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ハルが差し出した紅い組紐を、オレは震える指先で触れようとした。
「いつも髪を結っていたこの紐。大事なものだって言ってましたね」
急に今までと違う硬い声でハルが言う。表情も無い。ただでさえ背も高く体格も良い男なのに、そんな雰囲気を醸しだして見下ろされては、酷い威圧感を覚えずにはいられない。
オレはびくっとして伸ばした手を止めた。
「橘オーナーからの贈り物とか?」
そうだ。あの幼い冬馬からプロポーズされた時に、髪につけて貰ったもの。冬馬は忘れてしまっていたようだか、オレにとってはとても大切なものだ。
あのクリスマスパーティーの事件の後、秋穂は義理の両親に婚約させられた。それから冬馬と秋穂の間には少しずつ距離ができ始めた。
冬馬は特に好きでもない女とつき合い始めた。そしてそれはかなり早い周期で入れ替わる。遊びとしか思えない。
秋穂への想いを断ち切るかのように。
オレを ── 選ぶことはなかった。
あの日、オレは初めて冬馬の焼き切れそうな熱を感じた。秋穂への熱い想い。オレへ向けた気持ちなどやはり友愛か兄弟愛のようなものなのだと、改めて打ちのめされた。
秋穂への熱い想いに踠く冬馬を、見るのが辛くて。その熱さがオレに向くことがないのだと、感じ続けるのが苦しくて。
オレも彼から離れる為に聖愛以外の大学を受験した。
大学入学の時、オレは冬馬が『綺麗だ』と言った髪を黒く染め、冬馬が『宝石みたいだ』と言った瞳をカラコンで隠した。
それは同時にオレのなかでピアニスト柑柰詩雨を完全に封じ込めることにもなる。
オレは、別な人間として歩もうとした。
カメラマン『SHIU』もその延長線上にある。
何年も前にカンナ交響楽団をやめたオレのことなど世間は覚えていないだろうが、何か思いもよらないトラブルが起こらないとも限らない。その時に家族や楽団に迷惑をかけないようにしたかった。
私生活を明かさない『SHIU 』にはその意味もある。
もう何年も偽りの自分で生きてきた。でも、これだけは外すことができなかった。
冬馬のくれた紅い組紐。
Citrus のオーナーになって更に冬馬の女遊びが激しくなっても、眼の前からいなくなった今でも、それは変わらなかった。
結局オレは何処かで諦めきれていなかったのかも知れない。運命の赤い糸のように、この紅い組紐でいつか繋がれることを望んでいたんだ。
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