白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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「見たことないのに、懐かしいってなんだよ」
 ははっと乾いた笑いを漏らす。
「でも…………」


 何故こんなにも“悪谷”に焦がれていたのか。
 何故毎日のようにここにやって来るのか。
 

「まるで、何かを探しているかのように……」


 いったい何を……?

 伝説の“銀の魔物”? 父親を喰い殺したという? かたきを討つ為に……とか?

 まさか。


 何度も繰り返してきた問いに今日も答えは出ず、身を翻し、森のなかへと入って行った。
 

★ ★


「なに? なんか用?」

 ここ数日、気分は下がり加減だった。
 様々な想いが渦を巻いて、谷に行っても草原に寝転んで物想いに耽るばかり。

 フィンは谷に行く前も、出かけるトールを少し離れたところから、物言いたげに見つめていた。
 そして、夕闇迫る今も。
 何もしていないと言うのに、疲れた身体を引き摺るようにして帰って来たトールの前に現れた。
 フィンが嫌いなわけではない。一緒に住んでいた頃は、本当の兄妹のように暮らしてきた。
 村外れの家に住むようになってからは疎遠になってしまったが、今も可愛いと思っている。
 しかし今のトールは機嫌の悪さを隠すこともできず、きつく言い放ってしまう。
 フィンの方に身体を向けたが、近づきはしなかった。
 彼女はその声にびくっと身体を震わせた。それでも逃げ帰ることはせず、何事かを考えている素振りをしている。

「用がないなら帰んな。もう夜になる」

 フィンを思いやる言葉であっても口調は厳しい。拒絶するようにさっと背を向け、家に入ろうとする。

「あのね!」

 扉が閉められようとした瞬間。
 怯えて小さくなっていたとは思えないくらいのはっきりとした声。
 トールが動きを止めたのがわかると、ぱたぱたと小走りに近づいた。
 扉で半分隠れた背中に向かって。

「私、思い出したの。そしたら、みんなの記憶がおかしいって気づいたの」
「…………」
「貴方もよ、トール」
「…………なんの……こと?」

 どくんと心臓が鳴る。


 聞いちゃいけない気がする。
 聞かなきゃいけない気がする。


 相反する予感。

「私たち、一緒に暮らしたことなんか、なかった」
「え?」
「トールのお母さんはいなかった。でも、お父さん──とふたりでずっと暮らしていたのよ」
「何言って──そんな筈ないだろ」

 心臓がばくばくいっている。平静を保つ為に冷たい笑みを浮かべた。

「一緒に暮らしていたイオが、トールの本当のお父さんかどうか、判らないけど……お母さんがっていつも言っていたから…………」

 
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