白銀(ぎん)のたてがみ

さくら乃

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「お前をここから出してやろう。無論、人間ひとの姿で、だ」

「なんだって……?」
 グルゥっと軽く唸って、牙を剥き出す。
「どうした? 嬉しくはないか? 弟──今は、あんな幼子の姿だが」
 くくっと嗤う。
「傍にいられるんだぞ。そうだ──父親として、なんていうのはどうだ? お前もそれが望みだったのでは……?」
 酷薄そうな薄い唇が、にたりと弧を描く。
「それがあの男を見捨てた理由だとでも……っ!」
 怒りに身体が震える。
 しかし。
 全くなかったかと言われれば、どうなのか。心の片隅にあったのではないかという己への不信感に、黙り込んだ。
 宙に浮くその神の、冷たく美し過ぎる顔を見つめる。

 神は地に足をつけた。
 ゆったりと獅子に近づいてくる。
 それだけなのに、萎縮して身体が動かない。
 
「人の世に生きるには、お前の力は強すぎる。封じておこう」

 神は獅子の右の──銀の瞳に掌を当てた。
 そこから白い光が広がり、二人を覆いつくす。
 その光りは徐々に消えていき、そこにはもう、獅子の姿はなかった。

 男は──自分の手を見た。もう忘れてしまうくらい永いこと見ていない人間ひとの手だ。
 彼は後ろを振り返り、水鏡に自分の顔を映す。
「これは……」
 金色の髪。青い瞳。
 しかし、右眼はくっついたようにひらかない。
 その顔は、前世のものに似ている気もするが、もう余りよく覚えていなかったし、眼前の神の顔にも何処か似ているような気がした。

「どうして……?」
「どうしてとは?」
「貴方が親切心でこんなことをするとは思えない」
 訝しげに神を見る。
「──生まれ変わった弟といるのは、果たして幸せかな? ──いつまでその姿でいられるだろう。それまでに弟の記憶は甦るのか……」
 ふふっと楽しげに笑う。
「なるべく長く私を楽しませておくれよ」
 謎めいた言葉を残し、神は消えた。


★ ★


「お前の真実ほんとうの父親は、この谷で眠っている」
 その場所がその方向にあるのか、遠くを見つめる。
「すまない、トール」
 トールは何も言えず、ゆっくりとかぶりを振った。

「──お前の父親として、お前の成長を見守ってきた。成長してくるとお前は何故かのお前に似てきたような気がして、少し苦しかった……。記憶はないのに……。その名を呼ぶのも……。トールとイオは、今のお前の名でもお前の父親の名でもなく、の私たちの名だ」

「そうですね。兄さん……」
 
 その口調は、のものだった。
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