白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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 傷ついた頬を撫でる、湿ってざらついた感触。カサカサと上掛けを剥いでいく気配。更に爪と牙で衣服を裂いていくような……。
 

 食べられる……っ!


 傷ついた身体の其処彼処を舐められ──しかし、想像した痛みはやってこない。肉を引き裂かれる痛みは。
 いつまでも舐め続けられ、逆に今までの痛みが引いていくような気さえしていた。
 再びそっと薄めを開けると、獅子と眼が合う。

 
 銀と青の……宝石みたいな……。

 優しい瞳……。
 


 そう感じた。
 

 銀色の獅子……。


 月光を浴びて銀色に見えているのかと思った。そうではなかった。
 全身が銀色の獅子だった。そして、今は銀色の光をも纏っていた。
 白銀の、神々しいまでの輝き。

 そう認識して、すっと意識が遠退いた。


★ ★


「眼が覚めると……その夜のことは何も覚えてなかった。激しく傷つけられた身体は、擦り傷と打撲程度になっていて、みんなが奇跡だと言ってた。みんなと同じ嘘の記憶を信じてた……春頃まで」
「嘘の記憶? オレやフィンたちばかりじゃなくて、村の人たちまで? そんなこと、あるわけ──」

 そんなことあるわけない。
 そう言おうとして。


 ほんとに? ほんとにない?
 こんなにも心が騒めいているのに?


 トールの心を読んだように、こくんとフィンが頷く。

「ある朝、霧が晴れるみたいに、急に思い出したの。あの夜のことも、それ以前のことも。不思議な話……でしょ……?」


 痛い……っ。


 急に身体が熱くなる。痛みを感じる程に。
 その痛みの中心は。


 あの、痣が……。


「あの銀の獅子は、もしかしたら、神様だったのかも」
「そんなわけあるか……っっ」
「きゃっ」
 
 もう、記憶は今にも溢れ出そうになっている。
 それが怖くて、拒絶した。
 フィンを突飛ばし、バタンッと扉を閉めた。

 鍵をかけ、扉に手をつき、はあはあと荒い呼吸をする。


 痛い。熱い。


 扉の脇にある鏡に自分の姿を映し、ぐっと襟を下げる。普段は服に隠れて見えない、鎖骨の窪みの辺り。
 昔からある筈の痣が、今つけられたかのように見える。紅く、色鮮やかに。


 なんで。


 頭がずきんずきんと激しく音を立てている。ふらつき、あちこちぶつかりながら、どうにか寝室まで辿り着いた。


★ ★


 寝ているのか、起きているのかわからない時間を過ごし、ふと気がつくと月の光に照らされていた。

 頭は、霧が晴れたかのようにすっきりしていた。
 まるで、今まさに目の前の出来事のように浮かびあがってくる。


 肩よりも長い金色の髪。いつも、銀のリボンで結んでいる。ボクがあげたリボン。

 目覚めないボクを起こす不機嫌そうな顔。

 長い前髪で片眼を隠した、冷たい印象を与える美貌。微笑めば、どきんと胸が音を立てる。
 ボクだけに見せてくれる笑顔。

 ボクを背負う温かな背中。
 涙を拭う、舌の感触。

 大好きな……イオ。


 全てを思い出す。
 いなくなる前の数日間の気まずさ。


 の朝、イオはボクを起こさなかった……。


 つつーっと、涙が頬を伝う。
 それを拭ってくれる舌はもうないというのに。

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