駆けた。いや、はたしてそれは本当に獣なのか。しなやかな4足と、鉛色の体毛におおわわれた胴体は馬のそれ。
しかし獣の胴体には不可思議なことに少女の上半身がのっていた。くせのない鉛色の髪を背中に垂らした愛らしい少女だ。観客を飛び越え、疾風のように祭壇へと向かうその姿は、神々しささえ感じさせた。
その少女の背中には、もう1人別の少女がまたがっていた。少女は祭壇の上に降り立つと、獣の下半身を持つ少女と2人、ギオラに向けてうやうやしく腰を折るのである。
まなじりに涙の粒を浮かべ、みずみずしい唇を震わせながら。
「主。城を守れとのご命令に背いたこと、心よりお詫び申し上げますわ。けれども主の戻らない城など、守っても意味はありませんの」
ギオラはつぶらいた。サラ、エイダ。
静まり返った神殿内に、カツカツと高らかな靴音が響いた。皆がいっせいにその足音のする方を見れば、観客席の間を一人の青年が歩いている。あごを高く引き上げ、目線は真っ直ぐに祭壇の方へ。ぴんと背筋を伸ばして歩く様は、勇ましいドーベルマンのよう。
青年が祭壇のそばで歩みを止めたとき、アリシアはこぶしを震わせて叫んだ。
「ザカリ・アスラム……一体どういうおつもりですか! 神殿に魔族を招き入れるなど!」
「失敬、特別お招きするつもりはなかったのです。けれども魔王を処刑するのならば、事前に魔王城へ一報を入れるのが礼儀かと思いまして。終夜馬を走らせ、魔王城へと赴いたところです。すると魔王の眷属であるエイダ様が、魔王を弁護するためぜひ神判に立ち会いたいとおっしゃいまして。確か神判では、罪人の弁護をするために発言が認められておりましたよね」
「み、認められるはずがないでしょう! 神判の場で魔族が発言するなど」
「認められない、ということはありませんよ。聖ミルギスタ王国の法では、『神判の場では望む者に等しく発言の機会が与えられる』とされています。発言者は人間に限るとの記述はありません。法は神のご意思によって定められたもの。神の代弁者である聖女が、神の定めた法をないがしろにするのですか?」
「それは――」
アリシアは宝石のような眼を見開いて、餌を食む魚のようにぱくぱくと口を動かした。指先はふるふると震え、陶器のような頬は朱に染まっている。
きぃ、と扉の動く音がして、神殿の扉からまた一人の少女が姿を現した。サラと同じく獣の下半身を持つ少女――エマだ。エマは開け放たれた扉を丁寧に閉めると、トコトコと足音を立てて祭壇へ向かう。
これで祭壇には3人の魔王の眷属がそろったこととなる。双子のサラとエマ、そしてエイダ。
3人の眷属たちは、大破したギロチン台を背に堂々と立つ。ギオラを守るように。
「私たちと主に発言の機会をいただけるかしら。聖女様」
エイダの問いかけに、アリシアは心底悔しそうにうなずいた。
***
――間に合った
祭壇に並ぶ少女たちの背中を見て、イシュメルはへなへなとその場に座り込んだ。
ザカリを魔王城へと向かわせたのはイシュメルだ。昨日天秤にまつわる話をした後に、ザカリの耳元でこう訴えたのだ。「もしもお前が魔王を殺してはならないと思うのなら、すぐに魔王城へと赴いてくれ。エイダという名の少女を連れてくるんだ。彼女の魔法があれば神判をぶち壊すことができるから」と。
そしてサラとエマという足の速い姉妹がいることも伝え、イシュメルはザカリと別れた。
ザカリが魔王城へ赴いてくれているのか、否か。イシュメルには知る由もなかった。独房に閉じ込められていたのだから当然だ。例えザカリが動いてくれても、死刑執行までにエイダが到着できるという保証もなかった。残された時間は1日もなかったのだから。
イシュメルの願いは届いた。エイダの魔法はギロチン台を打ち砕き、ザカリは言葉巧みに聖女から発言の機会をもぎとった。眷属一を自称する攻撃魔法の使い手であるエイダと、魔王討伐パーティーの頭脳であった智将ザカリ。敵に回せば恐ろしい、しかし味方となればこんなに頼もしい存在があるだろうか。
そうはいっても――結末はまだわからなかった。発言の機会が与えられたのだとしても、ギオラは死刑を宣告された罪人のまま。イシュメルは祈るような気持ちで少女たちの背中を見つめた。
