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第十章
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しおりを挟む冬が終わり春が来た。
『二人』が座っていた机の上の花もいつしかなくなり新たな生徒が座る。寮の部屋もここに誰が住んでいたかもわからない転入生が住んでいる。
学院ではもう誰も二人のことは口にしない。
暗い廊下を歩きその扉を開けると一瞬目が眩むような眩さを感じる。
「今日も楽しそうね、華さん。涼さんも嬉しそうな顔して」
ふふふっと伊吹こそが楽しそうに笑っていた。
そうは言っても、華が抱きしめたり口づけしているのはただの白い頭蓋骨だった。
涼の頭部はエンバーミング効果もなくなり次第に腐敗が始まって、やがて白骨化していった。揺り椅子に座っている身体も同様だった。
それでも伊吹の目には二人が幸せそうに映っていた。
「涼さん……貴女は私にはけしてそういう顔は見せなかったわね……怯えた顔か睨むようなきつい顔……最期まで」
「どういうつもりだ、伊吹」
「どういうって……たまには二人でお茶をしましょう」
応接間のテーブルには二人分のティーセット。茶菓子と果物が載っていた。しかし、背後にいたシスターに押さえ込まれ無理矢理連れて来られた涼にはティータイムを楽しむことなど到底不可能だった。
「あんたとお茶なんてするつもりもない」
「涼さんは……いっつもそんな顔ねぇ。真白さんや華さんに向けるような顔をどうして向けてくださらないのかしら」
大袈裟に溜息を吐く伊吹に涼は苛立つ。
「そんなこと出来る筈ないだろ」
「嫌われたものだわ」
何処か哀しげである。
「嫌ってるのはあんたのほうだろ」
「…………」
いつまでもこんなところにいたくはないと、涼は立ち上がった。今はもう拘束されてはいない。
足早に扉のほうに向かって行く。
「待って!」
伊吹の珍しく必死な声が追いかけてくる。しかし涼は答えない。
扉の取っ手に手を掛けた瞬間、背中に熱さを感じた。
「……っ」
それは激しい痛みに変わる。そして二度三度と衝撃が加わる。
「待ってって言ったのに……」
耳元でする伊吹の声は涙で震えているようだった。
伊吹の手の中で果物ナイフが光っていた。
涼は伊吹に支えられながら奇妙なオブジェが点在する不気味な部屋を歩いていた。もう逆らって動ける程の体力も残っていない。
「……かわらず気味の……悪いところだ……」
過去にも連れて来られたことがある。あの頃よりオブジェは増えている。
由依。絵玲奈。シスター・ユリア。
口に出すのも億劫だった。
不気味なコレクションの最後は。
顔を造作もわからない程に切り刻まれた頭部。
「ま……しろ」
もう自分では動かせないと思っていた手で伊吹を跳ね除ける。
その円筒形の容器に縋りついた。ガラス面に赤い手形がつく。
「ましろ……」
頬に涙が伝った。
彼女が最期にその目に映したのは無惨な真白の顔だったが、脳裏に浮かんだのはもしかしたら華の顔だったかも知れない。
「美しい……と思ったわ。初めて顔を合わせた時、その黒髪も黒い瞳も」
しかしホワイト家の濃い血を受け継ぐ者としてそれは認めてはいけないことだと思った。
「最初の向き合い方を間違ってしまったわ……もっと普通に姉妹らしく……」
そう今更思っても仕方ないことだし、あの時そう思ってもそれはきっと出来なかったことだろう。
「真実に欲しかったのは……真白さんでも華さんでもなく……」
しかし自分に向かって微笑む涼の顔など想像すら出来なかった。
「いいわ……今はこうしてわたくしの傍にいるもの……永遠に。わたくしの作った匣庭で」
『二人』の姿を愛おしそうに眺め、白い世界の扉を閉じた。
ここは『イヴたちの館』。
美しくも、恐ろしい……血に塗れて女だけの園。
一度入ったら出ることは叶わない…………。
完
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ある意味伊吹が一番純粋だったのかな。
素晴らしい作品をありがとうございます。
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最後までお読み頂き感想までありがとうございます🙏✨✨
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更新楽しみしていてくださって本当に嬉しいです😭
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お読み頂き感想まで頂きありがとうございます😭🙏
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最後まで楽しんで貰えるよう頑張ります(ง •̀_•́)ง