白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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「もう遥か昔のことだ」

 イオはそう話を切りだした。子どもに昔話でもするような口調で。

「この辺りに伝わる神話とは、また違う」

「お前の記憶は甦ったろうか──」

「覚えているよ──



★ ★


 遥か昔。まだ、神々が人間ひとの世界に降りて来ていた頃のこと。

 とある村に、歳の離れた兄弟がいた。親を早くに亡くし、弟は兄に育てられ、それは仲睦まじい兄弟だった。
 兄はこの辺りの土地を護る神を世話する役割を持っていた。彼は逞しく、男神に劣らない凛々しい美貌の持ち主だが、年頃になっても嫁を娶らなかった。
 何故なら、兄は弟をとても愛していたから。

 たやおかで優しげな美しい青年に成長した弟もまた、兄を手伝い、神の世話をする役割を担った。
 そんな彼は神に見初められ、天上界での世話も命じられた。その中には暗に夜伽の役割も含まれることは、誰でも知っていた。
 村からそういった役割の人間を差し出すことは、村の繁栄にも繋がり、村の者は皆それを歓迎した。


 ──この兄弟だけが、嘆き哀しんだ。
 弟もまた兄を愛していたから。
 神とはいえ、兄以外の者に触れられたくはなかった。
 

 その夜、村では神と、天上界へ旅立つ弟の為に酒宴が行われた。しかし、いつまで経っても兄弟は現れない。


 昼なお暗い森を抜け、村の者が誰も立ち入らない険しい谷。ごつごつとした岩肌、急斜面を傷だらけになりながら降りていく。綺麗な水の流れる川岸に辿りついた。

 誰もいない二人だけの世界。

 そこで初めて契りを交わし、幸せな心持ちのうちに、互いの胸を刺し──果てた。
 指と指を絡め合い、折り重なるようにして──。

 ふたりを囲むように、彼らの瞳によく似た色の小さな花が咲いた。その花は、ふたりの亡骸がやがて土に還るまで咲き続け、そして、散った。
 

 さて、酒宴の最中にふたりの死を知った神の方だが、激怒し早々に天上界へと帰って行ったのだった。
 その日から、その村は、大雨と日照りを繰り返した。作物も育たず村は荒れ、人びとの心もすさんでいく。いつしか、死に絶えたような土地となってしまった。


 ──兄弟の魂は来世で離れるのを拒む余り、輪廻の輪から外れ、空気中をただ漂っていた。それは、ふたりにとっては幸せなことだった。
 解け合ったり、分かれたりしながら自由に揺蕩う。
 しかし、それも永遠ではなかった。
 それを疎ましく思ったくだんの神が、また邪魔をする。
 ふたつの魂を引き離し、ひとつを輪廻の輪のなかに放り込み、もうひとつには呪詛を施し、とある場所に閉じ込めた。
 

 兄の魂は──ふたりが死した谷に、閉じ込められた。
 
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