「私の名前はエイダ。生まれは聖ミルギスタ王国の東方にあるハドネの村。700年も昔、村の者が私を魔王へと供物として差し出し、以来眷属として魔王殿下にお仕えしているわ。誰に強制されたのではなく、私自身の意思で」
エイダの発言は観覧席にどよめきを巻き起こした。「魔王の供物となった少女は、残酷な方法で殺されるはずでは」「あのように若く美しい姿で何百年もの時を生きているの?」と。
エイダに続き、サラもまた口を開いた。
「私はサラ。隣は妹のエマ。生まれは聖ミルギスタ王国北方に位置する小集落ジナ。私たちは生まれつき足が不自由で、集落が魔族に襲われたとき逃げ出すことができなかった。そうして魔王の供物となった私たちに、主は自由な脚をくださった。こんなにも自由で素敵な脚を」
サラとエマは手を取り合って、トコトコとその場で足踏みをして見せる。ダンスのように楽しげな仕草だ。幾千の観衆の視線にさらされながらも、サラとエマは微笑を絶やさない。4本の脚で立つことが誇らしくて仕方がないのだというように。
発言はエイダに移った。
「主は供物として捧げられた少女を、決して悪戯になど殺さない。かたくなに眷属となることを拒み、主自ら命を絶つ少女がいることは事実だけれど。それでも主は少女たちの遺体を適切な方法で葬っている。最期まで人として扱っているわ」
「エイダ殿……とおっしゃったか。弁護に口を挟むようで失礼。そもそもなぜ魔王殿下は供物など求められるのだ。魔王城の労働力とするためか?」
と質問を投げかける者は国王オリヴァー。
エイダは唇に指先をあてて考え込むと、助けを求めるようにギオラの方を見た。そう言われてみればどうしてなのかしら、と。
ギロチン台の瓦礫に腰かけたままのギオラもまた、答えを探して視線を巡らせた。
「始まりは……多分そこのエイダだ。ハドネ村の者たちが少女を供物として差し出し、魔族の襲撃から村を守った。その噂が近隣の村町へと広がり、『魔王に供物を捧げれば村は助かる』などという伝承ができあがった」
「では魔王殿下は、自ら供物を求められたことは一度もないと?」
「ないな。俺とて戦うことは好きだが、無抵抗の女子どもをいたぶる趣味はない」
「ならばなぜ魔王殿下の口から一言おっしゃっていただけなかった。『供物など不要だ』と。さすれば大切な娘を供物にとられ、涙を流す親などいなかった」
オリヴァーが語尾を強めれば、ギオラはふんと鼻を鳴らした。
「俺は戦場にはでない。ただ攻め入られた分は攻め返せと、魔王軍の元帥に命ずるだけだ。戦場となった土地で、その土地の者と魔王軍との間で、どのようなやり取りがなされるのかを俺は知らない。しかし俺への供物を捧げれば魔王軍は村を襲わないのだろう。ならば戦場において、供物は必要不可欠な存在なのだろうて。俺が求める、求めないなど関係なしに」
「貴方は……魔王軍の侵攻には一切関与していないとおっしゃるのか。魔王を名乗りながら、戦場で何が起こっているかをまるで知らないと?」
「ほう。では聖ミルギスタ王国の国王殿下は、国王軍の動向を自らの手足のように把握しているのか。ほんの一月ほど前、国境沿いのエルフの集落が聖ミルギスタ王国の国王軍に襲われた。国王軍の兵士らが、見目麗しきエルフを相手にどのような蛮行を働いたかを、貴方はご存じなのか?」
オリヴァーはぐ、と言葉に詰まった。
こうして互いの非を責め合うことに意味などない。現在の人間と魔族の関係は、いわばぐちゃぐちゃに絡まり合った毛糸玉。がむしゃらに手をかけたところで、絡まりが解けるはずもなかった。
まずすべきことは始点を探すことだ。そこから焦らず丁寧に絡まりを解いていく。そのことに、賢王と名高いオリヴァーは気が付いたようだ。
「……魔王殿下。そもそもの始まりをうかがっても宜しいか。なぜ人間と魔族はこうも憎み合うようになったのだ。仕事がら歴史書をめくる頻度は多いが、目ぼしい記述に行き会った経験はない」
ギオラはイシュメルのいる方へ視線を動かした。そうしてイシュメルの瞳を見つめたまま、静かに語り出した。
「始まりは……聖ミルギスタ王国建国後間もない頃だ。年数で言えば今から1000年近くも前になる。俺は人間と魔族の共存のため、初代国王殿下に宮殿へと招かれた。しかし交渉は決裂。その後、初代国王殿下は幾度となく魔王城に国王軍を送ってよこした。俺を殺すために。俺とて殺されては叶わないからと抵抗した。それが始まりだ」
