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しおりを挟む夕食後は大抵、それぞれの部屋にあるバスルームを使う。人心地つくと、決まってオレは広いリビングにあるグランドピアノに触れる。そのうち冬馬も部屋から出てきて、オレの傍らで聴き始める。
五年生になって半年くらい経った頃からだろうか。オレは何かと忙しく、動きまわされ始めた。
楽団のコンサートに、ピアノコンクール。特に演奏もしないのに、何故か呼ばれるテレビ番組の出演。
登校できない日が次第に増えてきた。そして、冬馬に会えない日も。
こうやって、ゆっくり、何も考えずにピアノを奏でるのは、本当に久しぶりだ。
( やっぱり、冬馬の傍で弾くのが、一番いい )
「好きだよ……詩雨のピアノ」
冬馬がそう言ってくれると胸が高鳴る。初めてピアノを聴かせた日から、ずっと。
( オレは何にも囚われず、独りでピアノを弾くのが好きだ。でも、誰かの為に弾くのなら ── 冬馬の為だけに弾きたい。ずっと ── )
**
翌日の夕方には、両家の家族が揃うという日。オレたちは朝食を済ますと、多めのサンドイッチを作り、それを持って沼の畔に行った。
ひとしきり遊び、昼食を取った後、太い木の幹に寄りかかって話をしていた。
ふと気づくと冬馬からの返事が返ってこなくなっていた。不思議に思い隣を見ると、彼は小さく寝息を立てている。昨晩は夜更かししたのに、今朝は早めに起きたせいだろう。
きりりとした眉が少し下がり、意思の強そうな瞳が伏せられると、まだ子どもっぽさが残っている。
オレはカメラを構えた。余り写真を撮らせてくれない冬馬の、しかもレアな寝顔をゲットした。
シャッター音がしても、冬馬は眼を開けない。まじまじと彼の寝顔を見つめていると、次第にその唇に眼が吸い寄せられていった。
やや大きめの厚みのある唇。その唇を指でそっとなぞった。
( こういうの……セクシーっていうのかな )
見つめているうちに、心臓が激しく音を立て始めた。
その時。
「ん……」
触れていた唇から小さく声が漏れ、微かに身動ぎをした。オレは慌てて彼から離れた。
( 何やってるんだ、オレ )
結局冬馬は眼を覚まさなかった。オレは再び木の幹に寄りかかり、何も考えないようにして、ぎゅっと眼を瞑った。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「詩雨、詩雨」
と呼ぶ声に目を覚ますと、いきなり大粒の雨が顔中を叩いた。
「痛っ」
オレは思わず呻いた。
「詩雨、早くっ」
腕を捕まれ、引き起こされる。強く握られたそのままで、走って屋敷内に飛び込んだ。
「ぽつぽつ降ってきたかと思ったら、いきなりこの雨だ。俺たちびっしょりだな」
「うん……」
手はもう離されていた。雨でぐっしょり濡れて肌寒いくらいだというのに、捕まれていた腕はひどく熱いように感じた。
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