白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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 とある地方の神話。

 その地を作った神が気まぐれに、浮遊する意識体を救い上げ二つに分け、人形ひとがたを創りだした。
 白銀の髪。青と銀の瞳をもつ、美丈夫。神の息吹きで、その体内に神の気を宿す。

 しかし、その者は何処かヒトとして欠けていた。性格は荒ぶっており、悪行の限りを尽くす。略奪暴行、罪なき者を辱しめ、人とも獣とも交わり、時にはその肉をも食らう。

 神はそれを疎ましく思い、その人形ひとがたを恐ろしい獣の姿に変えた。のものの本質と同じ、美しくも恐ろしい姿に。

 そして、昼なお暗い谷底に閉じ込め、近隣の地の守護とした。自らは自由の利かぬ身で、ただただ、その肉体から溢れ出る神の気で守るのみ。


 のものの戒めを解く方法は、ただひとつ……。


★ ★


 その小さな子どもの、空色ベイビーブルーの瞳は──その、美しく恐ろしい獣の姿を映していた。

 燃え立つような、白銀のたてがみ。
 青と銀の、オッド・アイ。

 “銀の魔物”──そう呼ばれ、人々に恐れられる獅子は、その誇り高き姿を、月光に浮かび上がらせていた。

 しかし、銀物は、手負いであった。血が、くれないの花のように、胸許に散っている。それは、決して、彼がその牙と爪にかけた獲物の、返り血ではない。

 銀色の獅子は、唸り声を上げ、己に近づく者を威嚇していた。

 その姿を、幼子は見つめ続けていた。魔物の神々しいまでの美しさに魅入られたように。

 やがて、その子の瞳のなかで、獅子は静かになった。そのオッド・アイが、何処か懐かしい……優しげな色を滲ませる。
 幼子と獅子。互いが互いの、瞳のなかにいた。

 その子の小さな手が、おずおずと伸ばされる。銀の獅子は、その手を黙って受け入れ、静かにその場に座った。
 幼子はにっこり笑って、彼の首に両腕を回し、美しき獣を抱き締めた。

 静かな夜。

 月光が、幼子を見守る銀色の獅子と、獅子の傍らに眠る小さな子どもを、柔らかく包み込んでいた。


 谷の何処かで、ぽつんと、瑠璃色の花が咲いた……。
 
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