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朝の光の眩しさに、トールは眼を覚ました。
寝台の上に半身を起こすと、彼は大きく伸びをした。すぐ横の窓が少し開いている。朝の少し冷たい風が、柔らかそうな金色の髪をさらりと揺らす。
「今日もいい天気だな」
窓から見える青い空を見ながら、大きな独り言を言う。
ふと気づくと、寝台の傍らに、腕を組んだ男が渋い顔をして、立っていた。
「あ、おはよ、イオ」
トールは、この爽やかな朝に負けないくらい、爽やかに笑った。しかし、イオの眼は冷たい。
「な……っにが、おはよ、イオ、だ」
言葉も冷たい。
「いったい、何度起こしたと思ってんだ」
「あ」
少年は、小さく声を上げた。
そう言えば……浅い眠りのなかで、誰かが呼んでいたような……。
ぺろっと、悪戯っぽく舌を出す。
「ごめん」
「まあ、いいさ」
イオの表情が優しくなった。
先程の冷たい顔は、これっぽっちも本気でないことくらい、トールには分かり切っていた。
きつい印象を与えがちのその美貌は、微笑めば思いの外、優しい。息子であるトールでさえ、どきんっとする程だ。
「どうした?」
なかなか寝台を下りない息子を、父親は不思議に思った。
少年は、何処か遠くを見るような眼差しをする。
「夢……見たんだ」
「夢?」
「うん、前にも見たことがある、夢──銀色の獅子が出てくるんだ……」
「銀色の……獅子……」
イオが口のなかで繰り返す。
彼がほんの僅か表情を変えたことに、少年は気づかない。
「余り覚えてないけどね」
と明るく言って、寝台を飛び降りた。
★ ★
「明日は、“谷”に行くぞ」
そう言った昨夜のイオの予告通り、朝食を済ませた後、彼はトールを連れて“谷”へと向かった。
そこは、“瑠璃の谷”と呼ばれる場所だった。
柔らかな土の上は勿論のこと、岩肌と言わず、水中と言わず──見渡す限り一面に、瑠璃色の小さな可愛らしい花が咲いている。それはまるで、谷、それ自体が、瑠璃色に輝いているかのような美しさだ。その輝きの片鱗は近隣の村々からも臨むことができる。
そして、その花は凍てつく冬の日であろうとも咲き続ける。
いや……この“瑠璃の谷”には、冬など来ないのだ。この谷だけは、まるで時が止まってしまったかのように、一年中が穏やかな季節。
“瑠璃の谷”は、そんな、不可思議な谷だ。
しかし、ここが“瑠璃の谷”となったのは、ほんの十数年前から。その前までは、周りを取り囲む森よりも更に、昼なお暗いところであった。
それ故、近隣の村人の間では“悪魔の谷”と呼ばれ、若い者の中には“聖地”とも呼ぶ者もいる。
恐れられ、また崇められ、足を踏み入れる者はいない。そして、“瑠璃の谷”自身が受け入れない。
そう、鳥や獣、そして、ふたりの人間以外は──。
★ ★
イオは、狩りの名人だ。数か月に一度、谷に来ては、鳥や獣を持ち帰る。
二年程前、十三歳になってやっと、トールも連れてきて貰えるようになった。
弓矢を手にして獲物を追う、ひどく年若く見える父親を、トールは川から突き出た岩の上に座り込んで、じっと見つめていた。先程までやっていた魚取りには、もう飽きていた。今日の収穫はほとんどない。
瑠璃の谷は、何故父さんを受け入れるのだろうか。彼は“狩る”人間だ。
それなのに、瑠璃の谷は、彼に優しい……。
トールが見つめている間に、彼はまた獲物を捕らえた。立派な角を持った男鹿だ。
イオが狩りをする時、獣たちは、自らその身を彼の前に差しだしている。
そんな風に見えるのは、ボクの気のせいだろうか、とトールは思う。左眼だけで、少しも狂うことなく、動く標的を射ることができるというか。
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