Engagement(エンゲージ)―約束― 花色の章

さくら乃

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 今朝までなんの不安もなかった。
 ただのハリウッド・スターだと思っていたあいつが、詩雨さんの親戚で、詩雨さんのことを狙っていると知るまでは。


 長い廊下にぽつんぽつんと灯りがともる。
 何処か気味の悪さも感じさせるが、今の俺には関係ない。とにかく、詩雨さんと二人きりで話がしたい。
 いや、話なんてしなくたっていいんだ。
 二人でいられるなら。

(くそっ、なんで、こんなに俺の部屋と詩雨さんの部屋は離れてるんだ)

 スタッフが決めた配置。もちろん、そのスタッフには何の悪気もない。
 それに。本当はたいした距離ではない。同じ階の端と端。確かに広い館ではあるが、いうほど遠くもない。ただ、それ程俺が焦っているだけだ。
 やっと、一番端の部屋に辿り着く。
 トントンと扉をノックすると、
「どうぞ」
 と、中から声がした。三十半ばの男にしては、トーン高めのクリアな声。
 俺は待ってましたとばかりに勢い良く扉を開けた。

「詩雨さん!」
「ハル、どした?」

 部屋の中は俺の部屋と然程変わりない。
 ソファーとテーブルのセット。クローゼット。それから、ベッド。
 誰かと話をするなら、まず、ソファーだろ。
 それなのに。
 何故二人はベッドに並んで腰かけてるんだ?

「あれ? ハルくん。こんな時間にどうしたの?」

 夜なのに、青空よりも爽やかな笑顔。
 俺は無言で二人の座っているベッドに近づいていく。
「おまえ……いや、カイトこそなんでここに」
 口汚くなりそうになるのを押しとどめる。
には今までに会えなかった分の積もり積もった話があるんだ」
 爽やかだけど何処か挑戦的な目。そう見えるのは俺だけか。
「無用心じゃないですか、詩雨さん。こんな時間に男を部屋に入れて。しかもベッドでなんて」
「え? ハル? オレ、男だよ。それって女の子に言う言葉じゃない?」
 さも可笑しそうに笑う。

(ああ……)

 俺は頭を抱えたくなった。
 そうだ。詩雨さんは自分の魅力をわかっていない。俺以外の男にもで見られているってことを。

「そうそう。それに僕は親戚だからね」

(親戚だって、危ねぇもんは、危ねぇんだよ。特におまえは!)

 そう言いたいのをぐっとこらえた。取り敢えずヤツの言葉はスルーすることにした。

「俺、明日朝イチで東京戻るから。それで話がしたいと思って」
「あ、そうか。それじゃあ、一緒に話してく?」
 悪気なし。しかも、可愛く微笑みかけられる。

(かわ……。でも、それちょっと違う、詩雨さん)

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