「なぜ交渉は決裂されたのだ」
「それは――……」
ギオラの視線はイシュメルから離れ、幾千の人で埋め尽くされた観覧席を見つめた。神殿の天井はドーム型となっており、祭壇で話す人の声は観覧席の隅々までよく届く。ギオラとオリヴァーの会話内容は、神殿中の人々に一字一句違わず届いているということだ。
イシュメルの目にはギオラの唇の震えがよく見えた。銀色の瞳は大きく見開かれて、涙とともにまぶたの内側から零れ落ちてしまいそう。
「ギオラ……」
ギオラは気高い男だ。魔王としての矜持を保ち生きている。
強大な武力を有しながらも、悪戯に弱者を殺すことはしない。己が倒した敵に惜しみない賛美を送り、その者の愛刀を宝物のように手元に置いていた。およそ利のない決闘を二つ返事で受け、敵であるイシュメルに迷いなく武器を貸し、画策もせずに正々堂々と戦おうとした。戦いで死ぬことを恐れずに、首元に刃を突き付けられてもなお美しく、ギロチン台に向かう最中すら堂々としていた。
その気高く美しい魔王に、身体を暴かれた過去を語れよなどと。1000年隠し続けた人生の汚点を、たくさんの人々の前で演説のように語れよなどと。同じ男につけられた手錠の痕も、まだ消えてはいないのに。
観覧席は水を打ったように静まり返り、じきに語られるであろうギオラの言葉を待っていた。アリシアもオリヴァーも、サラもエマもエイダも、リュイもザカリも皆。ギロチン台の瓦礫に腰かけるギオラを、食い入るように見つめている。無遠慮な好奇の視線だ。
止めてくれ、イシュメルはたまらず席を立った。手首にはめられた鉄枷が、がちゃりと思いのほか大きな音を立てて、視線は一気にイシュメルの元へと集まった。
降り注ぐ視線、抗い難い重圧。
イシュメルは覚悟をした。全ての毒を食らう覚悟を。
次いでドン、ドンと大きな音が2度。神殿が大きく揺れ、光球に打たれた神殿のに2隅から砂埃が上がった。
観覧席の間を獣が駆けた。いや、はたしてそれは本当に獣なのか。しなやかな4足と、鉛色の体毛におおわわれた胴体は馬のそれ。
しかし獣の胴体には不可思議なことに少女の上半身がのっていた。くせのない鉛色の髪を背中に垂らした愛らしい少女だ。観客を飛び越え、疾風のように祭壇へと向かうその姿は、神々しささえ感じさせた。
その少女の背中には、もう1人別の少女がまたがっていた。少女は祭壇の上に降り立つと、獣の下半身を持つ少女と2人、ギオラに向けてうやうやしく腰を折るのである。
まなじりに涙の粒を浮かべ、みずみずしい唇を震わせながら。
「主。城を守れとのご命令に背いたこと、心よりお詫び申し上げますわ。けれども主の戻らない城など、守っても意味はありませんの」
ギオラはつぶらいた。サラ、エイダ。
静まり返った神殿内に、カツカツと高らかな靴音が響いた。皆がいっせいにその足音のする方を見れば、観客席の間を一人の青年が歩いている。あごを高く引き上げ、目線は真っ直ぐに祭壇の方へ。ぴんと背筋を伸ばして歩く様は、勇ましいドーベルマンのよう。
青年が祭壇のそばで歩みを止めたとき、アリシアはこぶしを震わせて叫んだ。
「ザカリ・アスラム……一体どういうおつもりですか! 神殿に魔族を招き入れるなど!」
「失敬、特別お招きするつもりはなかったのです。けれども魔王を処刑するのならば、事前に魔王城へ一報を入れるのが礼儀かと思いまして。終夜馬を走らせ、魔王城へと赴いたところです。すると魔王の眷属であるエイダ様が、魔王を弁護するためぜひ神判に立ち会いたいとおっしゃいまして。確か神判では、罪人の弁護をするために発言が認められておりましたよね」
「み、認められるはずがないでしょう! 神判の場で魔族が発言するなど」
「認められない、ということはありませんよ。聖ミルギスタ王国の法では、『神判の場では望む者に等しく発言の機会が与えられる』とされています。発言者は人間に限るとの記述はありません。法は神のご意思によって定められたもの。神の代弁者である聖女が、神の定めた法をないがしろにするのですか?」
「それは――」
