白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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 父さんイオと、ずっと一緒に暮らしていた……。


 ぼんやりだった父親の顔が、一瞬はっきりと浮かんで消えた。


 同じ言葉を、フィンの口から聞いた。
 あれはいつ?


『あら、あの人、トールのお父さんじゃないんでしょ』
『だって……お母さんが』

 今とは違う。十二歳の少女の口から。

「お母さんが、おまえは“銀の魔物”に襲われたって言ってたけど、あれ違うよ。黒い大きな山犬だった……」

 フィンの家を出たのは、彼女が大怪我をしてすぐのこと。
 最後に見たのは、衣服も皮膚も引き裂かれた血まみれの姿。
 もう助からないかも。それが辛くて逃げ出した。
 彼女が奇跡的に助かった後も、逃げ出した自分に罪悪感があり、前のように接することができなかった。


 奇跡的に助かった……何処にも傷もなく……?


 急に思い立った。
 混乱に更に混乱が重なる。

「あの日、私が大怪我をした日の朝、トールの家に行くところだった。お花を摘みながら歩いていて……いつの間にか、森の近くにいた。そしたら、大きな山犬が森のなかから出てきて──」

 その時のことを思い出してか、自分の肩を抱いて微かに震えている。

「飛びかかられて、あちこち噛まれて……痛くて、もうダメだと思った。そしたら、急に山犬が悲鳴あげるように鳴いて、私の上で動かなくなった──私、叔父さんに助けられたのよ」
「父さんに?」
 こくと頷く。
「叔父さんの顔を見て──それが、その時の最後の記憶」

 ざわぁっと胸が騒ぐ。記憶の奥底に仕舞われていたものが、溢れ出てきそうな感覚。掴めそうで、掴めないような。

「あのね……」
 今までとは違い、少し自信無さげに口ごもる。
「不思議な話なんだけど…………。眼を覚ましたら窓から月が見えて──」


★ ★


 薄く開いた眼に、窓の向こうに月が滲んで見えた。
 何処も彼処も痛くて堪らない。もう助からないだろうと、彼女は感じていた。
 自分で動くことも出来ず、顔はずっと窓の方を向いたままだ。
 だから、音もなく独りでに窓がひらいた瞬間を見たのだ。

 
 天使さまがお迎えに来たの……?


 この痛みがなくなるなら、それでも良いと思った。
 しかし、窓から見えたのは、天使ではなく── 一頭の大きな獅子の姿だった。
 獅子は窓から、フィーネの寝ている寝台の脇に降り立った。


 銀色の……獅子?
 まさか、“銀色の魔物”?
 そんなはずない。
 月の光でそう見えるだけ。
 

 身体も動かなければ、声も出ない。
 諦めに支配され、何処か冷静にそう考えていた。

 獅子は大きく口を開け、長い舌をべろりと出した。


 私、食べられちゃうの?
 どうか、痛くありませんように。


 フィンはぎゅっと固く眼を瞑った。

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