白銀のたてがみはもうありません

えちすると……☓☓☓(ぺけぺけぺけ)

3

　村に住んでいた時は、森や誰も近寄らない谷で、狩りをして暮らしていた。
「ここで狩りはできない。せいぜい川で魚を捕る程度だ。あとは、町へ買出しに行く」
「イオが……町に、買出し……」
　村外れの家に住み、村人たちとほとんど関わりを持たずに暮らしてきた。トールが買出しに行ける年齢としになってからは、特に。それはトールの仕事なったからだ。
　そのイオが……そう感慨深く思っていると、
「もう、隠れて暮らす理由もなくなった」
　心のなかを読んだように答えた。
「あ、そうだよね！　イオはもう人間ひとになったんだから。獅子でも村の守り神でもなく、人間ひとに！」
「そうだな」
　そう言いながら、隣に腰を下ろす。
「喉渇いたろ。さあ……」
　グラスが眼の前に掲かかげられる。それを受け取ろうとした瞬間、視界から消えてしまった。
「え？」
　何故かそれをイオが呷っている。
　トールの手は宙に浮いたまま。
「え？　は？」


　それ、ボクにくれるんじゃ……？？


　脳内に、ハテナハテナが飛び交う。
　状況が掴めずにいると、頭部をぐっと押さえ込まれた。眼の前にどきどきするような美しい顔が迫ってくる。
「イ──」
　言葉にする間もなく、口を塞がれた。
　口のなかに甘い液体が広がる。少しずつ少しずつ流され、喉を潤してゆく。
　イオが口に含んだジュースを、自分の口のなかに流し入れていることに、彼はやっと気づいた。
　実際にはほんの一瞬だったのかも知れない。しかし、トールにはそれが長い長い口づけのように思えた。
　口内の液体を全て流し入れると、やっと顔が離れ──そして、また近づく。ぺろっと口許を舐められた。
　どうやらトールが上手く飲み切れず滴らせたものを、舐め取ったらしい。最後に紅い舌でペロリと己の唇を舐める。
　まるで、獣のように。
「甘いな……」
　トールの顔は、羞恥で朱くなりながらもかなりの膨れっ面だ。
「どうした？　おかわりか？」
　意地の悪そうな声で言うイオの手から、グラスを奪い取る。
「けっこうです！」
　ぐいっと呷る。
　それを見守りながら。
「味見はまだだったが、まあ、上手くできたか」
「うん、おいしいよ」
　膨れっ面はもう引っ込んでいた。子どもっぽい態度を取ってしまったかと、上目遣いに見る。
「そうか。良かった」