アリシアは宝石のような眼を見開いて、餌を食む魚のようにぱくぱくと口を動かした。指先はふるふると震え、陶器のような頬は朱に染まっている。
きぃ、と扉の動く音がして、神殿の扉からまた一人の少女が姿を現した。サラと同じく獣の下半身を持つ少女――エマだ。エマは開け放たれた扉を丁寧に閉めると、トコトコと足音を立てて祭壇へ向かう。
これで祭壇には3人の魔王の眷属がそろったこととなる。双子のサラとエマ、そしてエイダ。
3人の眷属たちは、大破したギロチン台を背に堂々と立つ。ギオラを守るように。
「私たちと主に発言の機会をいただけるかしら。聖女様」
エイダの問いかけに、アリシアは心底悔しそうにうなずいた。
***
――間に合った
祭壇に並ぶ少女たちの背中を見て、イシュメルはへなへなとその場に座り込んだ。
ザカリを魔王城へと向かわせたのはイシュメルだ。昨日天秤にまつわる話をした後に、ザカリの耳元でこう訴えたのだ。「もしもお前が魔王を殺してはならないと思うのなら、すぐに魔王城へと赴いてくれ。エイダという名の少女を連れてくるんだ。彼女の魔法があれば神判をぶち壊すことができるから」と。
そしてサラとエマという足の速い姉妹がいることも伝え、イシュメルはザカリと別れた。
ザカリが魔王城へ赴いてくれているのか、否か。イシュメルには知る由もなかった。独房に閉じ込められていたのだから当然だ。例えザカリが動いてくれても、死刑執行までにエイダが到着できるという保証もなかった。残された時間は1日もなかったのだから。
イシュメルの願いは届いた。エイダの魔法はギロチン台を打ち砕き、ザカリは言葉巧みに聖女から発言の機会をもぎとった。眷属一を自称する攻撃魔法の使い手であるエイダと、魔王討伐パーティーの頭脳であった智将ザカリ。敵に回せば恐ろしい、しかし味方となればこんなに頼もしい存在があるだろうか。
そうはいっても――結末はまだわからなかった。発言の機会が与えられたのだとしても、ギオラは死刑を宣告された罪人のまま。イシュメルは祈るような気持ちで少女たちの背中を見つめた。
「私の名前はエイダ。生まれは聖ミルギスタ王国の東方にあるハドネの村。700年も昔、村の者が私を魔王へと供物として差し出し、以来眷属として魔王殿下にお仕えしているわ。誰に強制されたのではなく、私自身の意思で」
エイダの発言は観覧席にどよめきを巻き起こした。「魔王の供物となった少女は、残酷な方法で殺されるはずでは」「あのように若く美しい姿で何百年もの時を生きているの?」と。
エイダに続き、サラもまた口を開いた。
「私はサラ。隣は妹のエマ。生まれは聖ミルギスタ王国北方に位置する小集落ジナ。私たちは生まれつき足が不自由で、集落が魔族に襲われたとき逃げ出すことができなかった。そうして魔王の供物となった私たちに、主は自由な脚をくださった。こんなにも自由で素敵な脚を」
サラとエマは手を取り合って、トコトコとその場で足踏みをして見せる。ダンスのように楽しげな仕草だ。幾千の観衆の視線にさらされながらも、サラとエマは微笑を絶やさない。4本の脚で立つことが誇らしくて仕方がないのだというように。
発言はエイダに移った。
「主は供物として捧げられた少女を、決して悪戯になど殺さない。かたくなに眷属となることを拒み、主自ら命を絶つ少女がいることは事実だけれど。それでも主は少女たちの遺体を適切な方法で葬っている。最期まで人として扱っているわ」
「エイダ殿……とおっしゃったか。弁護に口を挟むようで失礼。そもそもなぜ魔王殿下は供物など求められるのだ。魔王城の労働力とするためか?」
と質問を投げかける者は国王オリヴァー。
エイダは唇に指先をあてて考え込むと、助けを求めるようにギオラの方を見た。そう言われてみればどうしてなのかしら、と。
ギロチン台の瓦礫に腰かけたままのギオラもまた、答えを探して視線を巡らせた。
「始まりは……多分そこのエイダだ。ハドネ村の者たちが少女を供物として差し出し、魔族の襲撃から村を守った。その噂が近隣の村町へと広がり、『魔王に供物を捧げれば村は助かる』などという伝承ができあがった」
「では魔王殿下は、自ら供物を求められたことは一度もないと?」
「ないな。俺とて戦うことは好きだが、無抵抗の女子どもをいたぶる趣味はない」
「ならばなぜ魔王殿下の口から一言おっしゃっていただけなかった。『供物など不要だ』と。さすれば大切な娘を供物にとられ、涙を流す親などいなかった」
オリヴァーが語尾を強めれば、ギオラはふんと鼻を鳴らした。
「俺は戦場にはでない。ただ攻め入られた分は攻め返せと、魔王軍の元帥に命ずるだけだ。戦場となった土地で、その土地の者と魔王軍との間で、どのようなやり取りがなされるのかを俺は知らない。しかし俺への供物を捧げれば魔王軍は村を襲わないのだろう。ならば戦場において、供物は必要不可欠な存在なのだろうて。俺が求める、求めないなど関係なしに」
「貴方は……魔王軍の侵攻には一切関与していないとおっしゃるのか。魔王を名乗りながら、戦場で何が起こっているかをまるで知らないと?」
「ほう。では聖ミルギスタ王国の国王殿下は、国王軍の動向を自らの手足のように把握しているのか。ほんの一月ほど前、国境沿いのエルフの集落が聖ミルギスタ王国の国王軍に襲われた。国王軍の兵士らが、見目麗しきエルフを相手にどのような蛮行を働いたかを、貴方はご存じなのか?」
オリヴァーはぐ、と言葉に詰まった。
こうして互いの非を責め合うことに意味などない。現在の人間と魔族の関係は、いわばぐちゃぐちゃに絡まり合った毛糸玉。がむしゃらに手をかけたところで、絡まりが解けるはずもなかった。
まずすべきことは始点を探すことだ。そこから焦らず丁寧に絡まりを解いていく。そのことに、賢王と名高いオリヴァーは気が付いたようだ。
「……魔王殿下。そもそもの始まりをうかがっても宜しいか。なぜ人間と魔族はこうも憎み合うようになったのだ。仕事がら歴史書をめくる頻度は多いが、目ぼしい記述に行き会った経験はない」
ギオラはイシュメルのいる方へ視線を動かした。そうしてイシュメルの瞳を見つめたまま、静かに語り出した。
「始まりは……聖ミルギスタ王国建国後間もない頃だ。年数で言えば今から1000年近くも前になる。俺は人間と魔族の共存のため、初代国王殿下に宮殿へと招かれた。しかし交渉は決裂。その後、初代国王殿下は幾度となく魔王城に国王軍を送ってよこした。俺を殺すために。俺とて殺されては叶わないからと抵抗した。それが始まりだ」
「なぜ交渉は決裂されたのだ」
「それは――……」
ギオラの視線はイシュメルから離れ、幾千の人で埋め尽くされた観覧席を見つめた。神殿の天井はドーム型となっており、祭壇で話す人の声は観覧席の隅々までよく届く。ギオラとオリヴァーの会話内容は、神殿中の人々に一字一句違わず届いているということだ。
イシュメルの目にはギオラの唇の震えがよく見えた。銀色の瞳は大きく見開かれて、涙とともにまぶたの内側から零れ落ちてしまいそう。
「ギオラ……」
ギオラは気高い男だ。魔王としての矜持を保ち生きている。
強大な武力を有しながらも、悪戯に弱者を殺すことはしない。己が倒した敵に惜しみない賛美を送り、その者の愛刀を宝物のように手元に置いていた。およそ利のない決闘を二つ返事で受け、敵であるイシュメルに迷いなく武器を貸し、画策もせずに正々堂々と戦おうとした。戦いで死ぬことを恐れずに、首元に刃を突き付けられてもなお美しく、ギロチン台に向かう最中すら堂々としていた。
その気高く美しい魔王に、身体を暴かれた過去を語れよなどと。1000年隠し続けた人生の汚点を、たくさんの人々の前で演説のように語れよなどと。同じ男につけられた手錠の痕も、まだ消えてはいないのに。
観覧席は水を打ったように静まり返り、じきに語られるであろうギオラの言葉を待っていた。アリシアもオリヴァーも、サラもエマもエイダも、リュイもザカリも皆。ギロチン台の瓦礫に腰かけるギオラを、食い入るように見つめている。無遠慮な好奇の視線だ。
止めてくれ、イシュメルはたまらず席を立った。手首にはめられた鉄枷が、がちゃりと思いのほか大きな音を立てて、視線は一気にイシュメルの元へと集まった。
降り注ぐ視線、抗い難い重圧。
イシュメルは覚悟をした。全ての毒を食らう覚悟を。
1
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる